第二十九話
翌日。最後の関所をくぐると、ウクセンシェーナ家のリムジンが迎えてくれた。
後部座席を開くと、セシリアが座っている。
ほぉー……。
絵になる。思わず見惚れてしまう。俺のお嫁さんマジでめっっっちゃ美人。
座席は平均的な人類に合わせて作られているので、長い長い脚が余って仕方ない様子。
つい、足置きに立候補したくなりますね。
「ただいま帰りました、セシリアさん」
「ん」
威厳を保つために。まだ一言も発しない。
クイ、と顎を動かしで乗るよう指示している。
でも逢えて嬉しそうに口元を緩めているのが可愛い。乗り込んで口づけしておいた。
セシリアは夫婦間の関係を、常に自分優位にしようと努力しているのだ。が、ハッキリ言ってその目論見は失敗している。特に密室やベッドの上では。
とろっ♥ と蕩けた表情を誤魔化しながら、セシリアは俺の遅参を責めた。
ブツブツと不平を漏らしている。
「北アフリカ戦線はどうでしたか?」
「はァー。疲れやした。平定するまで、まるまる一カ月かかった」
「フン、あなたにしては時間がかかりましたね」
「そう?」
「我々の手助けの時は、一日で解決してくれたのに」
「そりゃ運命の女と、その辺のよう知らん国だとやる気も違うって」
「そ」
小言はすぐに収まった。
出会った当初は、何考えているか分かんない恐怖の女だったが。最近は結構分かる。
この財閥令嬢、直接的に愛情を伝えるとチョロい。
「あとさぁ、セシリアさん。ああやって毎晩呼び出されてたら時間もかかるって」
「毎晩ではありません。……二日に一回です」
「そうだっけ?」
例の瞬間移動魔法での呼び出しで、セシリアや他の子が夜寂しくなる度に呼ばれるのだ。昼は戦場、夜は夜伽。寝る暇なし。
数えてみたら毎晩。正確には三十日で四十五回。一日に一.五回の夜の呼び出しだった。
と、客観データを告げたら無視された。
コホン
と話を打ち切るように咳ばらいをし、セシリアは無理矢理話題を変えた。
一応、昼の間はセシリアから俺に命令し、施すことが夫婦間ルール。異論はベッドの上で唱える必要がある。
「しばらくは休養をとってください。私の実家で」
「休養になるかな……義理の親への挨拶だろ……?」
やったことないけど心がすり減りそう。
土産話と言えば、グループ向けにエジプト産ダンジョンを百個ほど確保したくらいだ。足りるだろうか。
不安だぜ。
リムジンの後部座席。
セシリアの隣に座って心配を巡らせていると、その道中は妙な光景が広がっていた。
俺が通った関所から少し進むと、緩やかな坂が続いている。そこにずら――――っと謎の列が形成されている。
「なんだ。アトラクション待ちか?」
観察していて気付いたのだが、男が多い。
「なんか列が凄いっすね、この辺」
「あら、知らないのですか? 結構有名ですよ、この列」
「うーん? ……知らない」
「私への求婚者です」
「!」
セシリアが自慢げに髪をかき上げた。
そうか。
ウクセンシェーナ家は世界最大規模の財閥。その本家本元。
直系の跡継ぎであるセシリア・ウクセンシェーナには、地球全体から求婚する男子が絶えない。ここにいるのはほんの一握りで、ウクセンシェーナ家の基準に届かないと玄関すら通ることはできないのだ。
総勢は不明だが、少なくとも一万人。
ちなみにここまでの関所を通り抜けられただけでも、相当選別されて五百人に満たず。本邸の玄関をくぐれたものはゼロ人。
「すげー。みんな、贈り物の箱沢山持っているな」
「ええ。普通、この関所をくぐるのだけでも、三世代かけるのですよ」
「おぉ」
「財産も、才能も、何もかも捧げてもたどり着けるのはここまで。あとは私の機嫌次第です」
「で、セシリアお嬢様の機嫌は」
「フッ、今まで一度も良かったことは無いの」
どうだ。と得意げな顔が言っている。
自分という女はどれほど希少価値の高い女か。
セシリアは熱心にアピールしている。わざわざ迎えに来たのも、瞬間移動魔法を使わせずに車移動するのも。これを見せたかったからか。
「そりゃあ、順番待ちの皆さんには申し訳ないな」
この世で、オスが最も快適に楽しめるファスト・パスだ。
彼らは運が良ければ一月で一歩ほど進めるのだが、俺はその脇をリムジンに乗って時速六十キロメートルで通過できる。
それも、セシリア・ウクセンシェーナ本人を脇に抱えて。
腰に手を回して、柔らかいくびれの肉付きを楽しみながら、全員追い越し。
すまん。お集りの紳士諸君。
この女は俺のモノだ。明日以降も順番待ちは大変だろうが、君たちに順番がくることは無い。
「凄くいい気分だ。よくやった。君の実家に行く時は、毎回この道を通ろう」
「わ♥ わ、わかっ♥ コホン。……ええ。気が向いたらね」
「おう」
威厳を取り戻しきれていないセシリアを、抱えて引き寄せる。
いい女だ。頬を上気させているときの香りがいい。
出会った頃は永久凍土並の好感度だったが、実績をかなり積み上げたことで好感度も上限突破。頼みは全部聞いてくれる。
それに、この一月でかなり体型も変わった。全身やや肉付きが良くなり、俺好みになった。
特にくびれ。
世界遺産以上の価値を持つセシリアの曲線美。これも、俺以外の男の目に晒されることがないまま、少しずつゆがみ始めた。
ふっくらと拳一個分膨らみ、俺との愛の証をすくすく育てている。もう妊娠一カ月だ。
「それにしても、随分大きくなったなぁ。でかしたぞ、セシリア。一月でこんなにか?」
「あ、あんまり、お腹さすったら♥ 赤子がお、お、どろくから」
「うん。ごめんごめん」
「ふっ♥ ふーっ♥ え、ええと、どうやら、あなたの権能の国造り・繁殖バフの効果のようで」
「ほほう」
「は、胎児の発育が、通常の三倍以上に加速されるようで、このペースだと三カ月足らずで予定日を迎えそうです」
「いいね。一人目も二人目も、十人目も。いっぱい作ろうな」
「ウクセンシェーナの直系たる私が、そんな端女のような――♥ わ、わか、分かった♥ 分かりました♥」
「ちゃんと言葉にして。宣言して」
「十人目も、二十人目も、いっぱい作ります♥♥」
出会った頃が懐かしい。
あの威厳たっぷりの冷酷女セシリアも良かったが、こっちの方がもっと好みだ。
――
セシリア・ウクセンシェーナのステータス更新:
185cm 61kg →65kg
97-59-95 →100-68-99
IQ:180
権能:『死と戦争の』 A+ランク
専攻:基礎物理、金融、魔術(博士号)
備考:射撃五輪金メダリスト