第二十八話
戦場からの帰還。
部下たちとは到着したスウェーデン空軍基地で別れ、俺はさらに北へ。
セシリアの実家を目指す。
ただの義理の親、妻の実家への挨拶。これがまた仰々しい。
「関所、何個目だっつーの……」
城下町らしい、長く複雑な道のり。そのうえ衛兵付きの門だらけ。
ウクセンシェーナの本拠地に近づくほど、非常に厳格な移動管理をされている。
「次。身分証を」
「はいこれ」
身分証明書と通行許可書を衛兵に見せるも、チェックが多くてなかなか通れない。
何回言ったら分かんだ、衛兵。これ道の一番最後まで通れるパスだぞ。庶民顔過ぎて怪しむな。
ホントに。ホントに本物なんです信じて。違います怪しくない!
と、焦れば焦るほど衛兵が集まってくる。コワイ!
「確認のため、名前を」
「扶桑景一郎。これ言うの五回目ね」
「職業は」
「五回目ってのは、君に言った回数だけでね。今日、ここまでで全部合わせると三十八回。職業は兵隊」
「所属は」
「グリンカムビ隊」
「フム……名前は?」
「扶桑景一郎!」
短期の記憶喪失なのかな? ってくらい同じ質問を繰り返す衛兵を、なんとか突破する。要チェックされすぎだろ。どんだけ俺場違いなんだ。
本日最後の関所。
ここから先はウクセンシェーナの本当の私有地で、ここまではただの緩衝地帯だそうだ。なんじゃそりゃ。
日も落ちる。今日はここで一泊だ。
それにしても門をくぐればくぐるほど、周りの人々の服装が品良くなっていく。ここまで来れば、どいつもこいつもセレブ。金持ちばかりってわけだ。明確だが、明文化されていない階級社会である。
(現代の貴族サマか。話、通じなそ~……げ)
衛兵に渡された案内書を見て、俺はもう一つため息をついた。
招待状だ。
今日はこの城下町で、ウクセンシェーナ主催の晩餐会があるから、出席するようにとのこと。周りは全員出席らしい。これで欠席したらまた衛兵に睨まれる。
パーティは苦手だ。
つい最近は友軍国の大統領に喧嘩売られたりした。
「はァ……」
つらい。
……
…………
………………
「はァ……」
本日何度目かのため息。
ウクセンシェーナ家主催の晩餐会場で、俺は居場所を見つけられずにいた。陰の者にはハードルが高いぞ。
世界最大規模の財閥の主催だ。周りは全員、欧州から集まってきた名家ばかり。みんな宝石やら衣装やらキラキラしている。話題は政策がどうの、家同士の許嫁がどうの。上流階級だけに許された社交の場だ。目いっぱい着飾っている。
広間の隅っこにいる俺には一瞥もくれない。
そうか。こういうところって普通のスーツじゃなく、タキシードとか着るのか。持ってない。
(まぁでも。話しかけられないなら気楽かも)
隅の方で美味い料理を食おう。へへ、庶民にはありつけない御馳走だ。
と満喫していたのだが、
「ああ、君。これ片づけろ……ん? おい、給仕が料理をつまむんじゃない」
「へ?」
目の前に積まれた空の皿。
料理に夢中だった顔を上げると、一人の男がいた。
堂々とした長身。丁寧に整えられた金髪。黒の蝶ネクタイ。正装のタキシードが堂に入っている。
肌つやが良い。恐らく少し年下か。貴族の坊ちゃんが、そのまま成人したって感じだ。
不審者を見る目で俺を睨んでいる。
「クビだ。おい、衛兵。この不躾な給仕を追い出せ」
「あ、あの。えーっと。給仕じゃないんです。参加者です」
「はぁ? そんなナリで?」
「ふへぇ、これ招待状」
「……フン、どうやって紛れ込んだ」
不快感を隠そうともしない。男はドブ底でも覗いたかのように、鼻を覆った。
ぐげげ、こいつ嫌い。
ヴァルキュリャ隊の連中も初対面こんなんだったけど。あの子たちは美人だからご褒美よな。お前はただの嫌な男。
いいだろ、飯食ってるだけなんだから。放っといてくれればいいのに……。
「お前、どうせ軍人枠だろう」
「え?」
「たまにあるんだ。我々最上流階級の交流の場に、戦場で功績があった庶民を招くのは」
「は、はぁ。まー、一応。北アフリカ戦線帰りです」
「やはりな」
男は嘲笑いながら、俺の招待状を弾き飛ばしてきた。
テーブルの上に収まりきらず、招待状は床に落ちる。それを拾う俺を、見下しながら男は続けた。
「庶民に多い勘違いだが、重要な戦場を支えるのは我々。有力魔術家系だ。私やヴァルキュリャ隊のようにな」
「お、ヴァルキュリャ隊をご存じで?」
「ああ。伝説の部隊だ。存在は秘匿されている。が、私ほどになれば一度だけお目にかかったことがある」
「ほーん」
「アリーシャ・ウクセンシェーナ様を知っているか? 知らんだろうな」
あー。
アリーシャ?
んー。なんと言ったらいいか。
うん。知ってるっちゃ知ってるよ。セシリアの従姉妹だよね。
俺の嫁さんの一人だ。
「私は知っている。ちょうど一年前。戦場で多数の敵に追い詰められていた私を、あの方はお救い下さった」
「へぇ」
「まさに天の使い。麗しの戦乙女! いや、もはや女神の化身だ! いつかあのお方に戦場で再会し、騎士として忠義を誓いたいものだ」
「そうなんすね」
「……ム、喋り過ぎたな。とにかく。晩餐会の邪魔をしないように。下級兵士は隅に控えたまえ」
「はぁい。そうしやす」
アリーシャの魅力を力説して名前も知らん男は去っていく。アリーシャのことになると、早口でキモー(笑)。
ただ、ついさっきまであの男のことは嫌いだったが、今はそうでもない。
なんとも言えない優越感が心地いい。
アリーシャのことを尊敬しているらしい。が、その子はとっくに俺の女だし。もうぽっこりと胎膨らませて戦場は引退だよ。二度と会えないね。
俺は優越感をより感じるために、アリーシャ・ウクセンシェーナに直通電話をかけることにした。
存在が秘匿されている伝説の戦乙女は、ワンコールで出た。
「や。アリーシャ、今いいか?」
『は、は、はい。景一郎様、ご連絡いただけるなんて! 出るのが遅れてすみません!』
「今日の晩って空いてる? いまスウェーデンに来てるんだけど、今夜一人でさ。誰か相手ほしいんだけど」
『もっ、もちろんです! 絶対に空けます! 今すぐ行きます!』
「うん、ところでさ」
『はいっ!』
「アリーシャってヴァルキュリャ隊で作戦行動してるでしょ。それで助けた奴とか、覚えてる奴居る? さっき仲良くなった友人がアリーシャのファンらしくてさぁ」
『……? ええっと、申し訳ありません……。景一郎様以外は、印象が薄くて……』
「そっか。いや、いいんだ。ちょっと確認したかっただけ」
さっきの男がこちらを睨んでいる。晩餐会で携帯電話を使う不躾に、いら立っているらしい。
ヒラヒラと適当に手を振っておく。
なんだっけ?
そうそう。アリーシャに再会したら騎士として忠誠を誓う、だっけ?
覚えてないらしいぞ。一生叶わない片思い、大変だな。
大丈夫大丈夫。この女は俺が幸せにするから。
「なぁアリーシャ。今夜は戦乙女のコスにしてよ」
『はっ、はい!』
「あれカッコイイよね」
『ありがとうございます! 腰の金具は外して伺います!』
「よろ~。愛してる」
『わ、私も! 私の方がずっと! 愛しております』
腹もそこそこ満たしたし。貴族の坊やをからかうのも、なかなか楽しいじゃないか。
晩餐会。また来よう。
――
ウクセンシェーナ城:当家はスウェーデン北部に城を構えている。城は巨大なAランクダンジョンの採掘所を守るように配置され、その下には城下町が広がる。