表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/80

第二十八話

 戦場からの帰還。


 部下たちとは到着したスウェーデン空軍基地で別れ、俺はさらに北へ。


 セシリアの実家を目指す。


 ただの義理の親、妻の実家への挨拶。これがまた仰々しい。


「関所、何個目だっつーの……」


 城下町らしい、長く複雑な道のり。そのうえ衛兵付きの門だらけ。


 ウクセンシェーナの本拠地に近づくほど、非常に厳格な移動管理をされている。


「次。身分証を」

「はいこれ」


 身分証明書と通行許可書(パス)を衛兵に見せるも、チェックが多くてなかなか通れない。


 何回言ったら分かんだ、衛兵。これ道の一番最後まで通れるパスだぞ。庶民顔過ぎて怪しむな。


 ホントに。ホントに本物なんです信じて。違います怪しくない!


 と、焦れば焦るほど衛兵が集まってくる。コワイ!


「確認のため、名前を」

「扶桑景一郎。これ言うの五回目ね」

「職業は」

「五回目ってのは、君に言った回数だけでね。今日、ここまでで全部合わせると三十八回。職業は兵隊」

「所属は」

「グリンカムビ隊」

「フム……名前は?」

「扶桑景一郎!」


 短期の記憶喪失なのかな? ってくらい同じ質問を繰り返す衛兵を、なんとか突破する。要チェックされすぎだろ。どんだけ俺場違いなんだ。


 本日最後の関所。


 ここから先はウクセンシェーナの本当の私有地で、ここまではただの緩衝地帯だそうだ。なんじゃそりゃ。


 日も落ちる。今日はここで一泊だ。


 それにしても門をくぐればくぐるほど、周りの人々の服装が品良くなっていく。ここまで来れば、どいつもこいつもセレブ。金持ちばかりってわけだ。明確だが、明文化されていない階級社会である。


(現代の貴族サマか。話、通じなそ~……げ)

 

 衛兵に渡された案内書を見て、俺はもう一つため息をついた。


 招待状だ。


 今日はこの城下町で、ウクセンシェーナ主催の晩餐会があるから、出席するようにとのこと。周りは全員出席らしい。これで欠席したらまた衛兵に睨まれる。


 パーティは苦手だ。


 つい最近は友軍国の大統領に喧嘩売られたりした。


「はァ……」


 つらい。


……

…………

………………


「はァ……」


 本日何度目かのため息。


 ウクセンシェーナ家主催の晩餐会場で、俺は居場所を見つけられずにいた。陰の者にはハードルが高いぞ。


 世界最大規模の財閥の主催だ。周りは全員、欧州から集まってきた名家ばかり。みんな宝石やら衣装やらキラキラしている。話題は政策がどうの、家同士の許嫁がどうの。上流階級だけに許された社交の場だ。目いっぱい着飾っている。


 広間の隅っこにいる俺には一瞥もくれない。


 そうか。こういうところって普通のスーツじゃなく、タキシードとか着るのか。持ってない。


(まぁでも。話しかけられないなら気楽かも)


 隅の方で美味い料理を食おう。へへ、庶民にはありつけない御馳走だ。


 と満喫していたのだが、


「ああ、君。これ片づけろ……ん? おい、給仕が料理をつまむんじゃない」

「へ?」


 目の前に積まれた空の皿。


 料理に夢中だった顔を上げると、一人の男がいた。


 堂々とした長身。丁寧に整えられた金髪。黒の蝶ネクタイ。正装のタキシードが堂に入っている。


 肌つやが良い。恐らく少し年下か。貴族の坊ちゃんが、そのまま成人したって感じだ。


 不審者を見る目で俺を睨んでいる。


「クビだ。おい、衛兵。この不躾な給仕を追い出せ」

「あ、あの。えーっと。給仕じゃないんです。参加者です」

「はぁ? そんなナリで?」

「ふへぇ、これ招待状」

「……フン、どうやって紛れ込んだ」


 不快感を隠そうともしない。男はドブ底でも覗いたかのように、鼻を覆った。


 ぐげげ、こいつ嫌い。


 ヴァルキュリャ隊の連中も初対面こんなんだったけど。あの子たちは美人だからご褒美よな。お前はただの嫌な男。


 いいだろ、飯食ってるだけなんだから。放っといてくれればいいのに……。


「お前、どうせ軍人枠だろう」

「え?」

「たまにあるんだ。我々最上流階級(トップソサエティ)の交流の場に、戦場で功績があった庶民を招くのは」

「は、はぁ。まー、一応。北アフリカ戦線帰りです」

「やはりな」


 男は嘲笑いながら、俺の招待状を弾き飛ばしてきた。


 テーブルの上に収まりきらず、招待状は床に落ちる。それを拾う俺を、見下しながら男は続けた。


「庶民に多い勘違いだが、重要な戦場を支えるのは我々。有力魔術家系だ。私やヴァルキュリャ隊のようにな」

「お、ヴァルキュリャ隊をご存じで?」

「ああ。伝説の部隊だ。存在は秘匿されている。が、私ほどになれば一度だけお目にかかったことがある」

「ほーん」

「アリーシャ・ウクセンシェーナ様を知っているか? 知らんだろうな」


 あー。


 アリーシャ?


 んー。なんと言ったらいいか。


 うん。知ってるっちゃ知ってるよ。セシリアの従姉妹だよね。


 俺の嫁さんの一人だ。


「私は知っている。ちょうど一年前。戦場で多数の敵に追い詰められていた私を、あの方はお救い下さった」

「へぇ」

「まさに天の使い。麗しの戦乙女! いや、もはや女神の化身だ! いつかあのお方に戦場で再会し、騎士として忠義を誓いたいものだ」

「そうなんすね」

「……ム、喋り過ぎたな。とにかく。晩餐会の邪魔をしないように。下級兵士は隅に控えたまえ」

「はぁい。そうしやす」


 アリーシャの魅力を力説して名前も知らん男は去っていく。アリーシャのことになると、早口でキモー(笑)。


 ただ、ついさっきまであの男のことは嫌いだったが、今はそうでもない。


 なんとも言えない優越感が心地いい。


 アリーシャのことを尊敬しているらしい。が、その子はとっくに俺の女だし。もうぽっこりと(はら)膨らませて戦場は引退だよ。二度と会えないね。


 俺は優越感をより感じるために、アリーシャ・ウクセンシェーナに直通電話をかけることにした。


 存在が秘匿されている伝説の戦乙女は、ワンコールで出た。


「や。アリーシャ、今いいか?」

『は、は、はい。景一郎様、ご連絡いただけるなんて! 出るのが遅れてすみません!』

「今日の晩って空いてる? いまスウェーデンに来てるんだけど、今夜一人でさ。誰か相手ほしいんだけど」

『もっ、もちろんです! 絶対に空けます! 今すぐ行きます!』

「うん、ところでさ」

『はいっ!』

「アリーシャってヴァルキュリャ隊で作戦行動してるでしょ。それで助けた奴とか、覚えてる奴居る? さっき仲良くなった友人がアリーシャのファンらしくてさぁ」

『……? ええっと、申し訳ありません……。景一郎様以外は、印象が薄くて……』

「そっか。いや、いいんだ。ちょっと確認したかっただけ」


 さっきの男がこちらを睨んでいる。晩餐会で携帯電話を使う不躾に、いら立っているらしい。


 ヒラヒラと適当に手を振っておく。


 なんだっけ?


 そうそう。アリーシャに再会したら騎士として忠誠を誓う、だっけ?


 覚えてないらしいぞ。一生叶わない片思い、大変だな。


 大丈夫大丈夫。この女は俺が幸せにするから。


「なぁアリーシャ。今夜は戦乙女のコスにしてよ」

『はっ、はい!』

「あれカッコイイよね」

『ありがとうございます! 腰の金具は外して伺います!』

「よろ~。愛してる」

『わ、私も! 私の方がずっと! 愛しております』


 腹もそこそこ満たしたし。貴族の坊やをからかうのも、なかなか楽しいじゃないか。


 晩餐会。また来よう。


――

ウクセンシェーナ城:当家はスウェーデン北部に城を構えている。城は巨大なAランクダンジョンの採掘所を守るように配置され、その下には城下町が広がる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。 評価・ブックマーク・感想お待ちしています!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ