第二十七話
大推力のジェットエンジンをぶん回し、敵の戦車大隊へ突撃。
一秒で三百四十メートルを詰める。
敵車両の真上に取り付き、
ドフ!
と上部装甲に対戦車ミサイルを叩き込む。
撃ったら即座に次の目標へ。加速度は瞬間的に二十Gまで到達。
ギシギシ
と慣性で骨がきしみ、ところどころ砕けていく。骨が筋肉と皮を突き破る。
ときどき反撃も食らうし、大した魔力防御も張れないので対空砲火で全身穴だらけだ。
これを即座に『生還の権能』で修復。ジグザグで飛びながら敵車両を潰し続ける。
「んぐぐぐぐぐぐぐ――……十個目!」
また一つ。
敵の戦車が火柱を上げて停止した。
パイロットの耐久性を無視して、無理矢理火力を出し続ける。これが俺の戦闘スタイルだ。
戦闘機よりもずっと低く、ヘリやドローンよりも速く飛び、戦車よりも火力を放ち、塹壕よりも高耐久。この反則のような戦い方を、敵は最後まで咎めることができなかった。
蹂躙された敵の戦車団が潰走していく。
「フゥウウ――――……げほっ、げほっ。あ”~、だいたい潰したか」
ドフッ!
と逃げる敵の最後尾にミサイルを撃ちこむ。炎上する敵戦車を眺めながら、肺にたまった血と骨を吐き出したところで。
戦闘はひと段落。
だが敵の権能者を見つけられていないな。油断できない。
月明かりの下。砂丘の頂上であたりを見回していると――
『フソウ隊長! 聞こえていますか!』
「む」
無線が飛び込んできた。
味方。
その危機を告げる声だ。
「こちら扶桑」
『援護を! 敵の権能者がこちらに――』
聞き終わる前に背中のジェットエンジンを全開にしていた。
念動力で操縦するので、思考がダイレクトにエンジンに伝わる。
一気に音速まで加速。さらに『生還の』直感と視力強化によって、砂煙が巻き起こっている交戦エリアを瞬時に把握。
そこか。
最高速のまま突撃した。
魔力バーナーを抜き放ち、敵影に向けて切りかかる。
「ツオオオッ!」
「!」
切りかかった相手も、まさに味方の兵士に切りかかるところだった。
驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に得物をこちらに向けた。
高温放出された魔力同士がぶつかる。鍔迫り合いが発生し、運動エネルギーで勝るこちらが相手を押し出した。
「フソウ隊長ォ!」
「無事かい、サムウェル!」
「無事っす! ドチャクソ助かったァ!」
「援護頼むよ」
「ウっス!」
グリンカムビ隊のサムウェルが敵に切り殺される寸前だった。
瞬間、死を覚悟していたのか。泣いて顔面ぐちゃぐちゃになっていたが、流石に精鋭兵。若いのに、マインドセットは完成されている。
即座に小銃を構え直し、反撃。敵の権能者に弾幕を張った。
「そのまま牽制射をかけろ。こちらで仕留める」
「了解!」
サイドステップを挟んでサムウェルと十字砲火の位置を取った。
権能者同士なら戦力は互角と見た。味方に損害が出ないよう引き剥がしつつ、一騎打ちで倒す。
あちらもPAあり。機動力は侮れない。
なら加速する前にトドメを刺してやろう。
エンジン出力最大。瞬間。レイノルズ数が急激に上昇し、プールで、いや、ハチミツの中で泳いでいるかのように空気がまとわりつく。重たい手を強引に持ち上げ、構えた。
ほぼゼロ距離まで詰め寄り。
対戦車ミサイルを左右の手で二門。
よし。
「殺したッ!」
確信を持ったところで――
ドドフッ!
と携行砲が突然爆破。背中に抱えている残弾も次々に爆発していく。
暴発、不良品? いや。
「のわ~! ちょっ、ちょちょちょっ。クソ! 権能かい?!」
「『発火の権能』」
敵兵が不敵に笑い、唱えると、こちらの装備が次々に発火していく。
「あちゃァ! げほっ、げほっ!」
「フ、無様な」
まずいな、武器が潰されていく。
火だるまになりながら咄嗟に距離を取る。すると、少しずつ発火は収まった。
(権能は距離制限があるタイプ。
なら、遠距離でガリガリ削りたいけど自爆ドローンとNLAWは全滅。
燃料タンクも三つのウチ二つがダメ。長期戦は出来ない。使える火器はバルカンだけ、か)
全身やけどの激痛は慣れている。痛みを無視しながら、戦況を再確認。
残弾少。燃料少。
劣勢を覚悟していると、向こうから話しかけてきた。おいおい余裕か。
「扶桑景一郎だな」
「おおっと、そうです。俺って有名人?」
「噂通り。三流の権能者か。弾薬を満載しているのがその証拠だ。自らの魔法出力に自信が無いのだろう」
「むむむ」
「何がむむむだ。さっさとヴァルキュリャ隊を出せ」
「ハッ、君ら三流には勿体無いね」
言いたいことを言い終わったのか、
ガシャリ
と機関銃を構え、遠慮なくぶっ放してきた。
口径は違うが似た装備。こちらもバルカン砲を向けて射撃開始だ。
ぼぼぼっ
と低く射撃音が響き、そして弾丸は明後日の方向に飛んでいく。
魔法石を用いた照準。
魔法使い同士がこういう機関銃の撃ち合いになると、千日手のようになる。相手の照準魔法石を、こちらが念動力でハッキングして外すからだ。
照準をピッタリ合わせるよりも「パチン!」と、どこでも良いから外す方が楽。鋭敏な魔法石は、乗っ取りもたやすい。
互いに狙っていない方向に弾丸が飛び、照準は定まらない。そして、どうも向こうもハッキングは上手い。
「く、ゥ……! やるやんけ! 発火の人!」
「はッ、三流が!」
こっちの装備が重い。とっさに燃えて使えない武装を外す。軽くなりながらぐるぐると相手の後ろに回り込もうとするが、エンジン出力も互角。
こっちはパイロットの耐Gを無視したエンジンなのに。さっき火だるまにされたせいで出力が悪い。
追いつけないし、振り切れない。
そのまま五分ほど千日手は続く。いや。燃料が少ない分、こちらが不利だ。
らせんを描き続けるドッグファイト。
有利を悟った敵権能者の口角が上がり――その口から血が噴き出た。
脇腹に20mmバルカン砲が叩き込まれ、装甲や魔法防壁を貫通して上半身と下半身を両断する。
どちゃっ
と血まみれになった相手が、砂丘の斜面に墜落。俺もその隣に降り立った。
勝利の余裕からではない。
俺も血まみれだから。
「ガ――、ハッ」
「ふ、へへ、勝ち~」
「な、ぜ……!」
「照準ハッキングの癖を、千日手の間に掴んだ。こう、左から回り込むと照準も左に外してくる。毎回ね」
「……!」
「だからそれに合わせて照準がズレないよう、念動力で支えるだけ」
「――バカ、な――。相打ち狙い、カミカゼ、か――」
「んー。ちょっと違うかな」
当然。照準外しを手抜いた分、向こうの弾丸も俺の体を貫いた。
その穴がみるみる修復していく様子に、『発火の権能』者は驚愕する。
「……無念だ……」
「ごめんね」
強かったよ。残機が同じなら君の勝ちだった。
……
…………
………………
『こちらヴィンセントだ。隊長、無事か』
「はーい。敵の権能者を撃破。帰還しまーす」
『流石だ。先ほど、敵軍から一時停戦の打診があった。隊長のおかげで、こちらに対抗できる精鋭は殲滅できた』
「たまらず停戦か。あとは外交官に?」
『ああ、任せてよさそうだな』
百戦錬磨のヴィンセントが言うならそうなのだろう。
停戦~。停戦で~す。
無粋な軍人はさっさと退散だ。部下たちにも早く休息を取らせよう。俺も家に帰る。
思考をプライベートに切り替えて個人のスマホを見ると、そこにはセシリアからのメッセージ。恐ろしい文面が書いてあった。
アカン。
手が震える。
『それにしても、凄まじい戦果だぜ隊長』
「……」
『スゲェぜ。怖いもんなしだな、アンタ。……隊長? おーい、扶桑隊長?』
「……」
『……?』
「ヴィンセント」
『どうした』
背筋が凍りついて、動かない。
「俺にも怖いもんはある」
『ハハハ。まさか。この砂漠の修羅場よりも? まったく。熱いし乾くし、ひどい戦線だ』
「……妻から呼び出しがあった」
『へぇ! いいじゃないか、優しくしてやれよ』
「実家に挨拶に行くぞって。義理の親に会うって。さっき連絡がきた。噂だと義母様がすんげえ怖いらしい」
『……』
「……どうすりゃいいかな」
『頑張れ』
人生の先輩であるヴィンセントも、投げ出した。
誰にだって怖いもんはある。
特に男には、妻の実家は鬼門だ。
この砂漠のほうがまだマシだって思えるくらいには。
――
今回の装備:
背 装填用サブアーム、自爆ドローン十機
腰 PA用ジェットエンジン三基、軍用魔力バーナー二本
右手 M61バルカン砲 斉射三分間分
左手 NLAW(+予備一門)五十発