第二十五話
晩餐会のメインイベント。
地元の指導者、アルバラダイ大統領の演説が終わった。
俺の隣にいるヴィンセント・ミルド少佐が耳打ちしてきた。
「戦時にのし上がって、軍権も掌握している。この国のトップだ」
「ふーん。性格は?」
「さぁ。だがこの戦争はあのオッサンが裏で画策して、仕掛けた。ナイル川の水利権にかこつけて、いちゃもんつけた。善人ではない」
「へー。でも自分で仕掛けて攻め込まれてんだ。苦戦してるじゃん」
「あんまり戦上手ではないな。身内の権力争いは上手い」
「ワルモンじゃ~ん」
ヴィンセントと、お互いのことを棚に上げ合って笑った。
それにしても、うーむ。庶民の俺は、お偉いさんが苦手だ。
特にああいう、恰幅が良く、押しが強そうなオッサンは苦手。あんまり関わらないようにしよーっと。
そうやって目を逸らしたのに、向こうからやってきた。げげ。
「やァどうも! どうも! よくお越しくださいました。初めまして、アルバラダイです」
「こんばんわー」
後ずさった俺を逃がさず、アルバラダイはこちらの手を握りしめた。
しまった逃げられない。
(少佐のほうが外面いいんだから、対応してよ)
(俺ァほら。補佐役だからさ。頑張れよ、隊長)
(ひぃン)
ヴィンセントにあっさり見捨てられた俺は、ぎこちなく手を握り返した。
圧のある、脂ぎった顔が苦手だぜ。こんなに健康そうに肥えて、ずいぶん良い生活水準らしい。戦時中に。
「いやぁ、ウクセンシェーナのみなさんには大変お世話になっております」
「どうも」
「今日も戦線を一つ押し戻していただいたようで、ナイル川の上流を完全に押さえました」
「よかったスね」
そう言ってアルバラダイは次々と俺達の戦果を列挙した。
最初に持ち上げて、本題をぶち込んでくる気だと察した。一国の長が、たかが部隊指揮官をここまで持ち上げるのには理由がある。
逃がさないためだ。
「ところで……南東部のBランクダンジョンを奪還されたそうで」
「ええ」
「他の幾つかのダンジョンも含め、部隊が駐留されているようで」
「ええ」
「基地化もされている様子」
「そうです」
接収したダンジョンは他勢力に取り返されないよう、基地化してしまうのが常識。これをしないのは、現代の戦場では舐めプに近い。
ま、誰が他勢力かは置いておいて、な。
こちらの火事場泥棒は察しているアルバラダイの、目が笑っていない。
「ダンジョン駐留の件。次からは私に一言、言っていただけませんか」
「戦場ではスピードが第一。ですので任意でダンジョンの一階部分を隊の拠点してよい、と。参戦時の契約で、そう取り交わしておりますので」
「フーム……。分かっているだけでAランクダンジョンを五つ、Bランクは五十以上」
「……」
「加えて、スエズ運河もそちらの部隊が駐留、ですか。我々はナイル川の恵を守るために、随分と多く支払ったらしい」
大統領はわざとらしい渋面を作って見せつけた。言葉にはしないが、「不愉快だ」と言っている。
知るかよ、バーカ。
手前で仕掛けた戦争に、不利になったら呼びつけて、有利になったら追い出すつもりか。
とは絶対に口に出さない。あくまで俺は、セシリアの名代だ。家の看板が傷つく言動はしない。
「了解しました。今後の部下のふるまいは、よく検討させます」
「検討させるなら早い方がよろしい。すでに我々は独力で戦える。ウクセンシェーナの力は必須ではありませェん」
どうかな。
今試してもいい。
と、ヴィンセントが好戦的にホルスターの位置を手で確認したので、俺は目で制した。
待て、まだ早い。
そんな無言のやりとりを、アルバラダイ大統領は気付かずに続ける。
「ウクセンシェーナねぇ。名門とは言いますが。聞けば二十歳にもならない小娘が実権を握っているとか」
「へぇ。そなんすか」
「はは。そんなのがこの地を好きにするとは片腹痛い。そうですな。その小娘が私の妾にでもなれば、協力してやらんでも――」
その瞬間。
俺はアルバラダイの襟を握って横に引き倒した。
「が――!」
「ちょっと失礼」
「な、何を――」
それとほぼ同時に、
パヒュ、パヒュ
といくつか風切り音が響いた。
サイレンサー付きの拳銃は発射音をよく抑制する。が、それでも燃焼ガスが抜ける音は残る。
ソファに頭から突っ込んで目を回しているアルバラダイに、俺は状況説明が遅れたことを詫びた。
「あー、その。あれだ、暗殺の人です。たぶん」
「なっ、な?」
「よいしょ」
説明をしながら愛銃を取り出し、襲撃者の一人に狙いを定める。
その時点で大広間全域の把握は完了していた。撃つべき優先順位もついている。
敵は三人。その内二人が一斉に撃ち、もう一人はバックアップでワンテンポ遅く近づいてきた。
このバックアップから潰す。
拳銃の照準器に仕込まれた魔法石。世の中にはいくつもの種類の魔法石があるが、その中でも念動力に敏感に反応するタイプのもの。
それに念じて、最速で照準を終えた。
ガァン!
と一人の眉間を撃ち抜く。
遅いな。抜いたのはそっちが先だったのに。恐らく、敵方も人材が減耗しているのだろう。
残りの二人の襲撃者に照準を合わせようとしたところで――
そっちはもう腕を撃ち抜かれていることに気付いた。
「お。速っ。やるねー、少佐」
「アンタの護衛が俺の役割だからな」
ヴィンセントがニヤケた余裕の顔を崩さず銃を降ろす。
俺よりも一瞬速く抜き放ち、他の暗殺者を行動不能にしていた。そういえば敵の弾丸は掠めもしなかったな。
『風の権能』を使う彼は、狙撃や拳銃術に長ける。普通に二キロメートル先とかからヘッドショットかますので、この戦線では何度も助けられた。
しかも俺と違って、捕虜を生かして残した。いい腕だ。いくらでも尋問できる。
「んー、こんなもんかな。急に押し倒してごめんね、大統領。ヴィンセント、こいつらは?」
「弾丸の種類からして、ソマリアの奴ら。敵の暗殺部隊だ」
「第二波は」
「確認させる。首脳部を狙ったってことは、本命の総攻撃がくるぞ」
「うん。……んん」
「どうした、隊長」
「なんか、南東のほうが霞む感じする」
「!」
俺は軽い立ちくらみのような感覚を覚えて、頭を抱えた。
チリチリと『生還の権能』の本能がうずいている。危険をカナリアよりも早く感じ取るこの権能が言っている。
敵が来る。
一月前はヴィンセントも本気にしていなかった。が、戦場を共にすることで彼もこの俺の反応を信じてくれている。
「東……。紅海か。敵の船団が来る?」
「少佐、部隊を叩き起こせ。任意に迎撃を許可。私が行くまで防御に徹しろ。損耗するな」
「了解」
ヴィンセントは無線機を取り出し、部下への指示を飛ばし始めた。
グリンカムビ隊は精鋭兵だ。先手を打って警戒させておけば、俺達がいなくてもある程度持ちこたえられる。
戦闘態勢に切り替えるヴィンセントを尻目に、俺は近くに待機していた一個小隊を呼び出してフロアを掌握する。どうやら暗殺の第二陣はなさそうだ。
「ヴィンセント。この部屋、爆弾とかはないよ。そっちはどう」
「斥候から状況報告だ。敵の権能者が出現。既に交戦開始。こちらもBランク相当を出す必要がある」
「んー、俺が行くよ。君はここで大統領を守れ」
「了解」
手早くオフェンスとディフェンスを整える。いつもはヘラヘラしている奴らだが、緊迫すると超頼りになるし言う事を聞く。君ら、普段からそうしてくれんか。
あっけに取られているエジプト勢は正直後回しでいい。お荷物にしかならなそうだ。
だいたいヴィンセントに任せていると、慌てた様子で一人の兵士が飛び込んできた。
ウチの部隊じゃないな。装備が違う。現地兵だろう。
「し、失礼します! 大統領、暗殺犯の情報があり! 恐らくソマリアの奴らと思われます。それと、未確認ですが敵襲の兆候が――」
暗殺犯を打倒してから、警戒の一報か。
周回遅れの焦り。
喜劇的だが。本人は真剣なんだ。
あんまり笑っては可哀想だけど、ヴィンセントが堪え切れずに忠告した。
「く、くっ、くっくっ、あー……。よろしいか、大統領。この即応三分間の差が、貴殿と我々の実力差だ」
「う……むぅ……」
「SPもまともなのを入れた方が良い。部屋の外に転がってる木偶の代わりに、ウチの若いのを寄越そう。そもそも、なぁ。有利になってから手を切ろうなんて――」
「やめろ、少佐。一般の人だぞ。ごめんね、大統領さん。こっちも急な襲撃で気が立ってて」
「あ、あぁ…」
「これからも仲良くしてください」
「……先ほどの無礼を詫びよう。命を助けられた」
いいのさ、と軽く手を振って部屋の出口へ。
申し訳ないが、あんまり構ってあげる暇はない。
「やるな。隊長」
「え?」
「俺みたいに脅すよりも、隊長の言い回しの方が効いたみたいだぞ。一般の人、か。確かにな」
ヴィンセントが親指で後方を指す。
がっくりとうな垂れたオッサンが、ウチの小隊に導かれて避難を開始している。先ほどとは打って変わって、しょんぼり。異論一つ唱えない。
「格付けは済んだ。これであの大統領は、軍事アドバイスや護衛を隊長に依頼するだろう。傀儡と言っていい」
「かもね。でも今は後のことより」
「ああ、仕事の時間だ」
迎賓館の入り口でヴィンセントと別れる。
彼が守る限りここは安全。先ほどゲットした現地協力者も防衛できる。
あとは俺が敵を全部潰すだけだ。
――
照準魔法:魔法石には種類があり、熱を蓄えやすかったり、磁性を帯びやすかったり、得意なことが様々。念動力に敏感に反応する魔法石を、銃口付近に備えることで、念じるかのように照準できる。熟練者は物理的な照準器をほとんど用いない。