第二十四話
俺は一時戦線を離れ、ヴィンセント・ミルド少佐を連れて首都カイロに来ていた。
目的は晩餐会だ。
大広間。深紅の天井や床に、金色のシャンデリア、装飾。国の威信をかけた歓待は、「まだまだ戦える」というアピールを感じる。
華美な食事も並んでいる。
戦時には信じがたいが。友軍のねぎらいと、情報収集というやつだろう。
「まったく。こう遠くから呼び出されても困るな」
「そう言うなよ、隊長。エジプト勢とのコミュニケーションも任務の内だぜ」
「分かっている」
この地での戦いは、単に敵を倒せばいいってもんじゃない。
グリンカムビ隊は精鋭。熟練兵だ。上層部はもっと複雑な任務を隊に課している。
ざっくりいうと。
・敵国ソマリアの船団の北上を迎撃、スエズ運河を守る
・もう一つの敵国エチオピアの陸軍も押し返す
・味方エジプトの援護
一方で、
・エジプトの現地人を騙して、スエズ運河の支配権は握る
・暴落した株式を買い漁って戦後の影響力ゲット
・有望なAからBランクダンジョンは基地化して接収
おいおい。
ざっくりいうと、黒幕だな。
「シンプルな役じゃないよ」
「よくやってるって。既に目標数のダンジョンを接収した」
「スエズは?」
「本国の部隊が駐留している。隊長がずっと前線を張ってたおかげで余力が出た。スエズ運河の支配権は確立した」
「うん」
俺とヴィンセントは迎賓館の入り口側、比較的隅のテーブルに座っている。
奥の方で盛り上がっている現地エジプト人には悪いが、主導権はこちらにある。
俺もすっかりウクセンシェーナの犬だ。わんわん。
「あとは国境を安定させたら現任務は完了だな。エジプト文明に根付くダンジョンは質が良いぜ、扶桑隊長」
「じゃ、そろそろ俺達は交代だろうね。帰る準備させといてよ、部下には」
「まだ分からんぞ。追加の指令があるかも。逆侵攻するなら、グリンカムビ隊の斥候能力は必須さ」
「いや、友軍の逆侵攻はないだろう」
「!」
さっ、とヴィンセント少佐は真剣な面持ちになり、すぐそばのソファに目くばせした。
座面部分を持ち上げて、不審なものが無いか調べている。
「その盗聴器はさっき無効化したよ、ヴィンセント。エジプトのやつらに聞かれる心配はない」
友軍とはいえ別勢力の建物だ。盗聴も要警戒。
ピュイ
と口笛を一つ。
へらへらといつもの気の抜けた――つまり周りを警戒させない――表情に戻って、ヴィンセントは耳打ちしてきた。
外交に関することだ。大声で喧伝はできない。
「やはり、エジプト勢の戦力は余裕がないか?」
「無い」
「理由は」
「この迎賓館までの表通りで、戦車団とすれ違ったでしょ」
「ああ、わざわざ俺達が来る時間を合わせてご苦労なこった。示威ってやつだな」
「一台目は側部装甲に溶接と塗装痕、よく隠してるけど。二台目はエンジン音が他と違う、非正規のものだ。三台目は機関銃の薬莢の香りが、あれ粗悪コピー品だよ。迎賓館前でこれじゃあ、最前線はもっとひどい」
「……やるな。隊長。さっきの盗聴器も」
「肉体強化系の権能だからね。戦場ではピリピリすんだ」
五感や観察眼も強化されている。
簡単に言うと、どうやら友軍のエジプト勢は物資が払底している。
「これをどう見る、ヴィンセント」
「ん? 奴らに余力がないってことだよな?」
「そう。だけど、別の見方も出来るよ」
現地部隊の目線からみると、何らかの理由で友軍が困っている、くらいにしか思えないだろう。
だが、俺には。
この戦局を指先一つで操れるほどの地位、財力、知力を持った化け物女を知っている俺には。
別の見方も出来る。
「はたして、ウクセンシェーナ・グループが友軍に物資を届けられないってことがあるかな」
「……! ありえない。少なくとも俺は、今まで飢えたことがないぜ」
「世界最強の物流支配者だ。そこが物資を回さないなら、回せないではなく回していない、と見るべきだ」
「なるほど、な」
あの性悪女。
顎で使いやがって。つまり、ここで戦線を膠着させろと言っている。
無言で指図されると普通は夫婦仲が冷え切るもの……のはずだが。俺は慣れ切っているので特に怒りは湧かなかった。いつものことっすね。
「ウクセンシェーナの上層部は、これ以上の戦線拡大を望んでいない?」
「だろうね。せいぜいエジプトの国境を維持。反撃の逆侵攻はやらせない、が本音だろう」
「賢いやり方だ。エジプトのAランク、Bランクダンジョンさえ得られれば――」
そこから先は、ヴィンセントも口にはしなかった。あまり道徳的ではないからな。彼のセリフの後を継ぐならこうだろう。
『利益さえ出れば――あとは知ったことじゃない』
こっちが抑えたハイランクダンジョンを採掘できれば、莫大な利益が出る。
勢いづいた友軍エジプトが、わざわざ逆侵攻なんてしたら困る。彼らには国境をキッチリ守ってもらいたい。ビジネスの為に。
やれやれ、政治って嫌になるね。
普通のサラリーマンやってたほうが気楽だった。だが、後悔しても遅い。今となっては、俺はかなりドライな判断をしないといけない立場だ。これをサボると部下が死ぬ。
「だから部隊には後退の準備を。慌てず、粛々とね」
「了解。ただそうなると、地元の連中との格付けが要るぜ。単に後退したら舐められる」
「だなぁ」
チラリ
と二人で大広間の奥の方を見る。
何やらこの国の指導者らしきおっさんが演説している。
血気盛んに、戦争継続を訴えていた。
――
グリンカムビ隊:ヴァルキュリャ隊と同様、ウクセンシェーナ・グループ直属の部隊。規模は大隊。グリンカムビは北欧神話の世界樹の上で、朝や警告の時に鳴くニワトリ。由来の通り早期警戒や斥候を得意とする。隊の標語は『民よ、今日も良い朝を』。