第二十三話
一仕事終えて、俺は所属部隊のテントに戻って来た。
部隊名グリンカムビ。
表向きはスウェーデン軍所属。本当のところはウクセンシェーナ・グループが抱える精鋭兵の集まり。
このあたりは最前線から離れているので、隊員たちがある程度集まっている。砂漠のなかでも岩陰の場所。食堂代わりの大型テントもある。
テントの前で二人の兵士が声をかけてきた。
「うぃーす、フソウ隊長」
「隊長おつ!」
「はい、お疲れ様です」
「まァた地図読み間違ったってマジっすか?」
「そぉりゃマズイって隊長。ほら、得意のアレやんなきゃ」
片方が地図を持って「ぐるぐるぐるぐる」車のハンドルのように回している。もう片方は腹抱えて笑っている。
やめろ。
俺が着任したときに、部下を率いながら道に迷ってやった動きだ。そんときの部下がこいつらだ。何回も何回もこすりやがって。
「でも隊長、まァた敵の権能者倒したってマジっすか?」
「そぉりゃスゴイって隊長」
「はいはい」
二人を躱してテントの中へ。
砂漠地帯なので日中は開放でき、夜間は保温・保湿するよう幕を下ろすタイプのものだ。
中に入るとヴィンセント・ミルド少佐が居た。
さっきの無線の相手だ。
「ヨォ、隊長。無事でよかったぜ」
「なんかさ、逃げた先が敵の陣地だった」
「ハハハ」
壮年の白人男性。スウェーデン出身。
豊かなあご髭は、頭髪と同じように真っ白だ。
筋骨隆々の上にやや脂肪をのせた、二メートルを超す巨躯。携行武器をいくらでも搭載できそうな太い二の腕。
スポーツのように今日一試合勝てればいいという体作りではない。
一瞬の戦闘力と、長い戦場生活に耐えるタフネス。その両立。軍人として理想的な体格だ。
「悪かった。また方向間違った」
「いや。結果オーライだ、扶桑隊長。おかげで他の味方は無事に後退できた」
ニヤニヤと、ヴィンセントは笑いを堪え切れない様子。美味そうに紙巻タバコを吸っている。
言葉とは裏腹に俺のミスを笑っているのだ。
取り巻きの兵士も笑っている。
くそう。
慣れていないのでマジでテンパるんだ。
生まれつき方向音痴だし。
なんつーかさ、パーっと地図を頭に浮かべられないわけ。後退の合図と一緒に敵陣に突っ込んだのは、今回が初めてじゃない。
きっとヴィンセントには愉快なミスだろう。元々この部隊は彼が隊長だった。新参の俺のミスは蜜の味だ。
「とほほ……」
がくり、と肩が落ちる。
(セシリアさん直々の任務だけど、これ以上足を引っ張るわけにはいかないな)
いつものダンジョン探索なら俺一人が苦労すればいい。だが、戦場では他の者を殺してしまう。取り返しがつかない。
すっかり自信を無くした俺は、ヴィンセントに交代を申し出た。
「はあ、分かったよ。上司に言って代えてもらうようにする。隊長は君に戻そう、少佐」
「………………は?」
「ん?」
あれ。
吸い終わったタバコをもみ消すところで、あっけに取られてヴィンセントが固まっている。
おかしいな。そんなに変な申し出じゃないはずだが。
それに彼にとっては望んでいた申し出のはず。
「つまりだ。俺は部隊の足を引っ張っている。元々、あー……あんまり頭が良くない。君の方がずっと上手くできるだろ」
「え。本気で言ってるのか? 扶桑隊長」
「ああ」
「ふっ、ははは! おい聞いたか」
ヴィンセントが周りの兵と顔を見合わせ、今度こそ堪えずに声をあげて笑った。
「なぁ、アンタの部隊をよく見てみろよ」
「んん?」
「一人でも欠けてるかい? アンタが来てから一カ月弱。負傷者は激減。戦死に至ってはゼロだ」
テントのなかを見回して気付いた。確かに、減ってないな。
「驚くべき戦果さ。異国の地では、なによりも部隊の損耗を抑えるのが肝心だ」
「む、むむ」
「着任から今まで、誰よりも前線に立ち、誰よりも弾丸を浴びたアンタを皆尊敬している」
「マジで?」
「マジで」
普段の飄々とした面持ちは鳴りを潜め、真剣に、真っすぐとこちらを見つめてヴィンセントが告げる。
その真っすぐな目線からは、率直な尊敬の念が伝わって来た。
そうだったのか。
まいったな。迷惑かけているとばかり思っていた。
俺としたことが。異国の地で、慣れない肩書で、どうも空回りしてしまったらしい。
「快挙と言うべき損耗率だ。これだと上層部に、ウチの部隊がサボっていると思われちまうぞ。隊長から上手く伝えといてくれや」
「おぉ……うん。そうする」
「ラルフ! テメェがすっ転んで骨折らなきゃ負傷もゼロだったんだぞ!」
ヴィンセントが後ろのテーブルに居る兵士を茶化した。
すみませーん、と腕を吊るしている兵士が笑っている。
約一カ月の最前線で、唯一の負傷者だ。
「勘違いした。そもそもあんまり歓迎されていないものかと」
「まぁな。最初は反発したさ。上層部からのねじ込み人事だからな」
「だよね」
「だが今は忠誠を誓っている。すげぇタフだなアンタ。これからも、よろしく頼む」
「……じゃ、なんでみんな、そのー……んー……イマイチ敬意が感じられないんだけど」
そう話していたら、テントの入り口で会った二等兵が地図を差し入れてくれた。
「サムウェル、この地図はもう貰った」
「あれっ?! そっすか? じゃなんで道間違うんスか?(笑)」
「ホラァ! 全然尊敬してないぞ、少佐」
おい、同じの三枚目だぞ。
イマイチ敬意が感じられないんだけど。
「軍隊流の歓迎だよ。無礼講も仕事の内だ。いざという時に他人行儀じゃ困るだろ」
「はえ^~」
「やっぱ扶桑隊長って軍出身じゃないのか? 人事ファイルには民間のサラリーマンってあったけどよ」
「ま。民間の出だよ」
だろうな、と目線で言いながらヴィンセントはタバコをもみ消した。
「自分と違うバックグラウンドのやつには内心ビビるし、距離感をつかめないのが軍人の悪いところだ。スマン」
「なるほど。了解」
ただ、もうちょっと距離感つかんでくれ、と俺は隣で絡んでくる兵士に目線で訴えた。訴えは伝わらなかった。
おい、地図同じの四枚目だぞ。
もうちゃんと読み込んでる。何? 首都カイロはどっち? ここだろ。
……え。違うの?
俺は地図を「ぐるぐる」と回転させ、サムウェルが地面を叩いて笑うのを聞きながら、ヴィンセントのもう一つの告白を聞いた。
「あと隊長には、別の理由でもビビってる。俺も含めて部隊全員」
「え? なんか俺したっけ?」
「片手でM61振り回すのにはビビるって。……なぁ、マジで前はどんな職場に居たんだ? ただのサラリーマンって嘘だろ?」
普通のサラリーマンだよ。
いまは財閥令嬢の犬やってるけどな。
そうか、普通の兵士は重火器を素手で持たないのか。
ワケわからん難易度のダンジョンで生活していたせいで。それに比較対象がAランクの魔女どもとか、竜とかばっかりで。
地上の感覚がイマイチ掴めないんだよね。
――
M61バルカン:ゼネラル・エレクトリック社製。口径20mmを毎分6600発発射。扶桑景一郎の装備はM61A2-MG、型番の-MGは魔法による近代化改修で火薬量、発射速度の増強に対応している。装備重量98kg+弾薬・給弾システム。