表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/80

第二十三話

 一仕事終えて、俺は所属部隊のテントに戻って来た。


 部隊名グリンカムビ。


 表向きはスウェーデン軍所属。本当のところはウクセンシェーナ・グループが抱える精鋭兵の集まり。


 このあたりは最前線から離れているので、隊員たちがある程度集まっている。砂漠のなかでも岩陰の場所。食堂代わりの大型テントもある。


 テントの前で二人の兵士が声をかけてきた。


「うぃーす、フソウ隊長」

「隊長おつ!」

「はい、お疲れ様です」

「まァた地図読み間違ったってマジっすか?」

「そぉりゃマズイって隊長。ほら、得意のアレやんなきゃ」


 片方が地図を持って「ぐるぐるぐるぐる」車のハンドルのように回している。もう片方は腹抱えて笑っている。


 やめろ。


 俺が着任したときに、部下を率いながら道に迷ってやった動きだ。そんときの部下がこいつらだ。何回も何回もこすりやがって。


「でも隊長、まァた敵の権能者倒したってマジっすか?」

「そぉりゃスゴイって隊長」

「はいはい」


 二人を躱してテントの中へ。


 砂漠地帯なので日中は開放でき、夜間は保温・保湿するよう幕を下ろすタイプのものだ。


 中に入るとヴィンセント・ミルド少佐が居た。


 さっきの無線の相手だ。


「ヨォ、隊長。無事でよかったぜ」

「なんかさ、逃げた先が敵の陣地だった」

「ハハハ」


 壮年の白人男性。スウェーデン出身。


 豊かなあご髭は、頭髪と同じように真っ白だ。


 筋骨隆々の上にやや脂肪をのせた、二メートルを超す巨躯。携行武器をいくらでも搭載できそうな太い二の腕。


 スポーツのように今日一試合勝てればいいという体作りではない。


 一瞬の戦闘力と、長い戦場生活に耐えるタフネス。その両立。軍人として理想的な体格だ。


「悪かった。また方向間違った」

「いや。結果オーライだ、扶桑隊長。おかげで他の味方は無事に後退できた」


 ニヤニヤと、ヴィンセントは笑いを堪え切れない様子。美味そうに紙巻タバコを吸っている。


 言葉とは裏腹に俺のミスを笑っているのだ。


 取り巻きの兵士も笑っている。


 くそう。


 慣れていないのでマジでテンパるんだ。


 生まれつき方向音痴だし。


 なんつーかさ、パーっと地図を頭に浮かべられないわけ。後退の合図と一緒に敵陣に突っ込んだのは、今回が初めてじゃない。


 きっとヴィンセントには愉快なミスだろう。元々この部隊は彼が隊長だった。新参の俺のミスは蜜の味だ。


「とほほ……」


 がくり、と肩が落ちる。


(セシリアさん直々の任務だけど、これ以上足を引っ張るわけにはいかないな)


 いつものダンジョン探索なら俺一人が苦労すればいい。だが、戦場では他の者を殺してしまう。取り返しがつかない。


 すっかり自信を無くした俺は、ヴィンセントに交代を申し出た。


「はあ、分かったよ。上司に言って代えてもらうようにする。隊長は君に戻そう、少佐」

「………………は?」

「ん?」


 あれ。


 吸い終わったタバコをもみ消すところで、あっけに取られてヴィンセントが固まっている。


 おかしいな。そんなに変な申し出じゃないはずだが。


 それに彼にとっては望んでいた申し出のはず。


「つまりだ。俺は部隊の足を引っ張っている。元々、あー……あんまり頭が良くない。君の方がずっと上手くできるだろ」

「え。本気で言ってるのか? 扶桑隊長」

「ああ」

「ふっ、ははは! おい聞いたか」


 ヴィンセントが周りの兵と顔を見合わせ、今度こそ堪えずに声をあげて笑った。

 

「なぁ、アンタの部隊をよく見てみろよ」

「んん?」

「一人でも欠けてるかい? アンタが来てから一カ月弱。負傷者は激減。戦死に至ってはゼロだ」


 テントのなかを見回して気付いた。確かに、減ってないな。


「驚くべき()()さ。異国の地では、なによりも部隊の損耗を抑えるのが肝心だ」

「む、むむ」

「着任から今まで、誰よりも前線に立ち、誰よりも弾丸を浴びたアンタを皆尊敬している」

「マジで?」

「マジで」


 普段の飄々とした面持ちは鳴りを潜め、真剣に、真っすぐとこちらを見つめてヴィンセントが告げる。


 その真っすぐな目線からは、率直な尊敬の念が伝わって来た。


 そうだったのか。


 まいったな。迷惑かけているとばかり思っていた。


 俺としたことが。異国の地で、慣れない肩書で、どうも空回りしてしまったらしい。


「快挙と言うべき損耗率だ。これだと上層部に、ウチの部隊がサボっていると思われちまうぞ。隊長から上手く伝えといてくれや」

「おぉ……うん。そうする」

「ラルフ! テメェがすっ転んで骨折らなきゃ負傷もゼロだったんだぞ!」


 ヴィンセントが後ろのテーブルに居る兵士を茶化した。


 すみませーん、と腕を吊るしている兵士が笑っている。


 ()()()()()()()()で、唯一の負傷者だ。


「勘違いした。そもそもあんまり歓迎されていないものかと」

「まぁな。最初は反発したさ。上層部からのねじ込み人事だからな」

「だよね」

「だが今は忠誠を誓っている。すげぇタフだなアンタ。これからも、よろしく頼む」

「……じゃ、なんでみんな、そのー……んー……イマイチ敬意が感じられないんだけど」


 そう話していたら、テントの入り口で会った二等兵が地図を差し入れてくれた。


「サムウェル、この地図はもう貰った」

「あれっ?! そっすか? じゃなんで道間違うんスか?(笑)」

「ホラァ! 全然尊敬してないぞ、少佐」


 おい、同じの三枚目だぞ。


 イマイチ敬意が感じられないんだけど。


「軍隊流の歓迎だよ。無礼講も仕事の内だ。いざという時に他人行儀じゃ困るだろ」

「はえ^~」

「やっぱ扶桑隊長って軍出身じゃないのか? 人事ファイルには民間のサラリーマンってあったけどよ」

「ま。民間の出だよ」


 だろうな、と目線で言いながらヴィンセントはタバコをもみ消した。


「自分と違うバックグラウンドのやつには内心ビビるし、距離感をつかめないのが軍人の悪いところだ。スマン」

「なるほど。了解」


 ただ、もうちょっと距離感つかんでくれ、と俺は隣で絡んでくる兵士(サムウェル)に目線で訴えた。訴えは伝わらなかった。


 おい、地図同じの四枚目だぞ。


 もうちゃんと読み込んでる。何? 首都カイロはどっち? ここだろ。


 ……え。違うの?


 俺は地図を「ぐるぐる」と回転させ、サムウェルが地面を叩いて笑うのを聞きながら、ヴィンセントのもう一つの告白を聞いた。


「あと隊長には、別の理由でもビビってる。俺も含めて部隊全員」

「え? なんか俺したっけ?」

「片手でM61(バルカン)振り回すのにはビビるって。……なぁ、マジで前はどんな職場に居たんだ? ただのサラリーマンって嘘だろ?」


 普通のサラリーマンだよ。


 いまは財閥令嬢の犬やってるけどな。


 そうか、普通の兵士は重火器を素手で持たないのか。


 ワケわからん難易度のダンジョンで生活していたせいで。それに比較対象がAランクの魔女どもとか、竜とかばっかりで。


 地上の感覚がイマイチ掴めないんだよね。


――

M61バルカン:ゼネラル・エレクトリック社製。口径20mmを毎分6600発発射。扶桑景一郎の装備はM61A2-MG、型番の-MGは魔法による近代化改修で火薬量、発射速度の増強に対応している。装備重量98kg+弾薬・給弾システム。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。 評価・ブックマーク・感想お待ちしています!
― 新着の感想 ―
[一言] 最高 更新楽しみにしてます。
[一言] 100kg以上の銃を片手で反動とか無視して乱射してるのか……? そんな身体能力の説明ってあった?それほどまでに窮地にいるから権能だっけ?あれで発揮出来てるのか……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ