第二十一話
ヴァルキュリャ隊全員との婚約も終え、俺たちは汗を流しに大浴場に来ていた。
部隊の宿舎、高層ビルの最上階に備えられた大浴場だ。北欧風のサウナや水風呂も併設されている。
前日の失態を取り返そうと、リベンジに燃えたセシリアも一緒だ。
七分で彼女のリベンジは失敗した。
「コラ、セシリア。お風呂であんなおっきい声出しちゃダメでしょ。行儀悪いよ」
「おっ”♥ なん、なんで♥ なんで、こんな雑魚庶民に勝てないっ……くっ、くそっ♥」
「汚い日本語覚えないの」
「ひっ♥!」
パチン!
と、ヘソに刻印された模様に魔力を流す。
余裕で二夜連続負けのセシリアは、浴槽の縁で全身ヒクつかせている。また明日再戦だな。三連敗させてやろう。
普段は威厳たっぷりのウクセンシェーナ家次期当主も、さすがに無様過ぎたのか部下たちは引いている。
「うわ、隊長……」
「弱っ……」
「いや、貴女もさっきこのくらいで堕ちてた」
「まさか。こんなに早くない。そっちこそ――」
部隊の面々は五十歩百歩のマウントを取り合っている。
全員経験がゼロだったからか、こんなもんだったよ。一人残らず。
不毛なマウント合戦のなか、一人の子が声を上げた。セシリアの姪。ウクセンシェーナ分家の一人娘、アリーシャ・ウクセンシェーナだ。
たしか権能は……なんだっけ。化学っぽいのが得意だったはず。
そんなアリーシャが防水タブレットを見せて来た。
「セシリア姉様。それと部隊の皆さん、景一郎様も」
「ん? どうしたのアリーシャさん」
「研究報告があります。先ほど解析が完了しました」
「解析?」
なんだ?
妙に小難しいグラフが、たくさん並んでいる。不味いな。こういう学者先生がやるようなことは、ちょっと苦手なのだ。
数学とか化学は高校卒業時も赤点ギリギリだった。……ちょっと見栄を張った。高一の頃から赤点ギリギリだった。高二では赤点で、補修を受けた。
そんな風に苦手意識を持っている俺とは対照的。
セシリアや、ヴァルキュリャ隊のメンバーは真剣にタブレットを見つめている。
あっと言う間に要点を理解したらしい。みんな賢いからな。
「アリーシャ、これは……」
「ええ、セシリア姉様。景一郎様の遺伝子の解析結果です」
「……え怖っ。アリーシャちゃんは可愛いのに、なんでそんな怖いことしてんのかな? かな?」
という質問はウクセン従姉妹でスルーだ。
こいつら。結局俺に惚れているんだか、軽視しているんだかよく分からんぞ。
画面には俺のDNAデータがグラフで表示されている。……ずいぶん多角形が小さいな。優秀であればあるだけ外側に広がるようだ。身体能力、知性、魔力、全部平均未満。そうですか……。
隣に並んでいるセシリアたち女性陣のグラフとは雲泥の差だ。全員グラフの一番外側を突破。
「そしてさらに次のページが、世継ぎを作れた場合の予測です。このように、非常に高い才能の可能性を示しています」
「この解析の確度は」
「完璧です、セシリア様。いくつも検証を重ねました」
「……」
「ご覧の通り。景一郎様の遺伝データは、非常に稀有な先天的特性があります。それは――『配偶者の潜在能力の100%継承と強化』」
ゴク
と周りの女性陣の喉が鳴った。
そうだ思い出した。アリーシャは『才能の権能』。そういう遺伝子的な研究に長ける。大学の専攻は生命工学系だったか。
セシリアがタブレット端末を操作しながら唸る。
「配偶者の血統の強化ですか」
「ええ、姉様。特異体質と言ってもいいでしょう」
「発生確率は」
「概算ですが、男性百兆人に一人の割合です」
あれ、セシリアさん。
俺の腕を物凄い力で握ってませんか。握るというか、握りつぶす勢いで。
逃がさない、という断固たる意志を感じる。
他の部隊のメンバーも、寄ってたかって俺の手首や足首、そして首を抑え込んだ。
「これはより長所が多い女性にとって、最高の夫と言えます」
「なるほど」
「んー……ちょくちょく君ら、日本語間違って覚えてない?」
「しかし反面、初対面の女性は防衛本能でこのフェロモンを嫌ってしまうのです。自然由来の惚れ薬のようなもので。一瞬で惹かれてしまって、逆に体が驚いてしまうのです」
サラリと明かされる辛い事実。
つまり何か。俺は初対面の女性には基本嫌われるのか。つらい。
なんとかなりませんか……。
「あー、じゃあ部隊の皆が最初俺のことを嫌ってたのも、そういう理由だったのか」
「……」
「……」
「……そ、そういうことですね。間違いないです。そういうことです、景一郎様」
なんだか間があったのは気になる。
でも詫びるようにアリーシャが抱き着いてきたので許した。可愛いよっ!
さらにアリーシャは続ける。
「加えて、景一郎様の後天的な権能」
「あー、俺の。『生還の権能』だね」
「はい。本来なら単純な肉体修復のはずです。が、これも強力な因子として働いています。戦闘能力以外の副次効果が」
「へー?」
ピッ
と端末の画面が切り替わる。
もう難しい用語が多すぎてわけわからん。
一方、アリーシャやセシリアたちは真剣そのものだ。
「国造りの権能。加えて子孫繁栄の権能、か」
「はい、セシリア姉様。古事記からの引用ですが、この権能の神格モデルは一日に千五百人の子孫を増やすというエピソードがあります。これで繁殖力にバフがかけられています。それも超強力な」
「それで……」
それで夜の間はセシリアに圧勝できるのか。
セシリア本人は、あの惨敗理由を勝手に納得。ウンウンと頷いている。
いや、君はこのバフなくても余裕で夜よわよわでしょ。嬌声がうるさすぎて鼓膜痛かったわ。
「さらに、彼の体液が問題です」
「これは……まさか……。体内に取り込んでしまうと、まさか一生剥がれないの?」
「ええ。残り続けます。例の肉体修復と同レベルの回復力で」
「排除方法は」
「無し。超強力で取り除き不可の、ナノマシンのようなものです」
アリーシャによると、俺の血液やその他の体液が入り込んでしまうと最後。その部分の細胞は乗っ取られてしまうとのこと。
危ないじゃんね。
良くないね。俺はそんな悪いことしないよ。ほんとほんと。
なんか呑気に聞き流していたけどさ。
じゃあ何か。このヴァルキュリャ隊はもしかして、身体的にも精神的にも完全に所有済みなのかな。
試してみよう。
「危険です。最上位のインキュバスより強力な、最悪の組み合わせです。この先天的な特性と、後天的な権能。この二つが組み合わさると……こっ、このようにっ♥」
「アリーシャちゃんは若いのに、なんでも知っていて優秀な子だなあ」
「ふーっ……♥ ふー……っ♥ こ、のように、全てを景一郎様に明け渡してしまうわけです!」
「なるほどぉ」
真剣に講義しているのをつい茶化したくなってしまった。
ハートの刻印が真っピンクに輝いているアリーシャの腹部。
そこを「コリコリ♥ コリコリ♥」と魔力を流してやると、内部の構造が完全に把握できた。念のため永久に全部乗っ取っておこう。
本人は中腰でがんばって堪えている。かんばれ、がんばれ。
「このひとの力は、も、もはや媚薬、いえ媚毒ともいうべきです! 一度虜にされてしまうと――っ♥」
「どうなるの?」
「こ、こ、このように! 愛のルーンを刻まれて、まったく抵抗できなくなります! 特に! 優秀な魔法、身体能力、知力を持つ女性はっ♥ 先天的な遺伝子特性で惚れてしまって♥」
「アリーシャちゃんみたいにね」
「る、るーんが、腹に刻まれたら、て、手遅れで♥ 一生♥ 捧げっ♥」
ぷしっ
とアリーシャは意識を飛ばしてへたり込んでしまった。
その様子を、他のメンバーたちも見ていた。一抹の不安と隠し切れない期待。
全員。
艶やかな吐息と、
もじもじとした腰の揺れ、
刻印の妖しい輝きの脈打ちが連動している。
恐る恐るセシリアが口を開く。
「この中で、ダンジョンでの負傷時に景一郎の血液を貰わなかった者は?」
「……」
誰も手を挙げない。全員丁寧に手当てした。
「この中で、昨晩しっかり、アー……直接接触を避けた者は?」
「……」
これもまた、一人も手を挙げない。
全員、致命的に取り返しがつかないことを察したようだ。
「へー、そんな面白い権能だったのか。こりゃマスターするには練習が必要だな。練習台になってくれる子は?」
今度は全員手を挙げた。
――
ここまでの装備:
頭 装備なし
首 『星の勾玉』
胴 安物スーツ(上)
腰 安物スーツ(下)
足 安物革靴
右 『死と戦争の』剣
左 装備なし
エピローグ含め第一章完結です!
ここまで読んでいただきとても嬉しいです。
また、ブックマーク・評価も沢山して貰えて励みになりました。
凄くやる気が出たので、これから二章も鋭意制作・投稿していきます。
ただ、一章の内容が台無しになるような続編は個人的に苦手なので、獲得したアイテムや仲良くなったヒロインは絶対に居なくならない、積み上げタイプの話になると思います。
よろしければ引き続きお楽しみください。
あらためて、ここまで読んでいただきありがとうございます。