第十九話
ヴァルキュリャ隊の副隊長オリヴィエに連れられて、俺は部隊の宿舎に案内された。
例の円筒状の建物。
巨大で真っ白なコロッセオのよう。俺の下宿先をぐるっと取り囲んで逃げ場をなくした建物だ。ここが部隊の宿舎らしい。
その円筒形状の内側が廊下になっている。地上七階の廊下を俺達は歩いていた。
上から見ると俺の部屋、ちっさ……。一人シガンシナ区って感じだ。これ資本主義社会のいびつさが出ちゃってるよ。
「あのー、オリヴィエさん」
「呼び捨てで結構」
「あ、いや、そゆわけには……」
「呼び捨てでお願いします」
「……あーぃ……」
この有無を言わせぬ感じ。セシリアと似ている。上流階級の女ってのはみんなこうなんだろうか。
ツン、と顎を上げる話し方。本能的に従ってしまう。
「その、気になったのがですね」
「はい」
「部隊のメンバーって数十人ですよね?」
「ええ、セシリア隊長や私を含めて二十一人です」
「ちょーっと広すぎやしませんかね、宿舎」
東京ドーム一個分くらいあるだろ。
いくら金持ち連中の別荘と言っても、維持管理がしんどいでしょ。俺なら皿洗いサボる。
「問題ありません。ウクセンシェーナの最新技術で、メンテナンスは全自動化されていますから。妖精魔法の応用です」
「はぁ」
「外部からの不正なアクセスも完全に遮断。これは景一郎様のSランク転送技術を応用したもので、世界で我々しか活用できません。端的に説明しますと、他者が介入できないSランク転送技術は相対性理論の制約を突破できるので、他の物理・魔法現象では追いつけない暗号鍵の受け渡しが可能なのです」
「ははーん。完全に理解」
取りあえず分かったふりをしておいた。美人にダサいと思われたくない。
ITってやつだ。
ITの話をしてやがる。苦手な分野だ。
いや、俺だってSUM関数は使えるんだ。
意を決していたところに、オリヴィエがタブレット端末を差し出してきた。
まずい。IF関数はちょっとまだ勉強中なんだ。
「ですので、こちらの内容も景一郎様だけが閲覧できるものです」
「はぁ……って、な、な、なんじゃ!?」
「側室候補です。先ほど申し上げた通り、ヴァルキュリャ隊のメンバーは全員、景一郎様に求婚予定ですので」
「!?!!」
ズラリ
とヴァルキュリャ隊のメンバーが端末に並んでいる。
部隊メンバーは隊長のセシリアを含めると二十一人の顔写真が並んでいる。
その全員のプロフィールだ。詳細な。詳細すぎるにもほどがある。
それはそうそうたる面々だった。
一国、いや世界を統べるといっても過言ではない。凄まじい人材の並びだった。
【 購入済 】
●セシリア・ウクセンシェーナ(19)
185cm 61kg 97-59-95
IQ:180
権能:『死と戦争の』 A+ランク
専攻:基礎物理、金融、魔術(博士号)
備考:射撃五輪金メダリスト
【 買い物かご 】
・現在は空です
【 在庫あり 】
○オリヴィエ(20)
191cm 68kg 89-57-92
IQ:170
権能:『星読みの』 Aランク
専攻:天文科学(博士号)
備考:ヴァルキュリャ隊の副隊長
○アリーシャ(18)
175cm 55kg 88-56-91
IQ170
権能:『才能の』 Aランク
専攻:応用生命工学(博士課程)
備考:ウクセンシェーナ・グループ分家跡継ぎ
○マルティナ(19)
168cm 49kg 84-54-82
IQ:210
権能:『本棚の』 Aランク
専攻:基礎魔術(博士号)
備考:基礎魔術系論文26件 同科教授 関連特許152件
○エッラ(18)
178cm 52kg 91-55-88
IQ:165
権能:『湯守の』
専攻:流体力学(博士号)
備考:竜種討伐複数回 『竜狩り』の称号持ち
……(以下、二十一人分が記載)
詳細どころの騒ぎではない。
しかも、それぞれのプロフィールをタップすると詳細画面に飛び、顔写真、全身写真、ローアングル写真、家系図、基礎体温グラフなどが並ぶ。
最後には全員ビッッッッッッシリと自己PRの文章が書かれ、自分がいかに優れた女性で、側室にする価値があるのかとアピールしている。
「……なっ、なっ、なんぞこれ……いや、俺この子知らない……んだけど、めっちゃ求婚されてる……」
「はい、もちろん」
「もちろんではないでしょ……」
「ヴァルキュリャ隊。星読みのオリヴィエ、才能のアリーシャ、本棚のマルティナ、湯守のエッラ、養蜂のグンヒルド、灰色のヒルダ、破壊のエレオノーラ、先導のクリスタ、剣のアンナ、休戦のマーヤ、遺跡のラケル、不動のテレーサ、春のヴィヴィ、迷路のアクセリナ、沼地のブレンダ、記録のカミラ、宝石のエメリア、清光のフィリパ、糸織りのピア、豊穣のリナ」
「おッ……多い……よね」
「全員、あなたに求婚しております」
「な、な、ナンデ? 俺、なんもしてない!」
話したことないでしょ。この子も、この子も、こっちの子も。
ってかそもそも、君とも話したことないよね。ついさっき初めて会話した。でもそのオリヴィエの名前もリストにある。
「なんで、と言われましても。理由がわかりませんか」
「わかりません……頭悪くてすみません……」
ガツン!
とオリヴィエの屈強な両手が、俺の肩を完全に把持。壁際に押し付けた。
超ド級の美女だろうと、壁に追い詰められると恐怖が先にくる。ちょっとチビった。帰してくれ。
そのまま口づけされた。
オリヴィエは俺よりもニ十センチ以上背が高い。抱きしめて持ち上げられながらの口づけだった。
「ぷは、端的に申し上げますと」
「はひ」
「ダンジョンでオーガに攫われるところをあなたに命を救われ、続いて脱出でも先導していただき、さらに死を覚悟して再突入するところを代わっていただき、おまけに所属するウクセンシェーナの財閥崩壊を食い止めていただきました」
「そう。そうかもね」
「愛しています」
「あり、がと」
そんなことで嫁さんって貰えるのか。
昨日までは一生独身だと思っていたから、プロポーズの衝撃がすごい。しかも何人も。とびっきりの北欧美女が。
その子たちの人生が、俺の指先一つで決まる。
この買い物カゴ、とやらに隊員の顔写真をドロップすると求婚を受け入れることになるようだ。
「ちなみにこう、いくつも選択すると、一括での購入も可能です」
「おぉー……」
「取りあえず全員一括で購入して、お試しするのはどうでしょうか」
「お試しとかできんの?」
「ええ、今すぐできます。この壁のすぐ向こうに、全員待機しておりますので。しかも全員、一夜限りでも構わないと考えております。どうぞお好きなように、食い散らかしてください」
マジかよ。
俺は少しだけ悩むふりをした。
ポチ、ポチ
と数人の部隊メンバーを選択。うーん、流石に一日で嫁さん二十一人貰うのは……。
(マズイよなあ。マズイ。マズイですよこれわ)
取りあえず唸ってみたが。
悩むふりも飽きた。
「えい」
本心に従って一人残らず全員選んだ。
全員の顔写真をカゴに入れると、壁の向こうから大歓声が聞こえた。
――
扶桑景一郎のステータス:
161cm 57kg
IQ:85
権能:『生還の』 E~Bランク(状況により変動)
専攻:なし
備考:友人ゼロ人、友達一匹