第十八話
セシリア・ウクセンシェーナは欠点がない、まさに完璧な女性だ。
頭脳は飛び級で博士号を取るほど。会社も何十社と経営している。
身体能力は射撃のオリンピックメダリスト。彼女の連続満点記録は更新されそうにない。
魔法使いとしても世界一。文字通り。世界最強の魔法使いだ。
性格は、ご愛嬌。(注:愛嬌があると言う意味ではない)
そんな人類史に選ばれた存在。地球最強の魔女は――
夜はクソザコであった。
「おーい、セシリア。大丈夫? 意識ある?」
「あ”っ♥ だ、だいじょう、ぶっ♥ 景一郎♥」
「それなら良いんだけど」
過呼吸になっていないか確認のため、「ぺちん、ぺちん」と優しく頬をはたく。
気持ちよさそうな多幸顔。
とろとろと幸せを受け取るセシリアは、すっかり緩み切っている。
ハートを目に浮かべて、だらしなく口を開いている。世界最強の魔女がこれか。
「っ♥?! っ♥ う”!♥」
「うーん、セシリア……あんなに強そうだったのに。何にも経験ないのにイキってたのかー……」
「ぺちぺちしないでっ♥」
「よーし、よし。可愛いぞ~」
ちょっと俺のほうも夢中になってしまい、加減が出来ずにいたらこんなんになってしまった。
加減なんてするはずがないか。何と言ってもセシリアと一緒に、ウクセンシェーナ・グループの世継ぎを作れるチャンスだ。
こんなチャンス、本来地球上のどこにも転がっていない。
ウクセンシェーナ家には毎年、何百、何千人もの上流階級の男子が求婚に来る。その全員が門前払いどころか町の外で待ちぼうけ。
そいつらを全員追い越して、俺がセシリアと結婚できる。
オスとしての至高のゴールだ。
こんな機会を逃すわけがない。他のオスに取られないように、自分のメスは徹底的に囲い込みしなければ。
「最初は威勢がよかったのに。おーい、旦那は尻に敷いて操るんだろ~? やってみろやァ~~~?」
「Förlåt♥ Förlåt♥ Helt mitt nederlag♥」
「日本語じゃないとわかんない」
「は、はひっ♥ す、みませっ♥ 」
幸せそうな顔を撫でてやる。
そうしていると、世界最強の魔女は「もう降参です」と示しながら仰向けにグッタリへたりこんだ。
普段は貞淑そうに閉じている長い脚は、ガニ股に開くのが癖ついてしまっている。両手は服従を示すようにゆるゆると掲げている。
全身はひくひく幸せそうに痙攣。
半分意識が無いようだ。
それにしても気になるのが――
「あれ? セシリアさん。なんかこの辺、少し光ってるね」
「ぉ”っ♥ えっ♥? え、なんですかっ」
「ほらここ」
セシリアの芸術的ともいえるくびれ、そのヘソあたり。
そこにぼんやりとハート型の光が差している。
内部からの輝きのようだ。最初は薄かったが、夜がふけるにつれてドンドン濃くなってきた。
こんこんとハートを軽くノックすると、セシリアは首を「ピン」と伸ばしてのけ反った。
パチッ、パチッ
と軽く魔力を流すだけで、セシリアの全身が弓なりに跳ねる。
「ひっ!♥」
「これ何かな?」
「わ、分からない――い”っ♥」
「旦那様が聞いてるんだから、気合で答え探して」
「す、すみませっ♥ お、恐らくっ! 魔力と愛情を注がれ過ぎて♥ しかも夜のあなたがつよつよなのでっ♥ なんらかの支配の刻印がされているのかと……! 権能の副次効果……?! し、知らない魔術! 知らない! こんなの知らない!」
「へぇー、刻印かぁ」
おー、ハート型がすげえ濃くなってきた。
これMAXまで濃くなったらどうなるんだろ。
「Farlig♥ farlig♥」
「最後にはどうなるの?」
「ダメです!♥ い、いったん休憩しないとっ、強力な契約魔法に似ている! お、恐らくっ! 身体全部、景一郎に乗っ取られる、か、可能性が……!」
「おぉ~~」
「……♥」
続けたらダメらしい。
本人曰くダメらしいが、セシリアは俺から一ミリも離れようとしない。
「ねえ、セシリア。ちょっと頼みがあるんだけど」
「ダメ、ダメです絶対ダメ。北欧の支配者、ウクセンシェーナの後継者たる私が。一晩で負けて、全部、全部捧げるなんて……!」
「一生でいいからさ~。君の全部俺が所有者ってことでいいかな。ほんの一生でいいんだよ~」
「……う」
「いいよね」
「……でも」
「一生俺のモノにするだけだから。全権限が俺のモノにするだけ。ホントそれだけ」
「……うううううっ♥」
お腹をナデナデしてやると、セシリアは渋々と言った様子で了承した。
合意の下で愛してやると、ハートマークの刻印が最高潮まで輝いて二度と取れなくなった。
……
…………
………………
朝までかけてセシリアを陥落させたあと、昼までかけて彼女の尊厳回復に付き合った。
とりあえず初夜の出来事は黙殺されることになった。むっすりと不機嫌そうにソファに腰かけ、片肘ついているセシリア。
所有権云々は無かったことになった。
刻印は一切取れてないけど。
試しにグッと魔力を巡らせてみると、一瞬でセシリアの腰が跳ねる。あんまりやると睨まれるのでほどほどにしておこう。
「まったく、獣以下の夜です。なんと野蛮な男を夫に持ってしまったのでしょう」
「悪かったって」
「う”♥ き、気軽に腹を撫でないように。……まったく、まったく、なんですがこの糊みたいなの。こびりついて全然落ちてこない」
「おー、めっちゃ濃い」
「まぁ、ウクセンシェーナ家の嫡子たる私が、下賤な庶民の種に一発で当てられるはずがありませんが」
「そうねー」
「万一の際は責任取って貰いますからね、景一郎」
「取る取る。マジ取ります」
紅茶を淹れて、肩を揉んで、料理の腕を改めて褒めるとようやく少しずつ機嫌と自尊心が戻って来た。
昼は女王様をさせてやるくらいが、夫婦円満のコツだな。
さて、セシリア陛下が紅茶二杯目をご所望なので注いでいると、
コンコンコン
と、俺の部屋の玄関が叩かれた。
「お、誰?」
「どうぞ」
どうぞって。
すみません、ここ一応俺の部屋なんですけど。
この部屋はもはや自分の別荘だと認識しているセシリアが招き入れたのは、一人の女性だった。
セシリアよりも更に長身で、厚い肩幅。
見覚えがある。確か――
「あれ、ヴァルキュリャ隊の副隊長さん」
「! 覚えていただき恐縮です、景一郎様。オリヴィエと申します」
ダンジョンを一緒に歩いた。覚えている。セシリアに次ぐ実力者だ。
長剣と、熟達したルーン魔法の使い手。武人のような振る舞いは、西洋の女騎士って感じ。
すげえ強い。そんな人に、様とか付けて呼ばれる理由はないのだが……。
店とかで苗字のほうを様付けされることはあるが、下の名前は初だ。美人にへりくだられると、なんだか落ち着かない。
「お迎えに上がりました。景一郎様をお預かりしてよろしいですね、セシリア様」
「……ん、まぁ、いいでしょう。約束しましたから」
「お迎えって何? 約束って何?」
そんな至極当然の疑問を全部無視され、俺はセシリアからオリヴィエに引き渡された。
絶対に逃がさないといわんばかりに腕を絡めとられ、外に引きずられてゆく。扱いが逃亡中の凶悪犯なんよ。
「コワァい! ど、どういうことォ? セシリアさん?」
「チッ。ヴァルキュリャ隊の他のメンバーとある約定をしまして、妥協です」
「なにそれ」
「おすそ分けをしないと謀反を起こす、と言われまして」
よく分かんない。
「オリヴィエ、説明を」
「セシリア様がプロポーズの一番手をする代わり、景一郎様を独占せず。他の娘のプロポーズを邪魔しない、という約束です」
「……なにそれ……」
聞いても分からんかった。
戦利品扱いされていることだけは分かった。そういえばこいつら、あのヴァイキングの末裔なんだよね……。略奪とか好きそう。
「ヴァルキュリャ隊総員とセシリアの戦闘力はほぼ同等――」
「オリヴィエたちも撃ち合いの消耗は避けようと判断しました」
「不動産や保有資源、グループ経営権、株式の面でも――」
「我々が張り合ったら、アメリカなどからの介入を受ける」
「という訳で、一番手は隊長であるセシリアがもらいました。それぞれがプロポーズをして、成功した者で一夫多妻の家を形成しようという訳です」
「本当のところを言うと。この子、景一郎様にフラれるのビビって一夫多妻制にしたんです。全員でかかれば何とか射止められるって」
「ビビってません!」
喧嘩しているけど、仲のいい姉妹みたいだ。
いいじゃないの、女の子同士が仲いいのっていいよね。
問題は俺の処遇でまったく人権が考慮されていないことか。考慮してくれ。
「と、いう訳で景一郎様はお預かりします」
「はいどうぞ! でも、あとでまた取りに行きますからね」
人権、考慮してくれ。
――
扶桑:古代中国から見て東にある巨大樹。東方から繰り返し昇る太陽と関連し、再生や生命の象徴。北欧神話にも巨大樹伝説は存在し、そこではユグドラシルと呼ばれる。