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第十七話

 俺のアパートの一室は一瞬で包囲された。


「一瞬で、高層ビルが出来ちゃった……ァ」


 周りの建物の高さは、地上二階の俺の部屋からは首が痛くて数えられない。


 特に直近の円筒状の建物は巨大で、白亜の壁がぐるっと厳重に取り囲んでいる。どこを? 俺の下宿先をだ。俺の部屋は中庭のウサギ小屋かな?


 皆さん、普通は犯人を刑務所に連れて行きますよね。


 でもウクセンシェーナでは刑務所を犯人に連れて行く!(スウェーデン的倒置法)


「逃げられる気がしねぇ……。お、いい香り」


 そのウサギ小屋で、財閥令嬢セシリア・ウクセンシェーナが台所に立っている。


 なんてアンバランスな光景だろう。


 先日見せてくれた、完璧に着飾ったディナードレス姿とのギャップがすごい。軽装だ。Tシャツとホットパンツ。腰が高すぎるのと、脚が眩しすぎてひれ伏しそうだ。


「もう下ごしらえはしていますから。すぐできます」

「え」

「座って待っていなさい」

「え。え?」


 そう言ってセシリアは俺をソファにめり込ませ、手早く晩飯を完成させ、次々に運んでくる。


 さっきラーメン食ったばっかりなんだが……。有無を言わせぬ迫力で睨まれると、いただかざるを得ない。


「コタツ、頼む。戻って来いぃ」


 心細い。親友の猫は一瞬で捕まって追い出されてしまった。


 しかも隣に新設された小屋が居心地良いとかで、しばらく戻ってこなそうだ。おのれ。明日からしばらく安い方のキャットフードにしてやる。


「セ、セシリアさん、下ごしらえっていつの間に? なんか材料が俺の冷蔵庫から出てきたような……」

「だから、合い鍵を作ってお昼のうちに入ったに決まっているでしょう」

「ソッスネ」

「ああ、明日は会社お休みですね。プライベートの予定もなし。日本人は食事しながらのビールが好きなのでしょう。どんどん飲んでください」

「え。あれ、なんで休みって知って……」

「スマホアプリのカレンダーを遠隔操作して、予定全部把握しているに決まっているでしょう」

「ソッスネ」


 そう言いながらセシリアは「とくとくとくとくとくとく」っとビールを注いだ。


 ものすごい勢いで酒を進めてくる。


 俺の部屋のソファは安物なので、二人で座るとギリギリ。


 セシリアは長身で体格もいい。ぶっちゃけ俺よりも背丈とか肩幅とかデカいし。腰周りも安産型ですごく大きい。大変結構。


 セシリアが脚を組むと、ホットパンツでむき出しの太ももから目が離せない。


(エッチすぎるけどこの格好って法に触れないのかな)


 ただ、こう……逃げる方向が脚で塞がれているのは気のせいだろうか。隣りに座ると、蛇に睨まれた蛙の気分だ。


「あ、あの、セシリアさん。これスウェーデンのビール? 美味しいけど、俺あんまり酒に強くな――」

「いいから。飲みなさい。全部。一息で」

「あぃぃ……」


 こっそり見たら、ラベルに書いてあるアルコール度数が10%だった。濃い。海外はこんなの飲むのか。


 あと、ビール瓶から注いだ後に、別瓶からも謎の薬液を注ぐのやめてほしい。これ何混ぜてんの。


 それに料理のラインナップも妙に偏っている。


 まず牡蠣が多い。何個食わせる気だ。


 牡蠣の他の食材というえばウナギ、牛肉、山芋。……なんか意図を感じるラインナップだ。精の付くものばかり。


 美味しいは美味しいけどね。うん、凄く美味しいのは間違いない。料理の腕でもセシリアは天才的だ。


「どうですか? 口に合いますか?」

「ああ。美味しいです」

「ふ、そうでしょう。私の伴侶になる男は、これを毎日食べられるわけですね」

「伴、侶」

「ええ。伴侶です。生涯添い遂げる相手ですね」


 そういってセシリアはさらに身を寄せて来た。


 俺の肩にセシリアのプラチナブロンドが乗る。


 酒は隙あらば注ぐし、謎の瓶の中身も注いだ。っていうかもう謎瓶の方が多くね? これ。


「扶桑景一郎、少し体が熱くなって来たでしょう」

「あー、はい。そのー、すぐ酔う方なんです」

「ふ、ふふふふふふふ。……話は戻りますが」


 そう言ってセシリアは謎の薬瓶をもう一本開封し、「もうええやろ」と言わんばかりにそのまま瓶を俺の口に突っ込んだ。


 もう原液じゃん。こっそり混ぜてた体裁はどうした、体裁は。これマジで何の薬なの。


「扶桑景一郎」

「はい」

「その、あー……うー……つまり。つまりですね」


 言いよどんでいる姿も可愛い。


 セシリアが何を言いたいのか分かっている。確かに俺はバカで仕事が出来ないが、そこまで鈍感じゃない。


 でも本当かよ。こんな幸運があるのか。命がけでダンジョンに潜ってよかった。


「私の許嫁候補は三百人ほど居ます」

「はい」

「家の者に厳選させてもこんなに居ます。そのなかで伴侶の座を射止めるのは非常に幸運ですね?」

「はぁい」

「あとは、えー……」


 俺はわざと、セシリアが何を言いたいのか分からないふりをした。


 そうしているとセシリアが上目遣いで物欲しそうにしていて、とても可愛らしかったからだ。


「株式はウクセンシェーナ・グループの最上位本社を、四割保有しています。これは一族でもかなり多い割合ですね」

「ええ」

「ウクセンシェーナ・グループ総資産は日本円に換算すると、三千兆円に達します」

「すげえ」

「鉱山式のダンジョンも、造船・運輸系の多国籍企業も、半導体・魔法製品の工場も大量に所有しています」


 うーむ。こうやって聞くと、やっぱりこの娘の実家桁違いだな。


 でも正直言うと、そんな金額を並べられても興味が湧かない。


 絵画を飾るなら額縁も大事、だが、「良い額縁だからこの絵買うよ」とはならんだろう。


「これを、この財産を。たった今、あなたが瞬時に手に入れられる方法があります。お分かりね?」

「全部要らない」

「そっ……! そう。そうですか」


 つとめて冷静な態度を取っていたが、セシリアの灰色の瞳に涙が浮かんでいる。


 しまった。やり過ぎた。


 セシリアに告白をされるのが嬉しくて、ついできるだけ長くと楽しんでしまった。


 泣かせたいわけでは決してないのだ。……正直、普段イジメられまくっているからちょっと意地悪したかっただけだ。


「……ど、どこからやり直せば結婚できますか? 出会った時からやり直したいのですが、何か良いアイデアはありませんか?」

「やり直しも要らない」


 震えている口を塞いでやる。


 セシリアが固まってしまったので、契約はこちらから申し出よう。


「セシリア、金とか株式とかは要らない」

「はっ、ハイ」

「でも君は欲しい。結婚しましょう。一生お守りします」

「……はい。喜んで」


 白い頬をめいっぱい赤らめて承諾してくれた。


 可愛い。


 だがこの魔女が可愛らしいのは本当に一瞬だった。


 くつくつと。


 ぐつぐつという魔女の釜のような笑いが響く。


「くふ、くふふふふふ、やはり。効きましたね。ウクセンシェーナ家秘伝の、惚れ薬」

「そんなの混ぜてたの……」

「一滴で男を(おと)す劇薬です。ふふふふ、在庫を全て投入したかいがありました」


 日本語にまだまだ慣れていないみたいですね^^; 読み方間違ってますよ。


 これが俺の花嫁か。大丈夫かな、俺の人生。


「大丈夫じゃないかも、俺の人生」

「後悔しても無駄です。一晩続く効能の間、既成事実を完成させます。さぁ、ベルトを外して渡しなさい」

「後悔ねえ」


 ぶっちゃけると、その惚れ薬とやらは一切効いていない。


 『生還の権能』は耐毒、耐薬害に優れる。


 でもベルトの金具を外すセシリアが、あまりに必死で愛らしい。もうちょっと黙っておいてやろう。


 ただ、ベルトを首輪代わりにしてベッドに拘束しようとするのは止めろ。やることが基本怖いんだよ。


「一晩で尻に敷いて、既成事実……! ふ、ふふふ、いい日本語ですね、既成事実。褒めてあげましょう」

「あんまり変なボキャブラリー増やさないでね……」


 もう少ししたら種明かししてあげよう。


 このプロポーズ成功は何一つドーピングしておらず、時間制限もないってことを。


 だから手錠と足枷をかけて一生飼おうとするのは止めろ。やることが基本怖いんだよ。


――

『生還の』耐毒性:他のすべての毒に耐性を持つが、アルコールは解毒しない。これは日本の神話体系のなかで、酒を毒と扱っていないため。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

一応ここで一区切りですが、書き足りないのでもう少し続けようと思います。

また、一章という形で次の章を作ろうかなとも考えています。

もう少しお付き合いいただけるとありがたいです。


いつも評価やブックマークありがとうございます。とても励みになります。

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