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第十五話

 ま、高齢者の昔話や愚痴に付き合うのも若いのの役目だ。聞いてやろう。


 と油断したのがまずかった。話が長いよ、ご先祖様。


 要は夫婦喧嘩だ。


 化粧しているところを見られた、見てないの水掛け論の末。この女神はプッツンして男神の方を追撃。


 フルマラソン並の長距離&箱根並の高勾配を、黄泉の国の軍勢率いて駆け上がったらしい。えっと、こんなんがご先祖? ヤバない? 我が国。


「――という具合にあのクソ野郎! 逃げやがった!」

「ふむふむ」

「――で、あのバカはここに私を放置し! 以来一度も見舞いにすら来ない! 許せん、死ね! 次に会ったら金玉アッパーカット! いや死んだか! 黄泉平坂でくたばったかザマアミロー!」

「ははぁ、大変だったね。おばあちゃん」

「おばあちゃんではァ、なァい!」


 カァン!


 と杯を地面にたたきつけ、酒をもう一杯俺に注がせた。


 荒れてるなあ。


 俺はそのへんの歴史書を読んだことがなかったので知らなかった。


 どうもこのイザナミさんは、夫のイザナギさんと喧嘩して以来ずっとここに引き籠っているらしい。


 しかも夫の方は会いに来てすらいない始末。そいつは嫌われるよ。何してんだ旦那さん。


「そのイザナギに、貴様はよく似ている! あぁ忌々しい、忌々しい! 呪ってやるー……黄泉の国から呪ってやるー……」

「そりゃ似てるんじゃねえの。俺の権能のモデルになったんでしょ、その神サマ」

「違う! 権能もそうだが、雰囲気が似ている」

「雰囲気」

「女の敵だ。どこに行ってもヘラヘラと別の女に手をだして、テキトーに惚れさせて回るあのハーレムクソ野郎! 呪ってやるー……」


 子孫にあたるのやめてください。


 手指をへにゃへにゃ動かしながら、謎の呪いを放ってくるご先祖さん。


 あと時折石投げてくるので、呪いというか割と直接的に痛い。


「あー、あのさ、イザナミさん」

「なんだ」

「俺の権能。旦那さんの権能。このダンジョンの入り口にあったんだ」

「ほーん」


 当然。


 当然である。


 ダンジョンの道中にあったのなら。凡人の俺が――『生還の権能』なしの俺が――権能を獲得できるわけがない。


 この職場に就いて、ダンジョン担当として訪ねて来た初日。緊張で一歩を踏み出す、いざその瞬間に権能を獲得した。


 これが何を意味するのか。


 どうやらご先祖様の夫婦仲に誤解があるようなので、訂正しておこう。


「しかも入り口には、封印用の岩みたいのがあった。風化し切ってたけど」

「あのバカを追い払うときにぶち込んだ岩だ」

「なるほどね」

「……何が言いたい」

「どっちだと思う? 黄泉平坂とやらで、アンタの追撃を受けた旦那さんは―― 生きて還ったのか、死んでしまったのか」


 あとで知ったが、伝承では生きて還ったことになっている。


 が、所詮は文字すらあやふやな時代の話。真実は推測するしかない。


「知るか。逃げた途中で死んだのかもしれん」

「まぁね。それもありえる。だから確率論の話だ」

「……確率」

「黄泉平坂。つまりこのダンジョンは随分と長い。俺も苦労したぜ」

「……」

「で、アンタの旦那さんはこの最深部から入口まで、逃げて逃げて逃げて……最後の最後に、力尽きた。そうやって死んだのか?」

「そう考えるのが妥当だろう」

「キッカリ入口で? そうは思わない。確率が低すぎるぜ。死んだのなら、ダンジョンのどこか、()()()()()()()()()()()のが妥当だ」


 そう。


 恐らく生きて還ったのだ。


 流石は『生還の権能』のモデル。ちゃんとたどり着いた。


「む、むむう」

「では、なぜ入口に権能が落ちているのか。近頃の研究だと、その神格が亡き者になった場所に権能が落ちることは良くあることらしい。どう思う? 女神サマ」

「じゃあ、やはりキッカリ入口でくたばったんだ!」

「違うね。生きて還り、何度も見舞いに来てた」

「!」


 なんかデカい岩で塞がれて、入っては来られなかったんだろうけど。


 ぴくり


 とイザナミはうな垂れていた顔を上げた。


 この『生還の権能』を持つ俺しか知らない情報だ。彼女にとっては盲点だったのだろう。


「で、さらに確率の話をすると」

「……」

「俺は妻の墓の前で倒れる夫なんて、なかなか聞いたことがないな」

「……」

「イザナギノミコトはたまーに、年に一回くらいのペースで見舞いに来て、たまたま死んだのがそのタイミングだった?」

「……きっとそうさ」

「違うね。生涯の大半をここに費やした。あなたに会うために、何度も来ていた」

「ふん。……そうとは限らんではないか」


 そうとは限らない。


 と口では言っていたが、本心ではどうやら確率を信じることにしたらしい。


 岩盤を素手で掘削するくらい荒れていた女神が、落ち着きを取り戻していく。


 あと飲み過ぎだ。泣くのを誤魔化すように酒を注ごうとしたので、流石に取り上げた。


 ダンジョンボスとの戦いは無かった。


 が、こういうクリアの方法もある。


「結論を言うと。アンタは随分愛されてたみたいだな」

「……まぁ。子孫のいうことに乗せられてやってもよいか。……伊勢の方に、人間どもが作った神社があるらしい。私やイザナギのバカを祀っている」

「ふーん。お伊勢さんかな。じゃ、旦那さんに会えるかもね。あ、でも今は十月だ。神在月だぜ。逢うなら出雲の方かも」


 あれは旧暦で数えるんだっけ。


 でも、爺ちゃん婆ちゃんの逢引待ち合わせまで面倒は見切れねえわ。あとは自分たちで何とかしてくれ。


「しばらくは地上で楽しんできなよ。どうせこのダンジョンには仕事でまた来るし。じゃあな、ご先祖さま」

「あのバカに似ているお人好しが。来た目的を果たしていないではないか」

「っあー! やっべ、忘れてた」


 そうそう。Sランクの瞬間移動技術持って帰らないと、セシリアに叱られる。


 カッコよく「全部任せろ」と言った手前、手ぶらじゃあ帰れない。


「あのさ、おばあちゃま。なんつーか、こう、空間をぴょいーんって飛べる魔法のアイテムとか無いかな」

「ふん、くれてやるわ」

「そこをなんとか! ……て、あるんスか!?」


 そういって女神は一つの勾玉(まがたま)をくれた。


 満天の星で練り上げたような。紺、深緑、黒、白の模様は何と形容すべきか。そう、表現するなら星色の勾玉だ。


 『星の勾玉』と名付けよう。


 うねうね模様が動いて綺麗だけどちょっと不気味。吸い込まれる感じがする。


 首にかけると、なるほど凄まじいマジックアイテムだと分かる。この複雑怪奇なダンジョンの入り口にもひとっ飛びできる気がしてきた。


「空間を跳躍するのにこれ以上の術はない。星々の果てまで手が届くだろう。持っていけ」

「ええんかババァ」

「出来の悪い子孫の割に、そこそこの働きをした。褒美だ」

「ご先祖ォ……! これまでの言動。謝るぜ敬老。探索は成功。好きな女に献上、イェア」

「お前マジでムカつくな。頻繁には来るんじゃねえぞ」

「俺って年寄りに優しいからよォ、たまに来るからオタッシャで~~」

「ふん」


 なかなかの笑顔じゃないか、ご先祖様。夫婦仲良くな。


……

…………

………………


 こうして俺の初ダンジョン踏破の探索は終わった。


 ダンジョン入口で待っていたヴァルキュリャ隊の前にドバーン! と出現したら、いっぱい褒められて嬉しかったなぁと思いました。


――

星の勾玉:今回のレアアイテム。Sランクの瞬間移動を発揮する。上位ランクは下位ランクの術式を支配できる。使用頻度は所有者の才能・実力に寄る。

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