第十四話
ドラゴンの爆炎に焼かれながら。
穴を落ちて、落ちて、落ちた先。
どちゃり
とイマイチ締まらない着地で俺は最下層にたどり着いた。
鼻面から着地するのはあんまりいい気分ではない。
良くないな。ドラゴンと正面から向き合うのはもう絶対にやらない。
全身に第三度のやけどを負っている。回復途中に激痛で歯が砕け、泥を一緒に吐き出す。
「ぺっ、ぺっ、はぁー……死ぬかと思った。いや死んだ」
そこは不思議な空間だった。
地下の最奥。感覚では狭いようで、しかし視線のとっかかりがない。どこまでも広がっていく星空のような空間だった。
セシリアと一緒に『瞬間移動』したときの視界に似ている。
それよりもはるかに輝きの強い星空だった。
「わァ。おそら、きれい」
地下深くだというのに光量が多い。思わずその景色に見とれていると――
「騒がしい。何者か」
「ん?」
「お前は……! 何度もここに出入りしている無礼者ではないか。ついにここまで踏み入りおって」
「お? お? なんか声聞こえるゼ」
女性の声。
それもなんだか威厳たっぷりの。
どっちから聞こえてくるのがよく感覚がつかめなかったが、きょろきょろと見回すと一人の天女がそこにいた。
天女と表現したのは黄金に輝く羽衣や身なり、だけが理由ではない。
堂々とした振る舞いや厳かな声。それに超然的な存在感が、彼女をただの人間とは思わせなかった。
あと浮いてる。人は浮かない。
でも挨拶は大事と習っているので、まずは自己紹介から。
「こんにちは」
「……何者かと聞いている」
「あのー、失礼しました。あのー、わたくし九条採掘株式会社の扶桑と申しまして。このダンジョンの保守を担当しております。こちら名刺でございます……あれ燃えちゃった……。えっと、転送、いわゆる『瞬間移動』に関することでお尋ねしたいのですが、えー、担当のかたいらっしゃいますか?」
「いない」
いないかぁ。
あっさりと質問を切って捨てられてしまった。
だいたいなんだこいつ。なんでこんなダンジョンの奥にいるの? 遭難者かな?
「ええっと、失礼ですがお名前を聞いてもよろしいですか?」
「……ふん。この国の信仰も地に落ちたものだ。下々が主神の名すら忘れるとは。この威光にひれ伏しすらしない。嘆かわしい」
「え? 主神?」
「私は、イザナミノミコト。古くにはこの大八島の国を産み落としたものである」
「へぇー、偉いんだ。大八島ってなに?」
「日本」
イザナミとやらは仰々しく両手を掲げた。ひれ伏せ、と全身で伝えてくる。
国を産み落とした? 日本を全部……ってコト!?
これがセシリアの言っていた国造りの神格というやつだろうか。ってことは神様? あー、じゃあ日本作ったのは卑弥呼じゃなかったんだ、やっぱり。
「っかしいなー。学校で習ったことと違う。でもお姉さん偉いんですね」
「ふふん、当然だ。当然偉い」
自分の威光がようやく伝わったからか。イザナミとやらは自慢げだった。
ムフーっと腕を組んで顎を上げた。
若いな。日本を作ったなら、もうシワシワのおばあさんじゃないのかな。むしろ年下に見える。
「ものすごく偉いのだぞ。日本出身の者は全員、我が子孫である」
「へぇー? 子孫」
「ウム」
「じゃあ、ひぃひぃひぃ~~~おばあちゃんじゃん。おばあちゃん、魔術ください。ぴょーんって空間を移動できるやつ。知ってる?」
「?! おばあちゃんではない。神祖だ」
「神祖って何?」
「神としてたてまつる、偉大な祖先のことである」
「ははぁ。…………じゃあ、おばあちゃんなのでは?」
「こんな馬鹿が、我が子孫だと?! 終わりだ! この国の神道信仰は終わり! 術なんて渡すものか!」
ダンダン! と悔しそうに神祖さんは地団駄踏んだ。
そしてこちらを睨みつけ、あらためて魔術を渡すのを拒否してきた。
それにしても若く見えるのに、何年生きてんだこいつ。
「だいたい貴様は、あの忌々しいイザナギと同類であろう。奴の権能を感じる」
「あ、俺の権能の人とお知り合い? 俺それもよく知らねンですよね」
「イザナギノミコト。……かつての我が夫だ」
「げ。夫婦喧嘩ってやつ? 上の世代の痴情のもつれとか聞きたくねぇ~」
「痴情のもつれではない! て、て、天地開闢、森羅万象創造の話をなんと心得る!」
またしても神祖さんは地面を踏み、そして這いつくばって手でも叩いた。
さらにゴロゴロと地面を転がり始める。
こいつ登場時はドヤ顔で浮いてたのに、結構地べたに張り付くな……。
Sランクダンジョンの最奥にいるし、国の生い立ちにかかわったんだから相当の神格なんだろうけど。
ま、高齢者の昔話や愚痴に付き合うのも若いのの役目だ。聞いてやろう。
自称・超偉い女神様とやらは、そこから延々と昔話を始めた。主に旦那の悪口であった。
――
イザナミ:イザナギの妻。古事記や日本書紀では対の神格で登場する。日本列島を生み出した最高クラスの神格。だが、歴史書にその気性の詳細は記載されていない。黄泉平坂でブチ切れながら軍勢を率い、イザナギを追撃したところから、気性は推察するしかない。黄泉の国を支配する神格であり、生と死の狭間を司る。不老不死で神代から現代まで生き続けている。