第十三話
ガキン!
と、岩肌にナイフを突き立てる。
視界確保のための照明魔法を使い、ぼんやりと青白く照らしたダンジョンの通路。
その壁に這っていた蛇の頭を、ナイフで切り落とした。
残った首から尻尾までを携帯用の『魔力バーナー』で炙っていく。
「チッ、持ち込む食料が少なすぎたな」
皮と鱗は剥がし、肉を焼く。
もう何回か試しているが、こうやって火を通すと蛇は食える。食えるし美味い。油と旨味が多い鶏肉みたいな感じだ。鶏白湯鍋に合いそう。
これで体力・魔力の供給が出来る。
『生還の権能』は餓死も防ぐ。が、空腹すぎるとパフォーマンスはガタ落ちする。
今回のダンジョン探索には速度も求められる。効率的に進むには現地調達で腹を満たさなければ。毒やウィルス、寄生虫などは『生還』で防ぐ。ウルトラ強行軍のサバイバルだ。
「えーっと、採取瓶、採取瓶……」
セシリアたちにはかなりの量の装備を分けてもらった。
・サバイバルナイフ:先ほど蛇の頭を落としたやつ。
・魔力バーナー:蛇を炙るのに使った。これはライターやコンロ感覚でも使えるし、強めに魔力を回せばジェダイのライトセーバーっぽく武器にも使える。
・魔法杖:北欧ルーンが刻まれているのを複数。これの一番安いの一本で俺の年収くらいする。ビビるからそんなん大量に渡すな。
加えて俺が普段潜るときの装備。
これはいつもかなり身軽だ。どうせ失くすからね。
・釣り具屋で売っているテグス。
・針金。
・小さなスプーン。
・裁縫針数本。
・カメラ用のフィルムケース。
このあたりは軽い。使い道が多い。ポーチ一つに十分入る。そして安い。だから重宝している。
その内フィルムケースに、落とした蛇の頭を噛ませ、頭部の膨らんでいる部分を押した。ここは毒腺と言って、噛んだ後に流し込む毒が貯めこまれている。
(骨が見えるまで指が溶けた。かなり強い毒だ。装備に追加しておこう。あとちょう痛ぇ)
最後の数滴はナイフに垂らしておいた。
食料も、装備も現地調達を繰り返す。
食えるものは出来るだけ食う。例えばあの地雷植物なんかも食える。炸裂の瞬間に中心部を素早くもぎ取ると、甘くて高カロリーな食料になる。美味い。
「それにしても……フッ!」
俺は曲がり角で飛びかかって来たクズリ(大きいイタチのようなやつで、バカみたいに獰猛)の上アゴにナイフを叩き込みながら、確信していた。
逆手持ちのままナイフを引き抜き、刃先を確認する。
刃こぼれ一つない。魔力による強化が完璧な証。
「『生還の権能』……。本来の使い方はこれか。明らかに、地上よりも今の俺の方が強い」
蛇毒が回って動かなくなったクズリ。
しかし、その突進の鋭さはCランクダンジョンのボスくらいはあった。それをたやすく躱して一撃で撃破、か。
生還する権能。
生還するために、危地になればなるほど、深く潜れば潜るほど力が湧いてくる。
「今までの俺は出口を探すのに必死だった」
だが標高が下がれば下がるほど、全身に魔力が充溢していく。本来は最奥を目指すのに向く力だった。使い方を間違えていたわけだ。
より危険に身を投じれば、より強くなれる。
そういう権能だと確信する。
「よぉ、それを今から試そうと思うんだ。付き合ってくれよォ~~」
「……ゴォ?」
曲がり角で出合い頭に、大鬼と遭遇。
同じ個体だ。
指が一本切り落とされている。セシリアを攫おうとしたのと、同じ個体。
向こうも俺のことを覚えているのか、警戒して距離を取っている。その大鬼。
見つけた。
見つけたぜ。
できるだけモンスターとの遭遇は避けていたが、お前とは会いたかった。
「なんつぅかさァ。マジで惚れてんだよな~。いや、セシリアさんが美人ってのはあるけど。それだけじゃねンだわ」
「……」
「強くてカッコいいし。隊員を全員連れて帰るところが仲間想いって言うかァ……俺には優しくないけど。店員さんにも優しんよナァ……俺には優しくないけど。あれ、なんか話してて悲しくなってきた」
「ゴゥゥルルル……」
「その人をぶん殴って攫おうとしただろ、お前。いや分かるぜ、確かにお前らのねぐらだよココは」
「ゴォ、ァアアアア――――――――!」
「でも死ね」
咆哮で鼓膜が破裂したが、瞬時に修復した。
戦闘開始。
だが、前回戦った時よりも随分弱く見える。
急激に時間が引き延ばされた視界、その端に大鬼の棍棒が振り下ろされた。直感。すでに躱しきっていた一撃の上に飛び乗り、そのまま奴の腕を駆け上がる。
横合いから繰り出される拳を、側転の要領でさらに躱す。
連続回避でタイミングを崩し切った大鬼の、むき出しのうなじに向け、
「『死と戦争の権能』」
セシリアに貰った剣で一閃。
以前セシリアに渡された剣を――彼女としては粗末な使い捨ての剣らしいが――俺は後生大事に抱えて、今回も持ってきていた。
切り裂いた傷口から瞬間的に『死』の魔力が流れ込む。
ビクリと神経締めされたように痙攣し、一撃で大鬼は倒れ込んだ。
「やばい。俺が強すぎる」
体が軽い。
こんな気持ちでダンジョン潜るのなんて初めて。
もう何も怖くな――
ゴシャ!
「げぺ」
曲がり角から歩みを進めた先。少し開けた空間で意識が飛んだ。
視界が一瞬で暗転。
治りかけた片目で自覚したのは、元の十分の一くらいの厚さになった俺の半身。
そして不機嫌そうに鼻息を鳴らし、熱風を吐いている炎竜。巨大な瞳がこちらを捉えている。
竜種か。ヤバイぜ。
ゴシャシャ!
さらにもう一撃。別の方向から。
(おいおい、なんてこった)
ここはドラゴンの巣だ。
Aランクダンジョンのボスのなかでも、最も強力な種類。それが一匹どころか四匹。
ドラゴンの尻尾ビターン攻撃は、本人たちにとってみれば羽虫をはたいた様なもの。ただ、屋久杉くらいある太い尻尾の一撃は人間にはキャパオーバーだ。
マジ全然余裕で無理。
ダンジョン攻略楽勝とか言ってすみませんでした。
どうやら、俺の凡才ではBランクくらいがせいぜい。セシリアたちや竜など本当の実力者(Aランク相当)には勝ち目がないらしい……。
「う、ぐ、ぐ……タンマ、まじでいったんタンマ――がほっ」
ゴシャ!
ゴシャ!
体の厚さが十センチのまま戻らなくなってきた。回復が追い付かないよ。
起き攻めをされて少しずつしか動けない。
まずい。
肉体の再生速度よりも、ダメージの方が大きい。しかも相手は火を吐く竜だ。もし竜の息で炭化しきったらいよいよ動けなくなるぞ。
俺は片手の再生を優先して、なんとか這って進む。
(逃げ道……! 『生還の権能』なら、安全な出口とかが分かるはずなのに……!)
おかしい。
さっきまでは出口と思われる方向を背にしてきた。だが今の感覚では出口の方向が分からない。急に見当がつかなくなった。
(いや待てよ)
そうか。
出口がないんじゃない。
どっちに行っても同じくらい出口だ。
そう閃いた。
この竜の巣。四方どっちに行っても出口の方向なのだ。消去法、このダンジョンの最奥方向は一つ。
下。
ガチン!
竜の火打ち石が大きく鳴る。
それと同時に俺は、再生した右拳で思いっきり地面を殴りつけた。
思った通り。
目的地は真下だ。
薄かった岩盤が砕け、さらに炎竜のブレスで溶けて地面が抜けた。
そのまま爆炎でウェルダンされながら、岩と熱気に押し流されるように俺は落下していった。
――
『生還の権能』の戦闘能力:
・瞬間的、無制限の損傷回復。
・危険な方向と、避難先の直感的な把握。
・危地(=標高、敵前、極限環境など)に応じた肉体強化。五感強化。観察力強化。
・耐熱、耐寒、耐飢餓、耐毒・ウイルス、耐低酸素・真空、耐圧、耐放射線など。