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第十二話

 なんとか間に合った。


 あと一分遅れたら、セシリアたちは再度ダンジョンに突入。帰ってこなかっただろう。


 そのダンジョンの入り口で、俺は彼女を呼び止めた。


「待ってください、セシリアさん。それ以上は危険です。戻って来られませんよ」

「……扶桑、景一郎。やはり来たのですね」

「そりゃ来ますよ」


 前回一緒に潜ったときとは違う。あのときはアッシュグレーのビジネススーツ、つまり普通の服装だった。


 それとは違う、セシリアたちの全力全開のフル装備。


 ガチガチの戦闘装備だ。


 世界でもスカンジナビア半島にある少数のダンジョンでしか採れない、ミスリル製の重装鎧。まさに戦乙女の名にふさわしい壮麗な装いだ。それを着こんだ部隊の面々は、すでに何匹かの大鬼(オーガ)と戦闘を行ったらしい。


 大鬼の首が大量に、彼女たちの足元に転がる。


 胴体の方は、セシリアが放った『死と戦争の』槍が串刺しにしている。無数の黒槍があたり一面に突き刺さり、それはつまりセシリアの凄まじい戦闘力を示していた。


 こいつ、一人で空母打撃群とかぶっ潰せるらしいからな。油断しなけりゃ誇張無しに世界最強の魔法使いだ。


「おっ。すっげ、勝っちゃってるじゃないですか。セシリアさんつえ~~」

「フン、当然です」


 ガチャン


 と自慢げに鎧兜を外して、髪を払うセシリア。


 だが、その態度は虚勢であることはすぐに察しがついた。


 らしくない。


 憔悴が見られる。プラチナ色の長髪は、汗ばんだ頬に張り付いている。拭う余裕がないのだ。


 部隊のメンバーの表情は暗く、すでに複数の面子が軽くない怪我を負っている。汗と血が彼女たちの美貌をくすませていた。連日連夜の継戦は流石と言える。一晩中戦ったのだろう。それなのに、()()()()()()()()()()()


 俺は力なく座り込んでいるヴァルキュリャ隊の副隊長を抱え、負った傷を治療してあげた。


「安心しました。欠員は、居ないようですね」

「……ええ。前回の反省を活かし、退路を確保しつつ攻略中です」


 かぁー! 不法侵入ですよ、不法侵入!


 我が社のダンジョン・セキュリティはガッツリ突破されてしまったらしい。


 ただ、セシリアたちにとっても緊急事態の禁じ手なのか。数人の隊員が、セキュリティ解除を済ませて疲労困憊のまま、へたり込んでいる。


 他の隊員も無傷のものは居ない。


「前回よりも更にモンスターが手ごわい。まるで持ち主である貴方以外を、拒絶しているようです。が少しずつ前進を――」

「無理ですよ。その方法だと」

「む……」

「セシリアさんも分かっているでしょ。一晩かけて一メートルも進んでいない。ザコ敵の数も質も高すぎる。退路を確保しながらだと無理」

「何が言いたいのです」

「俺が行きます。お嬢さんたちは下がって待っとけ、って言いたいんす」


 前回のようにガンガン進むと全滅。


 今みたいに慎重に進んでも、入り口止まり。


 となると、耐久力ゴリ押しで退路を気にせず、俺一人ぶっ込むしかない。退路がないと帰り道どうすんのって話はあるけど、考えがありまぁす!


「『瞬間移動』なんでしょ、狙っている魔術」

「……ええ。庶民にも知られているようね」

「ゲットしちゃえば帰り道はひとっ飛びってことですよ~。ピース」


 完璧な計算であった。ノーベル賞だろ。


「チッ」


 返って来たのは舌打ちだった。


「はぁ――……能天気」

「え」

「貴方の実力で道中どうやって攻略するつもり?」

「えっとぉ。逃げ回るぅ、ですかね」

「例の『生還の権能』で回復は出来るでしょう。でも大鬼に捕らえられて、無限に湧き出る食用肉にでもされたらどうするのですか?」

「あっ、そっかぁ」


 困るじゃん。


 捕まらないように気を付けないとな。


「まぁー、いい感じに気を付けますよ。作戦会議ヨシ!」 

「なぜ?」

「ん?」

「なぜ、そこまで助ける。我々は利己的な理由で、貴方を騙した。資源も盗もうとしています」


 怪訝そうにセシリアが眉をひそめた。


 先ほどまでの、ややビジネスライクで打算的な会話とは違う。本気で「意味わからん」とセシリアは首をかしげた。


 くっそ~。やっぱり微塵も伝わっていないか。


 惚れてるんだよ。超美人で、胸がバカみたいにデカくて、いい香りの子が何時間もそばにいると、生涯独身予定の弱者男性は耐えられねぇの。


 しかも君、職場とか食事の席とかでメチャ距離近いだろ。近づかれる度にこっちは半分意識飛ばしているからな。


 まぁ、ガチ惚れしてるってのはあるけど。それ以上に、


「初めてだったんですよね。仕事で必要とされたのって」

「は? そんなことが理由?」

「えぇ」


 本心をぶっちゃけると。


 あの時。


 セシリアが大鬼に連れ去られそうになった時。すがるような目線で「力を貸してくれ」と言われた。


 あの時セシリアに渡されて、握った剣の感覚は今も手に残っている。


 あれが初めてだった。


 仕事上で。小中高の青春時代も。人生でどこを見返しても。誰かに必要とされたのは初めてだったのだ。


 誰にも名前を覚えられず。


 毎日毎日、ほら穴を走り回って、貰えるのは上司からの罵声と同僚からの嘲笑。代わりなんていくらでもいる。


 そんな日常で、セシリアに必要とされることは鮮烈すぎた。


 気力が充実していくのが自覚できる。Sランクダンジョン? とかいうやつ? が上等コイてるらしいから、ちょっと行ってぶっとばせるくらいに。


「力を貸せ、と命じてください。セシリアさん。必ず期待に応えてみせます」

「いいでしょう。……そ、その、ただし」

「ん?」

「必ず戻ってくること。無理はせずに。生還を最優先としなさい、扶桑景一郎」

「そりゃそうでしょ。戻ってこないと最奥にあるウルトラアイテム? みたいの渡せないじゃん」

「……そういう意味ではないのですが。まぁ、帰ってきたら言いたいことは沢山あります」


 アイテムゲットして戻ってこれたら、またディナーに誘えるだろうか。


 いい感じにアピールできたと思うのだが、セシリアは頭を抱えて辛そうだった。


――

ミスリル:鋼より頑丈で、絹より軽い金属。強力な対魔法防御力を持つ。一定以下のランクのダンジョン・モンスターは寄せ付けない。北欧の一部地方でしか採掘できず、厳重な輸出管理をされている。ヴァルキュリャ隊の第一種戦闘装備の素材。一着でロッキード・マーティン社製F-35が数台買えるくらい高い。

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