第十一話
生まれて初めて会社を早退した。
朝に出勤し、セシリアが来ていないのを確認して上司に体調不良を訴えた。
仮病である。
サボリーマンである。
そのまま社用車を無断で拝借し、自分が担当するダンジョンへと走らせる。
(社用車借りパクは、流石にヤバイかな……)
でも俺、自分の車持ってないンだわ。大丈夫。ちゃんと返す。
『このアメリカ政府の声明は憶測を呼んでいます。これについて、本日は早稲田大学・基礎魔術研究科の加藤教授をお招きしております。加藤さん、早速ですが――』
「おっと」
今朝セシリアが職場に来ていない理由。
そしてそもそも、彼女たちが日本に来た理由。
それが一般の放送にも流れている。ちょうどその内容のテレビ番組が聞こえてくる。
俺はカーオーディオの音量を上げた。チャンネルを変える必要はなかった。どの局もこの国際的トップニュースを流している。
『つまり、瞬間移動の技術はいままで、ウクセンシェーナ・グループが独占的に保有していたんですね』
『なるほどぉ、独占的に』
『このノウハウは秘匿性が非常に高い。アメリカも、真似したくてもできなかったんです。しかも有用です。大発見・大発明ですよ。瞬間移動ですからね、物流は当然お手の物』
『支配できるわけですね』
『そうです。貿易やロジスティックス。そういう人類社会の根幹を、ウクセンシェーナ・グループが一手に引き受けています』
そうか。
そりゃあ、超大国アメリカが許すわけないよな。
国際社会において貿易=役割分担は不可欠だ。何でも自国で作ろうとすると手間も投資もかかりすぎる。ゲームのスキルツリーで満遍なく振ると弱い。他の国に全分野で負ける。ってイメージ。だから貿易は避けては通れない。グローバリゼーションってやつだな。
その貿易を独占するのがウクセンシェーナ・グループ。
アメリカは虎視眈々とゲームチェンジを狙っていたのだろう。
それにしても昨晩から一気に情勢が変わっているようだ。それもセシリアにとってかなり不利に。
『ウクセンシェーナ・グループが保有している瞬間移動技術はAランクに相当しますが、これをアメリカの企業が解析に成功したのです』
『解析、ですか』
『ジャミングしたり、逆に模倣できるようになったわけです。分かりやすく言うと、独占状態ではなくなったのです。事業には大打撃です』
『ははぁ。ここで株価も見ておきましょう――』
補足情報として、聞き手のキャスターがウクセンシェーナ・グループの関連株価を列挙した。軒並み値下がりで、代わりにアメリカ企業の方は大きく値上がり。市場の反応は早く、それに正直なようだ。
ハンドルを握る手に力がこもる。
マズいな。
このままだとウクセンシェーナが抑えている海運、空輸、ロジスティックス関連がもろもろ全部ひっくり返る。財閥そのものがぶち壊れるだろう。
と、一人で緊迫している俺とは対照的に、テレビ番組のキャスターたちは呑気なものだ。対岸の火事だから当然か。
『そうなると、教授。我々日本人の生活にはどういう影響があるでしょうか』
『困ることはあまり無いでしょうね。瞬間移動技術が公開された以上、便利にはなります。これを再度スウェーデンが独占するためには、Sランクの同系統技術が必要です』
『Sランクですか』
「! S……ランク。Aランク権能者のセシリアが、敗走せざるを得なかった……」
つじつまは合う。
世界最強の部隊、ヴァルキュリャ隊がわざわざ極東に遠征した理由。
自分たちが独占している技術を、より完全なものにする、か。
『Sランクは理論上のダンジョン難易度なので、現実にはありえませんねぇ。少なくとも今まで一つも見つかっていません。仮に見つけられたら、それこそ何百兆円もの価値ある話です』
『なるほど、夢がありますねぇ。先生、日本にSランクのダンジョンが発生する可能性はあるのでしょうか』
『日本に、ですか。うーん』
『化石燃料などの資源は少ないですが、ダンジョン・魔法に関する資源は我が国非常に豊富ですよね』
『そうですねぇ……』
魔術科の教授先生とやらが少し悩んで見せた。
そして、「学問に関わる者としてありえないと言いたい」が「視聴率が良くなるために軽くテレビ局に協力してやろう」という無責任さをにじませて、希望的観測を述べた。
『まぁ、いわゆる日本神話最古の神格まで遡れば、候補は挙がるでしょうね』
『ははぁ』
『それこそアマテラスとか、イザナギノミコトとか、イザナミとかの神格を持つダンジョンを踏破出来れば、もしかしたら。ですがそんなSランクダンジョンがあったとしても、あまりにも難易度が高すぎますよ。AランクBランクのボスに相当する化け物がウヨウヨいるでしょう。まさに日本神話の通り、化け物が蠢く黄泉比良坂のように――』
教授の口ぶりはまるで徳川埋蔵金の与太話をしているかのようだ。本気で信じないでくださいね、とトーンで語っている。
キャスターや他のゲストも心得ているのか、おおげさにリアクションして盛り上がってみせた。
ただ、俺にはそのダンジョンがどこにあるのか、既にわかっていた。
異常なほどに高難易度。セシリアたちAランクの実力者が束になっても苦戦する場所。
瞬間移動の技術があると予想されているが、その最奥は誰も踏み入れたことがない。
『いずれにしても、人間が生きて還って来れるはずがありませんね。絶対に』
大学の教授先生が、自分の研究成果を述べて締めくくった。
生きて還って来れない、か。
「試してみるかぁ~~、学者先生よォ~~」
それだけは自信がある。
問題は時間だ。いつもは何時間もかけて逃げ回るだけ。だが今回は制限時間がある。
セシリアたちの財閥が崩壊する前に、ダンジョンの最奥まで辿りつく。
俺がやるしかないか。
――
アメリカとスウェーデンの外交関係:近い人種・民主的価値観を持ち表面上は友好的な両国。NATOを介して軍事面での弾薬・装備共通化もしている。だが、潜在的な溝は深い。
スウェーデンは、
(1)先進魔術・権能者数を背景に北欧諸国の盟主として外交的影響力が大きいこと
(2)キリスト教と異なる宗教観の北欧神話が広まっていること
(3)瞬間移動技術を応用した転送ミサイル攻撃を持ち、アメリカの空母打撃群はこれに有効的な対応策を持てないこと
などが理由である。つまり外交、宗教、軍事力で両国はライバル関係にある。