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第十話

 セシリアとディナーを済ませて、別れての帰路。


 バス代を節約して帰った先は、相変わらずのボロアパート『ことぶき荘』である。


(やれやれ、ひどい落差だ)


 築三十年を超える下宿先は、極力家賃を削るためのやむを得ない選択肢。水回りや床、雨漏りは補修が欠かせない。


 ただ、安月給を思えば「分相応だ」という自覚はある。


 夢から一歩一歩覚めるように、手すりが錆付いた外階段を上る。


「あら、扶桑さん。今日も遅いですねぇ」

「こんばんは、大家さん」


 救いがあると言えば隣人関係は良い。


 還暦を迎えても元気にアパートの管理人をしている大家のおばさんが、今日も声をかけてくれた。


「今日もお仕事ですか」

「会社の飲み会です。接待みたいなものです」

「まぁ、大変ね。お疲れ様」

「いえいえ。おやすみなさい」

「はい、おやすみ」


 軽く手を振って応え、自宅に入る。


 早めに切り上げないと大家さんは人が良いから、なんか煮物とか茶請けとかドンドン差し入れてくる。申し訳ないので断るのに毎回苦労している。


 ガチャリ


 と、玄関を閉め、ようやく一息ついた。バス停が十数駅分なら流石に乗ったほうがよかったかな。


「はぁー……、ただいまー……」

「ナ゛ァ――ァゴ」


 そうそう。隣人関係は良いし、同居人との関係もまぁ悪くないぜ。


「コタツ、帰ったぞ~う。飯食いたいか~」

「ごるるふうう」


 もうちょい可愛げある鳴き声は出せんものかとも思うが。


 相変わらず不愛想に黒猫の『コタツ』が迎えてくれた。


 我が家の同居人にして、俺の唯一の友人だ。得意なことは賃貸部屋での爪とぎ。やめてくれ。


 怪我しているところを野良で拾ったときは、ガリガリで心配したもんだが。贅肉とふてぶてしさを毎日積み増している。


「ぐぉお゛る゛る゛る゛る゛」

「はいはい」

「ウ゛ウ゛」


 鳴くのはサボってうなるだけ。


 コタツが見ている側で「からから」と彼の飯を盛る。


「こんなもんでいいか?」


 と、皿にある程度キャットフードを注ぐと「じっ……」と見つめてくるので、もうちょっと増やして大盛にしてやった。一つ頷いて食べ始めた。満足そうだ。


 愛らしさゼロの居候に晩飯を食わせ、一緒に風呂に入り、推しVtuberの配信を見て、眠りについた。


 セシリアとの食事は楽しかったが、地球一の美女との食事は緊張した。興奮してよく寝付けなかった。


……

…………

………………


「景一郎よ」

「ふんごっ、うぇ?」


 不思議な目覚めだった。(――正確には目覚めではなかった)


 あたりを見回しても自分の部屋ではない。


 というか見渡す限り、薄ボンヤリとした紺色の夜空だけが広がっている。


 なんとなく夢だと直感した。


「景一郎よ。聞きたまえ」

「ん? ……コタツ?」


 仰向けから体を起こすと、腹の上に愛猫が乗っているのに気付いた。


 そしてもっと重要なことにも気付いた。


「え。お前、喋れたの?」

「喋れるとも。普段はおっくうなだけさ」

「……あ、夢だから喋れるのかな?」

「どうかな」


 奇妙な感覚だ。


 下手な腹話術を見せられているみたいだ。


 コタツの声色がこんなにダンディだなんて。まぁ夢なんだけど。


「君が本当に喋れるなら良かったのになぁ」

「その方が良いのかね」

「ああ。君って気まぐれだし、何考えているか分からんし」

「ふーむ。これでも感謝しているつもりなのだが。伝わっていなかったか。時々は喋るようにしよう」


 いや、それは絶対伝わらんでしょ。


 お前いっつも飯食っては、俺の手とかふくらはぎを引っ掻くし。


「これでも感謝しているとも。車に轢かれた私を、手当てして拾ってくれた景一郎はいい主人さ」

「そっか」


 実はこのコタツ、穏便な感じでウチに来たわけではない。


 野良で自由気ままに暮らしていた黒猫だったが、とある日に酷い交通事故に遭った。


 手遅れにも思えた重体は、『生還の権能』の力を借りて回復。以来、懐いてウチに住み着いたという馴れ初めだ。『生還の権能』が他者の治癒にも使える、というのはここで気付いた。


「ううむ、ごろろぉん」

「どうした」

「うむ。ここが居心地良い」


 俺があぐらをかいて座っているところに、丸まって収まったコタツ。猫は狭い所が好き。


 これは「グルーミング(けづくろい)せよ」という意味だ。一緒に暮らしているので喋らなくても分かる。


 好みの撫でポイントである顎の下。しばらくそこを撫でてやっているとコタツはウトウトしていたが(――夢の中でも寝る気か?)、「はっ」と我に返った。


「景一郎よ、大事な話の途中だ。撫でるのは顎以外にしたまえ」

「じゃあ撫でるのは止めよう」

「背中にしたまえ」

「分かった」


 一息つくと、コタツはやはり渋く野太い声で喋り始めた。


「景一郎よ、君に運命が迫っている」

「……運命?」

「そうだ。私の持つ『春眠の権能』が告げている」

「! お前、権能も持ってたのか? 変な猫だなぁ」

「戦闘力はほとんどない。出来ることはこうやって、()()を君に伝えることだけだ」


 そう言ってコタツは、何もない空間にぼんやりとした窓を開いた。


 窓の先には知っている顔。


 セシリア・ウクセンシェーナ。


 俺に比べて家柄でも、権力でも、財力でも、一生物としても、圧倒的に格上で。だからこの惹かれる気持ちは、失恋に終わるだろう相手。


 そんな彼女の顔が緊迫感に満ちている。


 命からがら抜け出したあのダンジョンへ向かう道だ。背後にはヴァルキュリャ隊の面々もいた。


 なぜだ。


 もう一度潜る気なのか。


 セシリアたちを映す窓枠はおどろおどろしく黒炎に歪み、焼け落ちた。不吉な暗示だ。


「これは夢、なんだよな……?」

「さあね。大した権能ではない。君たち人間が分類するところの、Eランク権能ってところだろう」

「でもコタツ、さっき正夢って言ったよな」

「私に分かることは少ない。だが、この後に起きる景一郎に、助言を残すことはできる」

「え」

「君は起きたらテレビのリモコンを手に取る。いつもは遅刻ギリギリだとテレビを付けないだろうから、少しだけ早く起こしてあげよう」


 意識が遠のく。


 夢から目覚めかけているという自覚があった。


「安心したまえ。私を救ってくれた時のように、また君は上手くやるだろうさ、景一郎よ」


……

…………

………………


 不思議な目覚めだった。


 なんか飼い猫のコタツと話したような、そんな変な夢を見たような……。


 ()()()()()()()


「ふぁぁ……。今日も仕事いきたくねぇ~~なぁ~~」


 ぼーっとした頭でテレビの電源を付ける。


 いつもは今日の天気予報とかやっている時間帯だ。が、様子がおかしい。


 穏やかな朝のニュースのはずが、普段よりも緊迫感のあるトーンでアナウンサーが原稿を読み上げている。


「――アメリカ政府が『瞬間移動』の新技術について、異例の声明を発表しました。ワシントンと中継が繋がっています」


「えー、こちら首都ワシントンからお伝えします。えー、アメリカ政府は本日、『瞬間移動』技術の一部解析に成功したと発表――」


「報道官はコメントとして、『特定の国々が独占してきた物流技術を、自由な市場へと解放する』と述べました。これは明らかにスウェーデンや周辺の北欧連合を念頭に置いたもので――」


「これにより、世界の物流に大きな影響を持つ、スウェーデンのウクセンシェーナ・グループへの打撃は必至の情勢です」


「ウクセンシェーナ・グループの関連会社は軒並み株価を大きく下げ――」


 眠たいまぶたが一瞬で大きく上がる。緊迫で瞳孔も開いていくのが自覚出来た。


 セシリアの危機だ、と直感した。


 普段は「ぐうたら」とこなす朝の支度を三十秒で済ませる。


 玄関を蹴破るように開けたところで、後ろから声が聞こえた。


「君は上手くやるだろうさ――……」


 と聞こえたような気もするし。


「う゛ごろろろぉ゛ん゛」


 と唸っただけのようにも聞こえた。


――

コタツ:『春眠の権能』の持ち主。Eランク権能者。以前、車にはねられ瀕死のところを扶桑景一郎に拾われる。『生還の権能』の加護で重傷の手当を受け、以来、彼の下宿先で惰眠をむさぼる日々。『生還の権能』の影響で化け猫じみた魔力も備えるし、喋ろうと思えば喋れる。飼い主にはそれなりに感謝している。権能は公園の砂場を掘っていたら拾った。時々予言めいた夢を見させる。的中率は三割。

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