第一話
「初めましテ。セシリア・ウクセンシェーナと申しマス」
たどたどしい日本語での自己紹介だった。
挨拶を終えた新人に拍手が起きる。特に男性社員はひとり残らず熱心に手を叩いた。
お恥ずかしいが、俺―― 扶桑景一郎も手が痛くなるくらい叩いた。
セシリア・ウクセンシェーナ。
北欧出身。雪化粧を思わせるほど白い肌。白金細工の冠を連想させる銀髪。
鼻筋が高く、灰色の瞳は鋭い。濃いめのまつ毛も相まって威圧的な印象を受けそうだが、可愛らしく微笑んだロ元がそれを打ち消す。
どこから見ても非の打ち所のない美女。いや、年齢的には美少女というべきか。
「あれで二十歳いっていないんだと」
「まじ? 博士号持ってるって聞いたけど」
「飛び級ってやつだろ」
「すげぇ~……」
周りの男性社員がひそひそと、好意的に噂した。
「背、高ぁい……」
「すご、モデルさんみたい」
「スタイルきれー……」
「うわ、脚長すぎ」
女性社員も若干の嫉妬混じりに褒め称えた。
本日は十月一日。会計上は下期が始まるタイミング。
新卒や中途採用が紹介されることはいつものことだが、前代未聞の新顔に事務所は湧いた。
「スウェーデンのウクセンシェーナ・グループから出向して来ましタ」
ウクセンシェーナ・グループといえば欧州最大の複合企業群だ。
金融から建築、流通、軍需などなどなんでも手掛けている。あそこのクレカ、俺も使っているぞ。全世界どこでも使えるやつだ。
どうやら我社との業務提携をするための、人材交流ということらしい。
……ん? あれ、苗字とグループ名が同じ……? もしかして相当上層部の人間だろうか。
しかし、セシリアに上流階級特有の嫌味はなかった。
「趣味は海外の文化学ぶコト。日本の文化、とても大好きデス。茶道、和菓子、神社、アニメ、教えて下さイね」
セシリアが可愛らしく「教えて」と首をかしげる。
ごく短い自己紹介。その短時間で、男性陣のハートはことごとく撃ち抜かれた。
やれやれ、だらしない奴らだ。ちなみに俺は、
(ちょうかわいい。アニメ好きか。DVD貸してあげよう)
と決意していた。
つたないイントネーションのセシリアのあとを引き継いで、うちの常務が紹介を続ける。
「ウクセンシェーナさんはお若いですが、ダンジョン攻略のエキスパートです」
ダンジョン攻略。
数十年前にはフィクション用語だったこの言葉も、今じゃすっかり馴染み深い。
突如発生した多数のダンジョンに、人類は一時大混乱した。が、我々人類はしたたかなことに、ダンジョンを商売と繁栄に利用することを選んだ。
地下深くには、今までなかった資源が山ほど埋まっている。
石油に代わる高効率燃料。既存のレアアースと桁違いの磁性の鉱物。そして何より『魔力を帯びたアイテム』。
いまや魔法やマジックアイテムは人類の生活と切り離せない存在だ。
俺の仕事もダンジョン採掘である。
「北欧は魔術・神話体系が多神教で、我が日本国のダンジョンと相性が良い」
「ハイ、日本のダンジョン。とても興味がありマス!」
「攻略の際はノウハウを共有できるでしょう。お互い切磋琢磨するように」
と、上司が言う。
学がないので難しいことは知らんのだが。ダンジョンの資源はその土地の文化に根ざすらしい。
日本では和風の採掘資源が得られる傾向にある。スウェーデンは遠い国だけれど、共通点もあるのだろう。
さて、歓迎の挨拶は一段落した。セシリアと一緒に仕事できる社員を羨ましいと思いながら――……
俺は自席に戻る。
(残念だけど、一緒に仕事することはないだろうな……)
なにせ、階級が違う。
身分が違う。
セシリアが出向してきたのは、俺の所属する会社の本社だ。その中でも幹部相当の待遇だろう。
俺の方はといえば、本社所属ではない。彼らに指揮される側だ。危険な現場仕事を担当する子会社。
しかも契約社員である。三年ごとに雇用は更新され、成果が少なければここには居られない。
(羨ましいことだ)
比較するのすらおこがましい。
眩しすぎる光は目に毒だ。声を聞けただけで幸運である。
とぼとぼと自席についたところで、パーティションの向こうから歓声が上がった。
自己紹介の熱は冷めやらず。セシリアの実績について、話題に上がっているらしい。
「すごいな! セシリアさん、もう十個もダンジョン攻略を?!」
「そ、そんナ。大した難度では無かったのデス」
「ダンジョン難度Aランクを単独踏破だぞ?! そんなの聞いたことも無い!」
本社の連中は楽しそうだ。セシリアも褒められて、嬉しそうに照れている。
まさに才色兼備の逸材。愛嬌もある。立場も権限もある。
職場での名目上は十階級、実質はその何倍も格差がある。関わり合いになれるわけない。
のは分かっていても、ついあちらの会話を聞いてしまう。だってめちゃんこかわいい。天使。頼むから握手会とかしてくんねえか。
俺はニジリ…っとパーティションの向こうを覗き込む。
本社連中め。うらやましいぞ。
「じゃあ、日本でのセシリアさんの初ダンジョンはどこが良いかな……」
「コレ、ダンジョンの一覧ですカ?」
「ああ、そうそう。ここが住所で、その隣が有望度・難易度ね。採掘担当者も載っているよ」
「わあ、多いデスね」
「ウクセンシェーナ・グループには負けるけど、我が社の所有数もなかなかのものだろう?」
「スゴーイ!」
本社のメンバーに案内されながらセシリアが壁を見回す。
我が社のフロアの壁は電子化されていて、壁一面のディスプレイに業務情報が並んでいる。
コツ、コツ
とセシリアがダンジョン一覧を眺めながら歩みを進める。
横顔も綺麗だ。鼻から口元にかけてのラインは芸術的ですらある。
こっちに近づいてくる。
「そうだな。手始めにというには難しいかもしれないが、Bランクのこのダンジョンとかどう?」
「ンー……あ、コレ」
「ん?」
男性社員が言葉巧みに自分の担当ダンジョンへ誘導しようとする。
が、セシリアはあまり意に介さず。ディスプレイに表示されている一つのダンジョンに目を向けた。
「あ、あの、セシリアさん。このあたりは有望度でいうとCかD程度の……」
「私、ここが良いデス」
「へ? E……評価最低ランク?」
「担当者は――……扶桑さん」
どきり
と心臓が跳ねた。
セシリアの聖鈴のような声色で、自分の名が呼ばれる。天にも昇る心地だった。
「扶桑景一郎さん。どなたデスか?」
震える手を、恐る恐る挙げる。
美しい灰色の瞳と目があった。
――
ダンジョン探索:半世紀程前から盛んになった産業。当初は冒険者稼業が採掘を請け負ったが、近年は大企業によって効率化された。直接的な採掘事業で世界GDPの三割、関連事業も含めると八割に相当する。並行して『魔法』の概念や使用も一般的になった。
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