5.王妃の想い
アシュリーが帝国へと向けて出発した同時刻、セシルの姿は王宮の執務室にあった。
セシルが娘の見送りにも行かず公務を行っている中、国王とリーテルマは我関せずとばかりに、茶を飲んでくつろいでいた。
「今頃、あれは帝国へ出発したころかしら。娘の旅立ちを見送らないなんて薄情な母親ですこと」
「……私はこの国の王妃です。国より私情を優先されるわけにはいきませんから」
「平民の癖に偉そうなこと言ってんじゃないわよ」
側妃の発言をスルーして淡々と公務を行っていくセシル。
「ほんとに詰まんない女ね。そうだ陛下、この後ラビニアと一緒に次の夜会の新しいドレスを選ぶの。陛下もご一緒にいかがですか?」
「うむ。そうだな、私も付き合おう」
「陛下。本日中に陛下の承認が必要な書類がまだ残っています」
「それは私のやることではない。君の仕事だ」
「私たちの分のこの国の為にしっかり働いてくださいね。王妃陛下」
そういうと国王と側妃は二人で部屋を後にする。
二人が出ていき、部屋にはセシルとお付きの侍女の二人だけ。
少しの静寂の後に、ミシミシと嫌な音がし始める。
その音は、次第に強まり、最後にはバキッという音に変わる。
王女の手に持っていたペンが折れていた。
「少し休憩にしましょうか」
「……そうね」
侍女が淹れたお茶を飲みながら、セシルは様々なことを考えていた。
この国の現状……
周辺諸国との関係……
そして、娘のアシュリーのこと……
「お父様から報告が上がってきました。セシル様の懸念してた通り、多数の家の税収報告に不審な点が見つかったそうです」
「やっぱり……あなたのお父様。公爵様と協議したいわ」
「すぐに連絡します」
「……いつも助かるわ。貴方と公爵様の協力がなかったらどうなっていたか……私では貴族たちを抑えられないから」
「……気にしないで。私と貴方の仲じゃないの。セシル」
この国の殆どの貴族が、王妃であるセシルのことを、表面上では従っているが、内心では平民ということで下に見ている者が殆ど。
侍女や彼女の実家の公爵家は、そういった選民思想にとらわれることなく、国のために貢献してくれている。
侍女も、セシルにとっては、信頼できる同志であり、大切な友人でもある。
「本当に見送りに行かなくてよかったの?」
「そうね……あの人たちがこれ片づけてくれるのなら行けたのにね」
「あんなのが国王と側妃だなんて、セシルがいなかったら、この国滅ぶんじゃない?」
「……やめてよ。冗談に聞こえないわ」
「……そうね。そんな未来しか想像できなかったわ」
二人が容易に想像できるくらいに、国王たちは何もしない人なのだ。
「アシュリー様の帝国行きに貴方が承諾したのって、行き先が帝国だからでしょ?」
「ええ。皇帝陛下たちのことは知っているから。彼らになら安心してあの子を任せられるわ。丁度同い年の皇女様もいらっしゃるし」
「そういえばセシルは、帝国の学園に通ってたんだよね」
「そうよ」
セシルは平民でありながら、帝国の学園に留学していたのだ。
学園は何かに秀でているものは身分も国内外問わず、誰でも受け入れることで有名だ。
更にセシルはその学園を首席で卒業した程。
その時の同学年には、現皇帝陛下夫妻もいらっしゃった。
「大丈夫なの?アシュリー様は、勉強は全然……」
「そうね。あの子は勉強は全くできないわね。勉強は……ね」
セシルの含みを持たせた言葉は、侍女にも疑問譜を浮かべた。
「(アシュリー。厳しくしか接してなかったから、きっと私のことは嫌いよね。でも私は、貴方のことを愛しているわ。どうか幸せになって……)」