悪役令嬢の華道
どうせ悪役令嬢と呼ばれるのならば
思いっ切り 艶やかに
思いっ切り 毒々しく
思いっ切り 苛烈に
華道を歩もうではありませんか。
「ミドルトン伯爵令嬢エレーナ、お前との婚約は破棄する。理由はわかっているだろうな?」
そう叫ぶ婚約者の腕には異母妹のリーサがしがみついています。
胸の形が変わるくらいしっかりと。
その胸をチラッと見て鼻の下が伸びたのを見逃しませんよ。
ま、半分は詰め物だと言うことはお気の毒ですこと。
「畏まりました。」
「お、おいっ!言うことはそれだけか?」
「畏れ多くも国王陛下が定められたこの婚約を、皇太子殿下ご本人が破棄なさるのです。臣下である私は謹んで承るだけでございます。」
「それだ!お前のそういう取り澄ました所が昔から大嫌いだったんだ!」
「左様でございますか…」
あたしも、お前のそう言う考え無しで短気な所が昔から大っ嫌いだったんだよ!
しかも、頭悪い上に武術はからっきし駄目。
顔だけはまぁまぁ良いが、私よりが低くて、公式行事で並び立たないといけない時は女物よりもヒールの高いブーツ履いているのを知ってるんだからな。
それでもやっと目線が並ぶだけなのは侮蔑を通り越して哀れみを覚えるほどだ。
あ、怒りの余り、素が出てしまいましたわ。
気をつけませんと。
「ねぇぇん、ラインハルト様ぁ、リーサもう疲れちゃいましたぁ。お姉様も良いって言ってるんだから、さっさと署名させて早く夜会を楽しみましょうよぉ〜」
リーサが王太子の肘を自分の胸にタプんタプんと擦り付けながら強請る。
凄げぇな、娼婦顔負けのおねだりテク。
王太子の鼻の下が更に3センチは伸びたぞ。
それにしても、婚約破棄の書類を既に用意してあるとは、こちらの予定より少し早いようです。
正式の手続きに時間が掛かるかもと思っていましたが、
面倒な事をそちらで進めてくれるのならば願ったり叶ったりですわ。
本当はヒャッホーと小躍りしたい気持ちを押し殺して差し出された用紙に署名します。
笑いを噛み殺したら、上手い具合に泣くのを堪えているように見えるかしら?
「これでリーサがラインハルト様の婚約者になれるんですね!リーサ嬉しぃ〜」
「父上も、こんな可愛げない女よりもリーサの方が僕に相応しいと思うはずだ。それにリーサだってれっきとしたミドルトン伯爵令嬢なんだ。誰も文句は言わないさ。」
「きゃー、リーサ幸せ!」
何やらイチャイチャ始めた馬鹿ップルに表情を見られないように退出の礼をします。
署名した時点で婚約解消は成立していますが、こちらの準備が整うまでは邪魔されたくありません。
そのためにも無能で無愛想な令嬢の振りをあと少し続けるべきでしょう。
その自称伯爵令嬢様と無事にご婚約成立出来ることをお祈り致しますわ。
まだ何か言い足りなそうな王太子と満足そうにニタニタ笑う異母妹を会場に残して、私は足早に車止めまで急ぎます。淑女としてギリギリ許される早足で歩いていくと、使用人控えから私付の侍女ナタリーが飛び出して来ました。
「お嬢様、どうされたのですか?夜会はまだ始まったばかりでは?」
「とにかく馬車を出して。話は中で」
私のただならぬ気配を察したナタリーは大急ぎで馬車を回してきました。
サッと乗り込むと御者のロイスに行き先を告げます。
「予定が早まった。プランC。サザランド辺境伯領第三砦へ可及的速かに移動。」
「この馬車では長距離移動に向きません。一旦伯爵邸で乗り換えを。」
「ならば、婚約破棄の件で伯爵領に蟄居するということにする。手紙を書くのでナタリーはそれを執事に渡したら荷造りをして伯爵領へ向かえ。私が自室に籠る工作後、3日間したら密かに辺境伯領に来い。砦で合流だ。ロイスは足のつかない馬を2頭用意しろ。」
『了解!』
必要な指示を出すと私は目を閉じました。
予定は早まりましたが仕込みは十分です。
後は私が18歳の成人に達する迄の7日間を無事にやり過ごすだけ。
万一、国王陛下のお耳に入り、婚約破棄の書類を握り潰されると全てが台無しです。
もう一手打っておくべきでしょう。
「ロイス、エドに繋ぎはすぐ取れるか?」
「馬の手配よりも先にですか?」
「同時進行しろ。」
「へーへー。」
ナタリーが射殺しそうな視線で睨みますが、ロイスは慣れたもので全く意に介しません。
「さっきの婚約破棄の書類は王宮ではなく神殿の方へ提出させろ。」
「大神殿でいいですか?」
「ああ。あそこなら叔母上の手の内だ。大神殿は陳情書類が多いから、急ぎでない婚約破棄の書類は受理しても手続きが遅れて一週間くらい放置されるだろうな。」
「一週間でいいんで?」
「18になるからな。」
「なるほど。ですがどうやって大神殿に行かせましょう?」
「そんなの、書類提出と一緒に神前で愛を誓ったらどうか、とか、エドならいくらでも口から出任せを言って言いくるめられるだろ?」
「そりゃそうだ。アイツ絶対口から生まれてきてるよな。」
そうこう言っているうちに馬車は伯爵邸に着いたようです。
父と義母は別の夜会に行っているはずですが、召使いの誰が義母や異母妹に通じているか分かりません。
人目につかないようにそっと自室に入ります。
こんな時、屋敷の端の物置のような部屋は便利ですね。
休む間もなく動き易い男装に着替えてナタリーと荷造りしていると、ホトホトと密かに部屋の戸が叩かれる音がしてロイスが入ってきました。
本来は御者のロイスが私の部屋を訪ねることも、返事を聞かずに入室することもあり得ない事態なのですが、ここでは日常茶飯事なので私もナタリーも咎めません。
「首尾は?」
「完了。」
「では直ぐに出立する。ナタリー、後は任せた。」
「はい。お嬢様もご武運を。」
「ありがとう。一つだけ、 … 死ぬな。」
「… はいっ!」
さあ、ここからが本番です。
悪役令嬢の華道を皆様にとっくとご覧に入れましょう。
思いっ切り 艶やかに
思いっ切り 毒々しく
思いっ切り 苛烈に
歩んで参りますので。
お読みくださりありがとうございます。
気に入っていただければ連載する予定です。
よろしくお願いします。