49 悪役令嬢、相談に乗る。
助力を求めて来たのはオリヴィア・ブラウン伯爵令嬢とソフィア・バーミリオン子爵令嬢。
先日のぬいママ会でご一緒したコーネリアの取り巻き嬢たちだ。
が、彼女らはただのヨイショ係ではない。
バルトガー侯爵家に正式に雇われた護衛──男性が立ち入れない場所、従僕が入れない場所でコーネリアをガードするための〝特別な友人〟だ。
もともとブラウン伯爵家もバーミリオン子爵家も武芸で誉れ高い家柄で、彼女らも貴族令嬢にしては珍しく、護身程度(自己申告による)の武芸は身につけている。
本職の暗殺者や剣士とは比べようもないが、悲鳴を上げて逃げるのが限界だと舐められている貴族令嬢が慣れた感を醸し出して抵抗してくれば相手は警戒するし怯みもする。相手がモンスターだったとしても逃げる隙を作るくらいはできる──彼女らに期待されているのはそんな役回りだ。
余談だが、侯爵は私も〝特別なお友達〟のひとりに加えたかったらしい。
が、実際に私のところにまでその話は届いていない。
多分に兄あたりが『妹を侯爵令嬢如きの盾になどできない』と揉み潰したと思われる。
前述しているが、先日の実技演習でコーネリアがクラスレグルスに襲われ、失神したことをバルトガー侯爵は非常に重く見ていた。
実際、暗殺の企てがあるとされたのはクリストファーに対してで、コーネリア自身は特に命を狙われているわけではないのだが、そこは大事なひとり娘。この先、クラスレグルス級のモンスターと遭遇する機会はほぼ皆無と言っていいくらいだけれども、何かあってからでは遅いと言うことでオリヴィアとソフィアにお声がかかったと言うわけだ。
彼女らはもともとコーネリアの取り巻き嬢ではあったから、護衛と称して終始コーネリアの傍にいられるのは願ったり叶ったりと言うか、今までの延長でしかないのだけれども。
まぁ、それはともかく。
その〝お友達〟がコーネリアを放り出してまで何の用だろう。
私は〝血塗られた叛逆〟(正式表題の〝愛と欲望の課外授業24時〟は口にするのも小恥ずかしいので、今後は〝血塗られた叛逆〟と呼称する)と共に、フォルッツとクマッティを鞄の中にしまい込む。
何度も言いたくはないが、若い女を前にした時の彼らは信じるに値しない。
「どうかなさいまして?」
「実はコーネリア様のことですの」
そして内容は十中八九想像していたとおり。
彼女らの訴えによると、コーネリアは先日拾ったイグニートを殊更に気に入り、常に傍に置いているらしい。
さすがに学園の中にまでは連れ込めないが、朝起きてから正門の前までと、正門を出てから夜寝るまではずっと一緒。取り巻き嬢のふたりが近くにいるのを嫌がる素振りまで見せると言う。
今日もイグニートだけを連れてカフェに行ってしまったのだとか。
気に入った理由はズバリ、顔だ。
髪の色と目の色を変えればクリストファーの影すら務まりそうな顔をしているのだと言う。
「ですが私たちは顔だけでイグニートを警戒しているわけではございませんわ!」
「それはそうでしょう」
イグニートも冒険者パーティなどと言う危険と隣り合わせの場で後衛を務めていたくらいなのだから令嬢の護衛など朝飯前のはずだ。
コーネリアだってどうせ守られるのなら自分好みの顔の男に守ってもらったほうがいいだろう。
が、懸念しているのはそこではない。
侯爵家公認の正式な護衛ならまだしも、彼はコーネリアが拾ってきただけの冒険者。
何処ぞの村の出身で、立身出世を夢見て冒険者になったものの攻撃系のスキルに恵まれず、なんとか冒険者パーティの後衛として拾ってもらったものの荷物持ちの役にしか立っていない。護衛として取り立てるには身分も才能も不十分、と……未だバルトガー侯爵家からはそんな認識しかされていない男だ。
追放モノのセオリーどおり、規格外の才能を発揮すれば評価は変わるだろう。
オリヴィアたちの話では彼自身、『何時か規格外の才能が花開くのだ』と言っているらしく、コーネリアもそれを信じている。
が、イグニートは未だその片鱗すら見せていない。
そしてそんな護衛でも何でもない得体の知れない男を連れ回していることが、貴族たちの間でちょっとした噂になりつつあるらしい。
いい噂ではない。
『あの男は侯爵令嬢の愛人ではないか』
『侯爵令嬢の貞操観念はどうなっているのだ』
と、嫁入り前の娘にしては致命的なことを言われているらしい。
「コーネリア様は騙されているのですわ! あれはちょーっと殿下に顔が似ているだけの別人。それどころか殿下以下の穀潰しですのに!」
聞こえようによっては一国の王子を穀潰し呼ばわりしたようにすら聞こえる発言だが、コーネリア至上主義な彼女らにとっては天下の令嬢キラーも『大事なコーネリア様よりも馬の骨を選んだ外道』と言う認識なのかもしれない。
私もクリストファーに関しては『王位を狙うにしては色々と残念すぎる』部分があると思っているので否定する気にはならないが。
本来は悪役令嬢らしく、
『そんなこと言うものではなくってよ!』
と上から目線で言うべきなのかもしれない。
しかしそうして擁護したところで私にメリットなど何もないし、『だったらいいところを言ってみろ!』と反論されたら言い返せない。駄目駄目なところならいくらでも列挙できるのだけれども。
だから言わない。
私は無駄なことはしない主義だ。
「あの顔にロクな男はいませんわ!」
あの顔って、クリストファーとイグニート以外にあと何人いる予定だろう。
息まく取り巻き嬢ふたりを前に、私はそんなことを考える。
あの顔をした男が揃ってロクでもなかったら顔と性格の因果関係で一本論文が書けるかもしれない。
だがしかし、巷で『同じ顔をしている人数』と言われているのは三人。検証するにはやや少ない。
って、〝クリスくん〟が人間化すれば四人確保できるじゃ、いや違う違う。脱線するにもほどがある。
ともかくクリストファーに似ているのならそれなりにおモテになる顔。有効活用しようと思うものだ。
しかし彼は今までに自分の顔を使ってどうこう、と言うことはしていない。それどころか俯き、長い前髪で顔を隠し、他人に見せないようにしていた素振りすらある。
先日の追放劇を思い返す。
トボトボと去るイグニートを捕まえ、見上げるようにして話していたコーネリアを。
下から見上げる分には長い前髪など何の役にも立たない。
あの時に彼女はイグニートの顔を見、クリストファーに似ているが故に、より親身になりたいと思ってしまった可能性は非常に高い。
「で? オリヴィア様とソフィア様はどうなさりたいの?」
「あの男を追い出したいに決まっているじゃありませんの!」
ともあれコーネリアの行動は決して褒められたものではない。
彼女らのように真っ向から反対すべきだろう。
けれど。
その反面、傍に置くくらいいいじゃないか、とも思ってしまう。
コーネリアは昔からクリストファーに惚れていた。
彼が領地に来ると聞けば体調が悪くともお茶会を開いてもてなし、実技演習では同じパーティに入るべく日参し、巨大なトカゲを前に初期魔法で立ち向かった。
さらにはクリストファーを模した人形を作り、クリストファーが着ていた衣装を着せ。
なのにクリストファーの心はマツリカに傾いたまま、コーネリアには見向きもしない。
中身は残念なところもあるけれどクリストファーはあれでも王子。
つり合いだけで言えばコーネリアは男爵令嬢のマツリカより余程似合いだし、実際、幼少の頃に縁談の話もあったと聞いている。
コーネリアがクリストファーに堕ちたのは、その話を進めるために王城に連れて来られた時だとか。
が、その縁談はまとまる前に侯爵が蹴ってしまった。
同じ政略結婚ならその辺の適当な貴族の子弟よりもクリストファーとの縁を取りもとうと思うものだろうに、クリストファーの女タラシはその頃から顕在していたのだろう。親馬鹿な侯爵が『娘はやれない』と思ってしまう程度には。
引き合わせなければコーネリアがクリストファーに堕ちることもなかっただろうに、一目惚れさせておいてやっぱり引き離そうだなんてバルトガー侯爵には人の心がないのか!? と聞いた時には思ったものだが、ともかく、侯爵にその気は全くない。
コーネリアの恋は叶わない。
だったら同じ顔をした別人くらい……と思うのは短絡的な思考だろうか。
でも今まであの顔を利用してこなかったイグニートが、コーネリアに重用されるようになったからと言ってあの顔を使うとは──バルトガー侯爵家の婿におさまるとか、そう言う野望を抱くとは思えないのだ。
「マルグリット様もそうお思いになりますでしょう!?」
「あの男はコーネリア様には不要ですわ!」
「そんなこと、」
今までの私なら、彼女らと同様、『あの男は不要』と切り捨てていただろう。
もしくは私にもルブローデにも関係ないことだと傍観を決め込んでいたか。
いや、今からでも遅くはない。
コーネリアがどうなろうと自業自得。私が口も手も挟む義務はない。
第一、私はコーネリアにかまけている暇などないのだ。
マツリカが帰って来る前にこちらの防御を完璧にしたいし、〝血塗られた叛逆〟も読了しなければ。
「……一理ありますけれど、オリヴィア様とソフィア様の言い分は推測の域を出てはおりませんわ。コーネリア様が彼をどうしたいのかを、まずはっきりさせるべきではなくて?」
コーネリアだって無知な子供ではないのだし、自分の行動が侯爵家と自身にどう跳ね返って来るかを予測できないわけはないだろう。
彼女らが心配するような間違いは起きない。
起きるはずがない。
「だから、」
心配は無用!
こちらから働きかけなくたってあなたがたの大事なコーネリア様は道を踏み外したりしないわ! 安心なさって! だから私を放っておいて!
そう続くはずだった言葉は しかし目を輝かせた彼女らに遮られた。
「さすがはコーネリア様の親友、マルグリット様! まずはコーネリア様のお気持ちを確かめる。私たちは世間体や評価ばかりを気にしてそこを置き去りにしてきてしまいましたわ! ええ、まずはコーネリア様にお話をお伺いしましょう!」
だがしかし。
私の発言をどう取ったのか。オリヴィアとソフィアは私の両腕を抱えると立ち上がった。
「コーネリア様はぬいカフェですわ!」
「え? いや、私は一緒に行かなくても、」
「遠慮なさらないで! これも乗り掛かった船ですことよ!」
どうしてこうなった。
両腕を拘束され、連行される犯罪者のような恰好のまま、私はぬいカフェへ連れて行かれたのだった。
夏休み期間に入ってしまったので、更新の間隔が少し広くなります。
一週間以内には更新できるように頑張ります。




