2 悪役令嬢、クマに会う。(☆)
「で? お前は何だ」
数分後。
馬車を止めて外に出た私とフォルッツの前には、片手で掴める程度の大きさのクマのぬいぐるみがグルグル巻きに縛られて転がっている。
御者は幸いにも軽い打撲だけで済んだものの、先ほどの騒ぎで気が立った馬を鎮めるのにも時間がかかるし、車輪の損傷も確認しなければならない。
と言うことで突然できた暇な時間は、諸悪の根源に対する尋問タイムとなったわけだ。
傍から見れば、グルグル巻きのぬいぐるみを見下ろすフォルッツはさしずめ悪の手先。後方でやりとりを見ている私は悪の幹部……ごっこをしているようにしか見えないだろう。
シュールすぎる。先ほどから御者が私と目を合わせないようにしていることからもそれは明らかだ。
しかしこれも悪人の行動原理を知るため、しいては鉄板を身をもって知ることでとっさの対応ができるようにするための、いわば修行の一環なわけで!
祖父御用達の時代劇を知る限り、悪人の行動は鉄板としか言いようがないほど似通っている。
つまりはそのすべての行動を記憶に刻み込めば、何時如何なる時にもその裏を掻くことができる。
国の盾でもある辺境伯家の娘として、いや未来の辺境伯として! 実地研修、これ、大事!
「よりにもよってお嬢様を悪役呼ばわりするなど!」
フォルッツは縄の残りをひとまとめにして鞭のように持ち、パァン! と響かせた。
……だからこれも修行の一環。
決して悪役ムーヴが楽しくてやっているわけではない。はず。
「お嬢様はこんなツリ目でいかにも悪役といわんばかりのお顔であらせられるし、自ら進んで嫌がらせの限りを尽くしているようにも見えるかもしれないが、それには深いわけがあるんだ! 多分!」
「お待ちなさいフォルッツ」
待て。
多分って何だ、多分って。
他人の心を読む能力でも都合よく開花して、今しがた呪いの実験に使おうと思っていたのが伝わってしまったのか?
それとも昔、攻撃魔法の的にしたことを根に持っているのか?
少しだけ昔の話。
私は剣だの魔法だのの鍛練に明け暮れていた。
ルブローデは辺境。戦と常に背中合わせの土地。
今でこそつかの間の平和を享受しているが、隣国が何時攻め入って来るかもわからないし、ちょっとしたボヤ程度なら日常茶飯事。
ゴタゴタがあればそれに乗じて何かしでかす輩が出てくるのは世の常で、だから〝女だから戦えない〟なんて理由にもならない。
と言うわけで、跡継ぎ云々の話が出て来るよりも前から私は剣を握っていたし、まわりもそれを止める環境ではなかった。
今でも花や宝石や人形などに興味を示さないのは、そんな幼少期の影響なのだろうと思っている。
嫌いではないが、同年代より知識で劣っていると知ると何となく敬遠してしまうのが子供心。
そしてそのまま今に至っている、と言うわけだ。
その分、私は武力を上げることに力を注いだ。
腕力がないから男性と同じだけ剣を振るうことは出来ないが、コーネリアたちのような一般的な貴族令嬢に比べればかなり戦える方だと思う。
それがさらに「かわいげがない」に繋がっていくのだけれど、女を見た目と非力さだけで評価する男などこちらから願い下げだからどうでもいい。
それは、いずれ此処の女領主となる野望を抱いた今でも変わりなく。
いや、さらに強く。
貴族あるあるな〝常識〟で後を継ぐのは男子と言われているけれど、過去には女領主も存在したのだからなれないはずはない。
「あと、自分の野望達成のためにライバルを言葉巧みに排除したり、」
「お待ちなさいフォルッツ」
回想にふけっている間にもフォルッツの言葉は続く。
伊達に長い付き合いだっただけのことはあるが、でも言い方ってものがあるでしょうに。
たまたま結果としてそう見えてしまっただけのことで、私は裏工作のようなことは何もしていない。
ライバル。
コーネリアのことではない。私は彼女を排除しようとは微塵も思っていない。何度も言うが貴重な人材を手放すつもりはない。
ここで言うライバルとは兄のことだ。
そう、例に漏れず私にも兄がいた。
妹に激甘で「好みの女性? 妹みたいなタイプですね」と真顔で答えてしまう超シスコンの兄が。
本来ならルブローデも、〝世の常識〟に準じて兄が跡を継ぐはずだった。
しかし今現在、彼は王都にいる。そしてきっと帰って来ない。
『こんな片田舎で常に国境ばかりを向いて生きていたのでは視野が狭くなってしまいます。
他の土地がどう治められているのかを見るのはいい経験になりますわ。大人になって重職に就いてしまったらフラフラと〝見聞を広めに〟なんて行けませんし、行くなら時間が余りまくっている若いうちに限る、と先人も仰っておりましたでしょう?』と私がお勧めしたからだ。
そんなわけで兄は王都に行った。
ルブローデの男らしく、腕が確かなことで定評のある兄だ。ただ遊んでいるならと王城所属の近衛騎士団に誘われ、入団したはいいが、武才を認められてトントン拍子に出世街道を駆け上がり、あっという間に第一王子の護衛に抜擢されてしまった。
何が王子の心をグッとキャッチしたのかは知らないが、「ずっと背中を守ってほしい」と言われるほどの信頼を受けているらしい。
王子が王になったあかつきには兄も何処まで出世するのか。
きっと国の攻防に携わる重要な責務を負うことになるだろう。
そうなると、辺境領主というこれまた重要な役割を兼任してどっちつかずになっては困る、と言うことで、ルブローデの後継者から兄が外れたのは数年前のこと。
兄にしてみれば王子の護衛なんかよりも私のもとに戻って来たかったようだが、『お前が跡を継げば妹は嫁に出すしかなくなる。国内でもそう易々と会えなくなるのに、もし国外にでも行くことになったら一生会えなくなるかもしれないぞ? だったら領地を任せることを口実に、妹は実家に縛りつけておいたほうが会える率は高い』と、誰が言ったか知らないが、そんな悪巧みに不承不承頷いた形だ。
「相手のためと言いながら、どう考えても自分に有利になるよう物事を転がしていく様はまさに悪逆非道! 天性の才としか言いようが、」
「フォルッツ」
ともかく。
こうして後継者枠を射止めた私は、良い領主となるべくさらに鍛練に精を出した。
辺境伯たるもの、自身も剣や魔法に精通し、何時でも戦えるようになっていなければ。花も宝石も人形も、領民や土地を守る力にはならない。
そんなわけで騎士団長の息子でもあるフォルッツには何度も的……いや、相手になってもらったものだ。彼の犠牲、もとい献身が今の私を形作ったと言っても過言ではない。
そう。
今の私は──。
右掌をギュッと握って広げると、青白い炎が揺らめいた。
──魔法も剣技も完璧だ。
「待て! 待て待て待て待て!」
私の炎を見て、クマが声を張り上げた。
燃やされるとでも思ったのだろうか。
実際、フワフワモコモコとしてとてもよく燃えるだろう。肌寒くなってきたから焚火の火種にいいかもしれない。
「儂はお主に助けを乞いに来たのじゃ!」
「あら、悪役と仰っていませんでしたかしら?」
「そ、そいつは儂ではない! 白くてフワモコで愛らしいクマだから間違えるのも無理はないが、よーーーーっく見てみれば儂のほうが顔立ちが黄金律と言うか、奴とは比べようもないほどカワユイのがわかるはずじゃ!」
「……奴?」
奴とは?
このクマと『悪役令嬢に決定したよーん』と言って来たクマとは別人だとでも言いたいのか?
「そう! お主を悪役令嬢呼ばわりしたのはトラウラという儂の同僚と言うか仲間と言うか、同じ神であることは間違いないのじゃが」
「神」
クマが?
「さよう。儂は創造神クマッティ。この世界を作った神である!」
クマは縛られたままエヘン! を胸を張る。
転がったままなのでエビ反っているようにしか見えないが……。
「「……クマッティ……」」
何だそのネーミングは。
とは私もフォルッツも口に出しては言わなかったけれど、同じことを思ったのは確かだ。綺麗にハモった声が証明している。




