ジョエルの夢とカルムの絶望
結局その日は、次の宿場町には届かないようだった。仕方なしに途中で見つけた10軒ほどの集落へ戻り、1軒だけ店を出していた屋台で夕食を取る事になった。
ジョエルが酒をたのみ、手酌でやり始めた。
「何麺でもいい。適当に身繕ってくれ」
「はいよ」
まずジョエルの麺が出来上がった。それを持ち屋台から少し離れた所に胡座あぐらをかき、麺をすすり始める。
「俺はそいつとは絶対一緒に食わねーからな!」
強情なジョエル。ズズがため息をつく。
「あんた、そういうとこがダメなのよ」
あんた呼ばわりだ。ジョエルは反発する。
「どういう意味だよ。それは」
「無駄なプライドだけ高くて、武勇伝にすがって生きているところ。意地っ張り」
クロウとカルムは麺を吹き出しそうになる。そしてくすくす笑う。まるで痴話喧嘩だ。
「ダメ男って言いたいのか」
「そこまで言わないけど…限りなく近いわね」
ジョエルが酒をぐいっとやると、こちらに来てズズの横に座る。
「ダメ男っていうのはな、働きもせず、女の稼ぎをあてにしてヒモみたいに暮らしてやがる奴の事を言うんだよ」
酔いも手伝いしゃべくり始めた。
「俺は違うぞ。道場経営して働きまくる。まずは朝起きて自主トレを2時間やり、10時からは奥様方を相手に空手エクササイズ、昼過ぎから年少の部、3時からは小、中学生の部。そして夜は一般の部。俺の計算では月50万、いや60万ビードルも夢じゃない。これでもダメ男か?」
「だからそういうところがダメだって」
「わはーははは!」
もうクロウとカルムは耐えきれずに大笑いをしはじめた。
「何がおかしい!」
ジョエルは箸の先でカルムの手を突く。カルムは急に真顔になり、長剣をスラリと抜く。
「あーもう他所よそでやって!」
ズズの一言で離れた所で果たし合いが始まった。
クロウがズズに聞く。
「ズズはジョエルみたいなタイプはダメなのかい」
「ダメって訳じゃないけど、まあ可愛げもあるし……半々ね。全くのダメ男じゃあないことは承知してるわよ。片腕で世界チャンピオンでしよ。並々ならぬ努力をしたんでしょうよ。そういうところは素直に尊敬できるわ」
「なるほど。じゃあなんで冷たくあしらうんだい、いつも」
「なんでかしら?自分でも分からないわ」
ズズは知らんぷりで麺をすする。
勝負の行方は混沌としているようだ。剣をもった者に果敢に素手で対抗しているのはさすがだ。
カルムの素早い連突きを軽々とよけ、隙が出来れば顔面に回し蹴りだ。前蹴りで腹を攻撃すると、そのまま肩に鉄槌を食らわす。対してカルムの剣は自己流。空手使いなんかと対戦したことがないんだろう。やや一方的な展開になってきた。
カルムが長剣を鞘に納める。
「今日はこれくらいにしといてやる」
クロウがずっこける。
回し蹴りが効いたとみえて左の頬を押さえている。
「いたた」
まあ、敵ながらあっぱれというところだ。
「ところでクロウ」
今度は俺に絡むのか。クロウは冷たい目でジョエルを見る。
「何だよ」
「出たぞ例のパンチが、それも3発も」
クロウが分析をする。
「やはり実戦になると出るようだな」
「なに、何の話し?」
ズズがきくのでジョエルが答える。
「もういいだろう、言っちゃうぜ」
ジョエルはクロウにアイコンタクトをとる。
「俺はどうやら異能者になったようなんだ。あのやせぎすな男と戦った時、あと0.5カイル届かないんだ。何度か繰り返すうちに俺の射程から届かない筈の男に見えないパンチが当たったんだ。それで形勢は逆転、3百万ビードルを取り返したのさ」
ズズが感想を述べる。
「ふ~ん。使えそうで使えなさそうで、まだ分からないわね」
みんなが食事を終えた。ジョエルだけは3人前食っている。相変わらずの大食いだ。クロウがみんなの分を支払い、店を後にした。
外が暗くなってきた。仕方なしに野宿の準備だ。みんな林に入りめぼしい乾いた倒木を拾ってきた。
カルムがそれらを積み上げると、乾いた枝どうしを高速でこすり始める。その間、クロウはいつもの特訓だ。
カルムが火を起こす。その後およそ一時間で特訓も終了する。夏の熱波も手伝い上着のシャツはべちょべちょだ。
「よく堪えたクロウ。明日からは突きではなく斬る特訓に進む。俺が手本を示すからよ~く見ておけ」
剣を振りかぶり袈裟懸けと逆袈裟懸けを交互に素振りする。クロウはそれを見てイメージトレーニングをやる。
この右、左を合わせて5百回を言い渡された。
クロウは、シャツを着替えながら、火の一角を陣取る。その火を見ているとなせだか郷愁が湧いて来る。
「夏でよかったぜ。冬は野宿は出来ないもんな」
いつの間にかジョエルがチームに復帰している。昼間はよほど寂しかったんだろう。ほっと一安心という顔をしている。
みんなが中央の火を見つめている。カルムが徐々に自分の事を話し始める。
「俺はもともと医学の道を志していた。しかし貧乏で大学に行く余裕なんてない。大学に行かなくとも国家試験を通ればいいと開きなおってジラフ様の用心棒を買って出た。用心棒なんて来客がいる間だけ控えの間で待機していればいい。後はほぼ自由時間だ。その間を活用して医師試験を突破する夢を見て猛勉強をしていたんだ」
「『だ』って過去形かよ」
ジョエルが問う。
「そうだ。やっぱり医大に行かないと試験は通らないと、模試で痛感したんだ。医学の道は諦めた。そんな折に事件が起きた 」
カルムがデカい切り株を火の中に放り込む。
「進むべき道を失ってからすぐの事だ。黒い縁取りの手紙が届いた。弟ふたりがグイードに惨殺されたらしいんだ。どうやら弟ふたりはヤクの売人に手を染めて、大麻を失くしたようなんだ。俺は殴り込んだ。しかし右目を潰され何もできなかった…」
カルムはそのデカい切り株に拳を当てる。
「なぜもっと先に弟達の異変に気付いてあげられなかったのか。俺は自分に腹がたったんだ。そして俺は復讐を誓った。一生かけてもグイードの幹部、マインドを倒すと」
「たった一人でか」
「それは言えない。クロウとの約束だ」
「つらい話だぜ、お前がキレやすい理由が分かった気がする。まだ魂が煮えたぎってんだろう」
「そうかもな。常にイライラしているんだ。昔はそんな事はなかったのに」
クロウがカルムに話しかける。
「俺も母と妹を惨殺されたんだ。グイードじゃなくてブラック・ギースという地元のギャングにさ 」
「それでか、あんな夢を口にしたのは。俺達は似たような境遇だ。だから同志なんだ」
「そのふたりだけの世界へ入り込むの、やめてくれる?」
ジョエルはズズと目を合わせ、うんうんと同意する。
「まあ、それはおいおい……」
その話を受けてズズが、自らの過去に触れる。
「私の場合は簡単だわ。小さい頃からいつも耳の事で虐められてたの。その時、突然手から黒い玉が飛び出し、虐めている男子の左の顔を削ったのよ」
その男子とやらはどうなったのか?そっちの方が気になる。
ズズが涙を流し始める。
「だってそうでしょう。酷い虐めだったんだから。親も先生も友達も誰も味方についてくれなかった。自分ひとりで逃れるしかなかったんだから!」
ズズが号泣し始めた。
「ズズちゃん、泣かないで。ここに仲間が3人もいるじゃないか」
ズズは隣に座っていたジョエルにもたれかかる。ジョエルはズズの肩を抱く。何故かいい雰囲気になっている。
「痛い!」
クロウが尻をさすり立って地面を見る。だが何もない。
「いてっ」
ジョエルも尻をさする。
「きゃあ!」
今度はズズだ。明らかにおかしい。ズズの尻からは少し血が滲んでいる。
「異能者だ!」
クロウが叫ぶと、4人は一気に戦闘体制に入った。