奪還
クロウとジョエルはまだそれほど離れていない町の郊外まで来た。街道沿いに前へ前へと進んで行く。
町の大通りに着いた。
クロウは迷いなく大通りを真っ直ぐに進んでいく。ジョエルはクロウについてゆく。
「こっちだ」
クロウが右に曲がる。神経を集中し勘を働かせる。
「この店だ」
ジョエルが見ると何の事はない普通の眼鏡屋だ。
玄関には鍵が掛かっている。
ドンドンドンドン!
ノックをしても開かない。業を煮やしたジョエルが横蹴りで玄関のガラスをぶち割る。
ガッシャーン!
開いた所から内側に手を入れ鍵を外す。ジョエルは思い切り引き戸を開ける。そこは普通の眼鏡屋だった。眼鏡がズラリと並んでいる。
奥の方から腰の低い主人と思われる男が、もみ手をしながら近寄ってくる。
「お客さん困りますねー。あーあ、こんなにしちゃって」
主人は箒ほうきを取りに一旦奥に消えた。
「ほんとにこんな所がグイードのアジトなのか?」
「間違いない。俺の勘を信じろ」
一直線に奥に進む。すると箒を持った主人が邪魔をする。
「お客さん、ここからは応接間ですので入ったら困ります」
クロウは水晶で主人を見る。全くの一般人だ。振り向けば応接間に人の気配を感じとる。
「ここだ!」
応接間のドアを強引に開け、中に雪崩れ込む。シンプルな作りの応接間のソファーに別の男が座っていた。双方緊張が走る。
「野郎!なぜここが分かった!」
言うか言わないかのうちにジョエルがテーブルを越え、渾身のアッパーを男にお見舞いする。
「ぐふっ!」
男は脳震盪をおこしたのか、ぐらりとソファーに横向きに倒れ込んだ。こいつも異能者ではない。
「今だ!向こうのドアを越えた事務所に人気ひとけがある!」
ドアを開けると、あのやせぎすな男が椅子に座ってへらへら笑っている。
「お前は追い込まれたんだぞ。何を笑ってるんだ!」
ジョエルの言葉に、クロウは嫌な予感がする。
距離は5カイルちょっと。この短い射程の間に何か罠が潜んでいるとみた。
ジョエルは怒りに任せて突進すると途中でジョエルが消えた!
クロウも突進すると、約2カイルほど行くと猛烈な眠気が襲いかかり気絶をするように眠ってしまった。
ふと気付いたらさっきの応接間に飛ばされ、ソファーの上で眠っていた。
(遠距離攻撃ができるズズか、カルムを連れてきた方がよかったな……)
しかし後の祭りだ。ジョエルも目を覚ました。
ジョエルが覚悟を持ってクロウに命令をする。
「いいかクロウ。さっき敵の攻撃を受けたように途中まで進めば物凄い眠気が襲う。それでだ。俺が寝かけたら、躊躇なしに短剣で俺の尻を突け!それで俺の眠気も吹っ飛ぶだろう 」
「わ、分かった。後で恨むなよ」
「俺は今怒りに燃えている!ズズちゃんがいればよかったんだが、こうなったら仕方がない。ふたりで解決するしか道はない」
またしても事務所のドアを開く。今度は突っ込む事なくしずしずと前に進む。2カイルを過ぎた頃ジョエルはぐらりと眠りかける。
(今だ!)
短剣でジョエルの尻を突く。
「ぐは!」
ジョエルの眠気が吹っ飛ぶ。そのまま前へ突っ込みパンチを繰り出すと、惜しいかな後0.5カイルの所で消えてしまった。
ソファーに戻される。
ジョエルが叫ぶ。
「もう一度だ。もう一度やって出来ないんなら諦めてお前がズズちゃんを呼んでくるんだ。俺はあの異能者を見張っている」
「分かった。ラスト1回だな」
「そうだ。しかし堂々巡りだな、こりゃ。けつもいてーし」
ジョエルがため息をついた。
ふたりはまたしても静かにやせぎすな男に接近する。
前を行くジョエル。ラストの一回だ。ここで仕留めないと大恥をかく。プライドの問題だ。
ジョエルがぐらりとする。クロウが短剣を尻に突き刺す。
「ぎゃお!」
っと叫ぶと、ジョエルはさらに突っ込んで、パンチを出すも届かない。しかしその時!
「がはっ!」
やせぎすな男が後ろに吹っ飛ぶ。3人とも何が起きたのか分からない。分からないままジョエルはやせぎすな男に詰めより、殴る蹴るをして猛ラッシュをかける。
「参った参った、降参だ。3百万は返す」
クロウがジョエルに聞く。
「な、何が起きたんだ」
「俺にも分かんねーよ!」
男の降参を無視してまだまだ拳を振るうジョエル。
「一生俺達に立ち向かおうなんて思えないほど徹底的に痛めつけてやる!」
左右の腕を折り、脇腹を踏んづける。やせぎすな男はすでにぐったりとなり気絶してしまった。
「もういい、ジョエル! 死んでしまうぞ」
「そうだな。それより3百万ビードルはと…」
ようやく本来の使命を思い出したようだ。ふたりで手分けして机の中や、荷物入れなどめぼしいところを探す。クロウが集中し、勘を働かせる。ロッカーの中が怪しい。
そっと開けると目の前に3百万ビードルがあった。それを掴むと眼鏡屋を出た。
確かに射程はあと0.5カイル届かなかったはず。それはクロウも見ていた。
「もしかすると……」
クロウは、水晶玉を取り出すとジョエルを覗いてみる。するとなんと淡くではあるが、赤くなっているではないか!
「お前、異能者になっているぞ」
「何だってー!」
クロウの水晶玉をぶんどり、ジョエルは自分の足を見てみる。確かに赤くなっている。
「ど、どんな異能なんだ?」
「これはあくまでも推測だが、射程の長い距離のパンチをもう一発繰り出せるんじゃないかな。ちょっと試してみよう」
まずジョエルが普通のパンチを繰り出す。クロウは手のひらをそこに合わせ、1カイルの距離をとる。
「さあ、この手のひらに見えないパンチを当ててみろ」
ぶん!
パンチを素振りしたが何も起きない。
「距離が遠かったな」
クロウは一気に0.5カイルに手のひらを移動する。
「さっきはこのくらいの距離だったんだ。今度はいけるだろう」
ぶん!
何も起きない。
「もう少し近づいてみるか。0.1カイル……」
「もういい!」
ジョエルの顔が鬼のようになっている。
クロウはなだめながら口を開く。
「もしかして、実戦でしか出せない異能なんじゃないかな。そういうタイプも十分考えられる」
「なんだか遊ばれた気分だ。まあ、あのひょろひょろ野郎を叩きのめしたのは気分がいいが」
郊外に出て街道を戻る。林の中を進みながらクロウが異能者について語る。
「まずなるべくなら異能を人前で見せないようにすることだ。異能者同士はトラブルになりやすい。分かったな」
「おう」
「異能が発現する時っていうのは怒りが頂点に達した時とか、絶望を感じた時とか、とにかく人生のターニングポイントで発現しやすいそうだ。聞いた話だけどな。お前はあの時怒りの極みにいた。多分それで思わず手が出たんだ。非常に分かりやすい」
「そんなもんか」
「あと、俺の経験では、異能は育てる事が出来るようなんだ。同じ『勘がいい』でも単なる山勘か、剣を避ける時の勘はどこかが微妙に違う。これも俺の異能が育っている現れだと思う」
「なるほど」
「いろいろ工夫することだな。例えば射程の長いパンチを出しながら右手は防御に回すとか。片手のハンデを補うものになるかもしれない」
「それは面白そうだな。自分なりのイメージを作っておくよ」
やっとジョエルの機嫌が良くなってきたようだ。林の中を進み四人は合流した。
「もう、長かったじゃない!てこずってたの?」
「ああ、あの痩せたやつもやっぱり異能者だった。おかしな異能でな、近寄れないんだ。それで俺がな……」
ジョエルが自分の武勇伝を嬉々としてズズに話し始める。肝心なところはぼやかしながら。
その横を馬が2匹通り過ぎる。1人はダブルのスーツに足にはゲートル。もう1人は老人で片目にあの水晶玉を義眼として嵌はめ込んでいる。
「今手配されている者達とすれ違いましたがいかが致しましょう」
「賭場の管理はデーゼだ。放っておけ」
「分かりました。一応4人の居場所だけはデーゼ様に伝えておきましょう」
「勝手にしろ」
「はっ!」
はっきりとした居場所を知られた4人。波乱の幕開けであった。