太陽の夢
「さあ見せてみろ。お前の本気を!」
連日の突きの特訓で体の使い方を覚えたのか、細かい連突きは危ういが、大振りは全くクロウに当たらなくなっていた。
「とどめだ!」
用心棒がクロウの顔に向かって突きを繰り出す。クロウはそれを紙一重でよけ、短剣で胸を突く。少しだけの出血の後、ドタリと倒れ込んだ用心棒。
「やった!」
ジョエルとズズが手を取り喜び合う。
「終わった……」
クロウはそのまま仰向けに寝っ転がった。
しかしその時また用心棒が立ち上がった。
用心棒の傷は心臓よりかなり高い場所にあったのだ。しかもまだ突ききれず浅い。
用心棒が口を開く。
「はぁはぁ。俺の名前はカルムと言う。お前の底力、確かに見た。はぁはぁ。あの応接間で語った太陽の光のような夢、そいつを俺も見てみたい!」
カルムが初めて笑った。
クロウはようやく立ち上がり、頬の出血を確認している。
ジョエルが叫ぶ。
「勝手に見とけ、この狂人め!」
「カルムと言ったな……」
クロウがようやく口を開く。
「そうだ」
「俺の夢は長くなるぜ」
「承知の上だ」
「分かった。じゃあ今日からお前も旅の一員だ」
クロウが手を差し出すと、ふたりはがっしりと握手をする。
「ち、ちょっとおいおいおいおい。な~に二人だけの世界に浸ってんの」
ジョエルが慌ててクロウの所に行き、小声でクロウの耳に口を近づけてささやく。
「俺は反対だからな。何を好きこのんであんな危なっかしい奴と手を組まなくちゃいけないんだ!」
「手加減なしにぶつかってきてくれて、俺の本気を引き出してくれた。あいつは少し危なっかしいが決して狂人なんかじゃない。同じ夢をみる同志だ」
ジョエルはそれでも引き下がらない。
「じゃあ、俺とズズは離れて歩く。突然の攻撃には対処できなくなるからな。それでもいいんだな」
「好きにするといい」
少し離れた所からカルムが声をかける。
「おーい。俺はジラフ様に挨拶をし、旅支度をしてくる。少し待っててくれ」
「もう旅の一員になった気になっていやがるぞ、あいつ」
ジョエルはまだ納得出来ない様子。ズズの所に行き加勢をしてもらう。
「私も反対よ。寝首をかかれたらどうするつもりなの!」
「だからあいつはそんな奴じゃないって。ふたりとも物事の表面しか見ていない。あいつは根底に俺と同じ夢を見ている仲間だ」
ズズがため息をつく。
「こうと決めたら頑固なのね。分かった。仲間と認めるわ」
「ちょちょちょちょおいおい。ズズちゃんまで何を言い出すんだ! いいよもう。俺は勝手に旅を続けるからな」
どうしても折れないジョエル。まあ、時間が立てば解決するだろうとみて、クロウは放っておこうと決めた。
カルムが屋敷から出てきた。上下は濃い緑色のジャケットに大きなリュック。腰にはやはりあの長剣をベルトにくくりつけている。
「だっせー、緑色のジャケットなんて見たことねぇや!」
ジョエルの悪口などおかまいなく、先ほどの狂人のような顔は元のクールな表情にもどり、みんなに声をかける。
「さあ、行こうか」
カルムがみんなを促す。しかしジョエルだけは頑として動かない。仕方なしに3人でジラフの豪邸を出た。
「お客さん、門を閉めますんでお帰りになって下さいませ」
今度は執事のようだ。
「しゃーねーなー」
ズズの大きなリュックを背負い、門をくぐった。
「結局一体何を話した訳?」
ズズがクロウに問う。
「まあ、遺跡に着いたら分かるさ」
クロウの口が重いので、今度はカルムに質問する。
「仲間にも言えない。この話がもし広がると大変な事になる」
こちらも口をつぐむ。
「大変な事になるって……どういう訳?」
「やくざにいっぺんに取り囲まれ、死を覚悟しなくちゃならなくなるかもしれない。それほど大変な事だ」
「私の異能を知らないでしょう。やくざなんか、ぜんぜん怖くないわ」
ズズが手から黒い玉を出し、横に生えている大きな木に当てる。木は一発でぶっ倒れた。
これにはさすがのカルムも驚いた様子。目をひんむき、言葉が出ない。
クロウが笑いながら説明する。
「このメンバーの中では、ズズが最も強力な異能を使う。まあ、怒らせない事だ。ズズもはやらないで。エソナに着いたら教えてやるよ」
ズズは不満顔を横に向け、押し黙る。
「分かったわ。二人を信じる。エソナに着いたらね。絶対よ」
3人は町から離れ林の中を歩き始めた。次の宿場町までは30ガイル (1ガイル≒1km) もある。着くのは夜になる予定だ。
20カイルほど後ろから、恨めしそうな視線を投げ掛けジョエルがついてきた。少しペースを落とすと近づいてきた。慌ててジョエルもペースを落として一定の距離をあける。
「もー、素直じゃないんだから」
ズズがあきれ顔をしてジョエルの方に行く。
「しかしお前も異能者だろう。あの剣術がそうか?どう見ても普通の剣術にしか見えなかったが」
「剣術は我流でやってるやつさ。俺の異能は全く別物だ」
「例えばどんな」
「まあ、今に分かるさ」
大木の影からふたりの男がこっちを覗いていた。
やせぎすな背の高い男と、小太りな男。
小太りな男が念じると、クロウの膝がガクンとなった。
「どうした」
「いや、なんでもない。しかし疲れているのかな、体がやけに重い」
「そうだな、俺もそう感じている」
と答えるカルム。
ふたりの体は更に重くなり歩くのがやっとの状態になった。
ずん。
遂に片膝をつくクロウ。カルムは両膝だ。ふたりは街道に仰向けにひっくり返ってしまった。
「こ、これは…」
「異能者か!」
そこへふたりの男がにやにやしながら近づいてくる。
「大変な事になったなー、おふたりさんよ。お前らはグイード・アル・バンダで今日お尋ね者の張り紙が一斉に貼られちまったんだ。しかもDEAD OR ALIVE、生死を問わずだ」
どこからどう漏れたのだろう。思い当たるふしはあの水晶玉をくれた親方しか思い付かない。
「グイードにはな、相手の記憶を自在に操る者がいるんだよ。それで宿場町ごとに賭場を開いている者の記憶をたどっていくと、なんと全勝している奴等の存在が浮かび上がったのさ。つまりお前らの事だ」
ずん。
更に体が重くなるふたり。
「まずは金を返してもらうぜ」
やせぎすな男がそう言うとクロウのリュックを探り始めた。
何の抵抗も出来ない。しょせん自分は劣等異能者でしかないのか……
「ひゅう。札束が出てきたぜ。それに3つも。生かして帰るのも面倒なんでここで死んでもらう。悪く思うなよ」
その時である。カルムがジャケットのポケットから糸の束を取り出すとその先端を投げ、真っ直ぐにやせぎすな男の首に糸の先を絡からめてぐいっと引っ張った。
「俺達は負けない!どんな事が起きようとも。今の腐った世の中を正すために。成し遂げなければならない事がある。ほんの少しでも希望がある限り!」
やせぎすな男は首を絞められ、もがき苦しみ始めた。
カルムはもう一方のポケットからも糸を出し、次は小太りの男の首に糸を絡ませる。
重力は更に強くなり、肺が押し潰される。息をするのもたえだえとなってきた。
「太陽の光のような夢!その未来が待っている限り俺達は負ける訳にはいかないんだ!」
カルムが絶叫する。そして首を絞める力をますます強めていく。
重力と、糸の縛りの我慢比べとなった。絞める力が強くなるにつれ重力が少しづつ弱くなっていく。
「どりゃー!」
小太りな男が背後から飛び蹴りをくらい前のめりにつっぷした。ズズがやっとジョエルを説得したのだ。
そのとたん重力が元に戻った。荒い息をし、クロウとカルムは座り込んだ。
ジョエルは小太りの男を滅多うちにし始める。形勢は一気に逆転し、ヤバいと見てとったやせぎすな男は金だけを奪い、前の町に一目散に走り出した。
ズズが黒い玉を飛ばす。しかしコントロールミスだ。かすりもしなかった。
「ズズとカルムはここにいて荷物を守ってくれ。俺とジョエルが追跡する」
クロウがそう言い残すとふたりは一斉に走り出した。