片目の用心棒
ズズと一緒に旅をするようになってから旅路が華やいだ。ズズは薄手の長袖シャツに下は動きやすいようにパンツ姿だ。
街道沿いの少しだけ発展した町を進んでいる。
「ズズちゃん荷物交換しようか? 重いだろう、そんな大きなリュック」
「本当に? 助かるわ~」
ジョエルとズズが荷物の交換をしている。相変わらずジョエルの鼻の下は伸びっぱなしだ。
「軽い~! 何が入っているの?」
「下着の換えだけさ。あとはトイレをしたくなった時のちり紙」
「あ~分かる。ちり紙は必需品よね」
などなどどーでもいい無駄話をしながら先へ先へと進む。
「ふたりとも。話がある」
ジョエルとズズが無駄話をやめてクロウの話に聞き耳をたてる。
「俺は野暮用で会わなけりゃならない人物がいる。この町に住むサリュード・ジラフっていう豪商だ。この人にスポンサーになってもらいたいんだ。難しいかも知れないが当たって砕けろだ」
ジョエルがすっとんきょうな声を出して尋ねる。
「スポンサー? なんか俺らに売りになるものでもあるのか」
「まあ、……な。説得してみる価値はある」
町の人々に尋ねてまわると、ジラフの豪邸は直ぐに見つかった。
門が閉まっている。まあ当然か。門の右側に鐘があった。これを叩けばいいのか。
備え付けのトンカチを握り、カン、カン、カンと鐘を鳴らす。しばらくすると執事と見られる若い男が出てきた。しかし執事ではないことが一目で分かった。腰に長剣をくくりつけていたからだ。
「用事はなんだ」
「私の名前はクロウ・ベンナと言う。ジラフ様に会いたい。ビジネスの話だ」
「後ろのふたりは」
「まあ、用心棒のような者だ」
「入れ」
以外とスムースに入れた。この男は用心棒なんだろう。さっそく水晶で見てみるとやはり赤く輝いている。
「5日ほど前に暗殺者がもぐりこんでな。危機一髪だった。悪いが交渉の場にも同席させてもらう」
顔をよく見ると右目が潰れている。クロウがじろじろ見るので、自分から話しはじめた。
「この目か? 前に強盗に襲われてな。その時の傷さ」
玄関にまわり、男が戸を開けた。
「ここで待っていろ」
男は建物の中に消えていった。
しばらくしてあの男の声が右側から聞こえてきた。
「おーい、いいぞう入ってこい。ただし1人だけだ」
「なんだよぜんぜん信用されてねーな」
ジョエルがつぶやくとズズが答える。
「なんか暗殺にあったみたいじゃない? きっとそのせいよ」
「なんだか知らないがまあ、頑張れよ」
ジョエルが鼻をこすりながら激励する。
(こいつは人の台所事情も知らないで )
「まあいいや。行ってくるよ」
用心棒についていき、応接間に通される。見事な調度品があちこちにあり、圧倒されるクロウ。
ジラフと思われる老人が、ソファーから立ち上がり握手を求める。
「外は暑かっただろう。まあ座りなさい」
「お初にお目にかかります。私はクロウ・ベンナと申すものでございます。今、私と共の者が東の果てのエソナ島に向かって旅をしています…」
女中が出てきて、冷たい茶をクロウの前に置いていく。用心棒は腕を組み、相変わらずクロウの横に立ったままだ。
「聞いた事はあるでしょう。失った体の欠片を再生するラボがあるということを。私の同伴者は、その目的で旅を続けております。しかし私の場合は少しだけ違うんです。それは……」
「お茶ですよ」
女中の1人がジョエルとズズに茶を振る舞う。
「お、ありがとう」
「ありがとうございます」
女中が笑顔で去っていく。
「…にしても遅せーなー」
ズズが聞く。
「なんでスポンサーなんか募るのかしら」
「まあ、俺達の旅には経済的に制限があるんだよ。ズズはクロウの異能を聞いただろう。賭場で百発百中で当てることができるって」
「じゃあどんどん稼げばいいじゃない」
「そこが難しいところなのさ。この国のほとんどの賭場は、グイードなんとかっていうやくざの組織が運営してるんだ。つまり稼ぎ過ぎるとやくざに目をつけられて最悪殺されるかもしれない」
ジョエルは親指を立て、首を切るジェスチャーをした。
「だからスポンサーを募るなんて考えだしたんだろうよ。まあ、無理だろうけどな。だって俺達の体の欠片を治したところでジラフさんには何のメリットもないじゃないか」
ズズが更に突っ込む。
「でもおかしいわね。クロウはどこにも障害がないのになんで旅をしているの?」
「なんだか超高度文明の兵器を手に入れるとか言ってたなぁ。そんなものあるかどうかも分かりゃしないのに。ところでズズちゃんは何月生まれなんだい?」
「10月生まれよ。10月のキリン座。そっちは?」
あまり興味無さそうにズズが聞く。
「俺は4月生まれのショーマ座だ。英雄の星座だぜ。ショーマの神話は知ってるだろう。戦闘機であのアルファ星の戦闘機をこれでもかって撃ち落としたっていう話」
「知ってるわよ。小学生で社会の歴史の授業で最初に出てくる神話じゃない。で?相性はいいの悪いの」
ズズが冷ややかに言う。
「ベリーグッドだよズズちゃん」
「あ、そう」
更に冷ややかだ。
そんなやり取りをしているうちに、クロウが応接間に向かって頭を下げて玄関に帰ってきた。
「どう、うまくいったの」
ズズがはやる。
「どうだ!」
クロウの手を見るとなんと札束が3つ。3百万ビードルを手にしている。
ジョエルが飛び上がる。
「なんと!」
「やったわね! クロウ。どう言いくるめたの?」
「内緒。これで金が尽きそうになった時、町の金持ちを相手にスポンサー契約をしてもらえる自信ができたよ」
「何よ~、教えてくれたっていいじゃない」
ズズがせがむもクロウは笑ったままだ。
すると、あの用心棒が現れた。
「お前に決闘を申し込む」
クロウ達が外に出ようとすると、いきなり剣をすらりと抜く。
クロウは慌てて玄関を出る。用心棒が追いかける。
ジョエルが出ばって用心棒が剣を持っている右腕を下から蹴上げる。しかし剣を離さない。
「狂ってやがるのか、お前は!」
ジョエルが吠えるも表情を変えずに大声を出す。
「お前は手を出すな!」
「出すも出さねーもこっちの勝手だ。俺はクロウと用心棒の契約を結んでいる。俺を甘く見るなよ。痛い目にあうぜ」
用心棒はジョエルには構わずに、木陰に隠れていたクロウを追いかける。クロウは観念したのか、自分の短剣を腰から抜く。
用心棒が袈裟懸けでクロウを斬る。しかし勘でぎりぎりかわす。
返す刀で3連突きだ。1、2発は勘で避けたが、3発目は体がついていかなくて、頬に食らってしまった。
どばっと血が溢れる。しかし、クロウは崩れない。怯ひるまない。
( ここで俺が死ねば母さんもミューゼも浮かばれない。落ち着け!こんなところで倒れる訳にはいかないんだ!)
「このやろう!」
ジョエルが用心棒の背中に飛び蹴りを食らわす。
「男と男の勝負に割って入るんじゃねーよ!」
ぶん!っとジョエルの足を狙って大振りしてくる。ジョエルはそれをなんと足の裏で受け止めた。
またジョエルに関心が無いかのように、くるりとクロウの方に向き直る。
次は胴を狙ってくる。クロウはまるでスローモーションを見ているかのように勘で次の攻撃が分かる。自分でも驚くほどだ。
勘と言うよりほんの瞬間の未来予知に近い。敵の攻撃がだいぶつかめてきた。