黒い玉の女の子
その時、「コーッ!」という音がして、何やら黒い大きな玉が、一直線に龍の首を捉えた。
玉は同じ体積だけの龍の首をえぐり取る。一発だけでは弱かったようで2発目が飛び出してくる。
今度は龍の顔の半分を削っていった。
「ぐぉー!」
龍が苦痛にもがいて首を振っている。
クロウは心臓がドキドキしながらもその一部始終を路地裏から覗き見ていた。
見るとまだかなり若い女の子が龍の前に出てきた。顔はよく見えないが、落ち着き払っている様子だ。
「なんだ、何が起こっているんだ?」
「今、地擦り龍と女の子が戦っているんだ!」
「何だってー!女の子が?」
「どうやら体から黒い玉を出して、それを龍にぶつけているようなんだ」
「黒い玉……なんだそりゃ」
クロウはまた視線を地擦り龍に合わせる。女の子はどうやら手のひらで黒い玉を作りそれを龍にぶつけている様子。クロウの頭の上からひょっこり顔を出したジョエルもその光景を見つめている。
手のひらに大きめの玉を出した女の子は、もう一度龍の首を狙うと玉を飛ばして首に命中させる。
スパン!
黒い玉は首に当たり龍の頭部はぐらりと地に落ち、地擦り龍はどたりと倒れてしまった。
「そこのふたり。もう大丈夫よ。龍は死んだわ」
女の子はクロウ達の事もお見通しだったのだ。
ビビりながら出ていくと、まだあどけなさが残る顔を上げ、どうだと言わんばかりにふたりを見ている。
「あなた達ラッキーだったわね。私が通りかかって。でないとそっちのデカイお兄さんの方から龍に食べられていたわよ」
「しかし君の異能は凄いな。あんな怪物を倒してしまうなんて」
クロウが驚いた声で称賛すると女の子は照れたように上目遣いでクロウを見つめる。
町に明かりが灯り始めた。人々がおそるおそる出て来て龍の死骸を見て狂喜乱舞し始める。
「本当にありがとうございました!」
町の人々が口々にお礼を言ってくる。まあ、悪い気はしない。倒したのは女の子だが。
「これで宿に泊まれるわね」
女の子はその光景を見て満足そうに笑みを浮かべた。
近くで見るとかわいい女の子だ。とてもあの怪物を倒したとは思えない。
クロウが尋ねる。
「俺の名はクロウ、でこいつはジョエル。君の名は?」
「ズズよ。変な名前でしょう。でも気に入ってるわ。今旅の途中なの」
「どっちに向かってるんだ」
「東よ。東の果てのエソナ島っていうところに向かってるの」
ジョエルが口を挟む。
「エソナ島か! 俺達もエソナ島を目指しているのさ。とにかく開いた食堂を探して飯を食いながら話さないか」
「いいわよ。おごってくれるんならね」
ちゃっかりした子だ。
営業を再開した食堂に入りカウンター席に座り、そこの主人に事の顛末を聞く。
「もう10年も前になりますか、この辺りは繁盛した宿場町でした。しかしある夏の夜、あの龍が突然現れ、人を食い始めたのでございます。龍っていうのはどうやら夏に産卵するようで、その前に人を食って栄養をつけるらしいんです」
手際よくチャーハンを作りながら主人は肩を落とす。
「あたしのところの親戚もあの龍に殺られてしまいました。最後の絶叫は今でも耳に残っています」
出来上がったチャーハンを皿に分け、3人前カウンターに差し出していく。
「人々は龍が現れる午後8時前に店をしめ、9時に再開するようになったんです。お客さん達には大変ご迷惑をおかけしました」
「でもその龍も死んだぜ。そこのねーちゃんの手にかかってな。わははは」
「本当にお礼の言葉もございません。本日は無料でサービスいたします」
「そういえば、ズズはなぜエソナ島に行くんだ。見たところ別におかしな所はないみたいだけれど」
クロウが素直に聞くとズズは左の髪をかきあげた。そこには耳がなく、小さな穴しか開いていなかった。
「ごめん、悪い事を聞いたかな」
ジョエルが割って入る。
「本当にもうこいつったらデリカシーの欠片かけらもないんだから。ごめんね、ズズちゃん」
ズズが答える。
「いいのよ。耳の事は訊かれ慣れているから。ところでエソナの超高度文明って本当に存在してると思う? そして失くした耳を再生できるって噂の域を出てないんじゃない?」
「そんな事はないと思うぜ。俺は左手が再生できないと将来設計がダメになる。なにがなんでもあってくれないとひじょーに困る。ご主人、チャーハン大盛でおかわり」
「あいよ」
いつの間にか席が半分ほど埋まっていた。これでこの宿場町の平和も元に戻るだろう。
ジョエルの前に大盛チャーハンがどかりと置かれる。がつがつと食うジョエル。負けじとクロウもおかわりを頼む。先ほどの地獄の特訓で腹が減ってしょうがなかったのだ。
ズズを水晶玉で見てみると、強力な異能を持っているだけあって真っ赤に光輝いている。
「ズズちゃんは何歳なんだ?」
「18歳よ。もっといってると思ってたでしょう」
ジョエルのデリカシーのない質問にも淡々と答えるズズ。
「18歳か。成年だな」
「だからなんだよ」
クロウがちゃちゃを入れる。
「いやね、俺が22歳だから4歳差だと思ってな」
「だからどういう事なんだよ」
するとズズに見えないように、肋骨にきつい貫手ぬきてが入った。
「ぐふっ」
危うくチャーハンを吹き出しそうになるクロウ。
「ばーか。そこら辺は察しなよ。ねーズズちゃん」
ズズは愛想笑いを浮かべた。
クロウは19歳。なぜだかワクワクし始める。
「ところでふたりとも異能者なの?」
ズズの質問にクロウが答える。
「こいつは普通の奴だ。ただし空手家で強さが半端ない。左手がないハンデを持っていてもケンカとなると一方的に相手を倒す。俺の用心棒だよ。俺は異能者だ。しかし貧弱な異能でな~『勘がいい』ただそれだけの異能者なのさ」
クロウが肩をすくめてみせる。
ズズが笑う。そうであろう、ズズにとってはお遊びのような異能だからだ。
「ズズ、できることなら一緒に旅をしないか」
クロウが提案する。
「そうねぇ、わたしはボディーガードなんか要らないし、困る事はないけど、話相手は欲しいわね。いいわ。ついて行ってあげる」
強力な異能者が仲間になった。3人で誓いの盃を交わす。
ジョエルが明らかに機嫌がいい。おそらく一目惚れでもしたんだろう。
飯を食い終わった。あとはシャワーを浴びて寝るだけだ。
宿屋を探してまわる。すぐ近くの看板にランプが灯っている旅館を見つけた。ランプが灯っているのは営業中のサインだ。3人はその旅館に入っていった。
「お前のその瞬間移動の異能が欲しかったんだ……」
腕にさそりのタトゥーを入れている男が座り込んでいる男に迫る。
座り込んでいる男は恐怖のため立ち上がれない。そもそもここは檻おりの中。逃げ回る事も出来ない。
「さあ、俺の血肉となれ!」
さそりの男の背後から10本ほどの管くだが出て、その管の先からは太い針が出ている。管はうねうねとまるで一本一本に意志があるかのように動き回っている。
座り込んでいる男が懇願こんがんする。
「ミスをしてすいませんでした。しかしあの程度のミスで何も殺さなくともいいでしょう!次からはノーミスで成し遂げますよ。豪商のジラフの暗殺を!」
「俺はお前の瞬間移動の異能が欲しいんだよ……どんなミスなんかどうでもいいんだよ……」
さそりの男はぶつぶつ繰り返すだけだ。
針が一斉に男に迫る。
「畜生!」
座り込んでいた男はさそりの男の背後に瞬間移動して回り込む。しかし一本だけ針が背後に回っていた。
ズブリと針が腹を貫く。そして猛毒を注入する。
「がはっ!」
どさりと男は床に倒れる。男の息が荒くなり目玉が真っ赤に充血し、やがて呼吸が止まる……
「うおーー!」
さそりの男は片足で死体を踏みつけて体内の熱が上がっていくのを感じ、叫ぶ。
そう。異能で異能者を倒した者は倒した相手の異能を手に入れる事ができるのだ。そうして強い者はさらに強くなっていく。
もちろん異能で人を殺したことがないクロウもズズもそんな事は全く知らない。
「我は成し遂げたー!」
さそりの男はさっそく瞬間移動の異能を使ってみる。檻の中では自由に瞬間移動ができた。だが檻から外に出ようとしても鉄柵にぶつかってそれ以上進めない。
「なるほど」
そうやって長所と短所をつかんでいく。
強大な敵がまたひとり生まれた。