亡霊の宿場町
クロウとジョエルは賭場で連勝を重ねていた。クロウが賭けた方にジョエルも昼間拾ったコインを賭ける。種銭が膨らんでいき、双方3万ビードルほどを手にした。
賭場から離れたところにある屋台で雲湯麺をたのむと、タッグを組んだ祝いに盃さかずきを交わす。
「本当に便利な異能だな。もっと稼げばよかったのに」
「あまり稼ぎ過ぎてもよくないんだ。ここドーネリアって国には『グイード・アル・バンダ』っていう賭場ギルドがあって、目をつけられたら始末されるかも知れないんだ。ほどほどにしか勝っちゃいけないんだよ」
「加減が大事っていう訳か」
クロウがぐい飲みで2杯目を飲みながら答える。
「そうだ。なるべく目立たないように手加減しながら勝たなくちゃいけない。バランスが大事なんだよ」
「『グイード・アル・バンダ』か。どっかで聞いた事があるな。賭場ギルドっていうよりも売春、ヤクの売買、借金の取り立てなど幅広くやっているって噂だぜ。敵に回したら厄介だぞ」
ジョエルも2杯目を手酌で飲んでいる。
「ところでその異能は生まれつきなのかい」
「そう、子供の頃なんとなく『俺は勘がいい』って気づいてな。意識して集中すると、トランプでほとんど負けないようになっていったんだ」
「トランプでか。相手は嫌がっただろう」
「そうだな。結局トランプをする時は仲間はずれにされるようになったよ。今では笑い話だがな。それから手加減する術すべを身に付けたのさ」
よもやま話も尽きてくると、代金を払い店を出た。まだ夕方だ。協議の結果次の宿場町まで足を運ぶ事にした。
ジョエルの荷物といえば小さなリュックだけ。そこに下着の着替えと財布と、何かあった時の用心にヌンチャクをぶら下げている。
「俺はこの旅が終わったら故郷のラマダニア王国に自分の道場を立ち上げるつもりだ。もちろん師匠の許可も取っている。繁盛させて結婚するのが俺の夢なんだ」
ジョエルはからからと笑う。話しやすくていい兄貴分といったところか。何よりも楽天的で性格が明るい。
「ところでなぜお前はエソナ島を目指しているんだ。見たところどこかに障害がある風でもないし」
「ある深い訳があってな……ちょっと話が長くなるぜ」
「時間はたっぷりある」
クロウは家族がブラック・ギースに襲われたところから話していった。
「でも俺は臆病者だ。母と妹の仇討ちなんかこんな劣等異能者ではとてもじゃないが成し遂げられない。それであいつらを殲滅する方法が何かないかと思ってエソナ島に旅に出たんだ。たとえば絶対に負けない武器でもいい。超高度文明だ。何か転がっている筈だ」
「なるほどな。目的は違えど応援するぜ。そうだな。武術でも教えてやろう。何かと役にたつもんだ」
「それはありがたい。是非ともお願いするよ」
「じゃあ今日の夕方からさっそく稽古だ」
街道を3時間ほど歩いたところで一旦中休みだ。ジョエルが腕を組み仁王立ちしている。
「さあ、今から稽古だ」
「望むところだ!」
まずは短剣を抜いて基本中の基本、中段への突きの練習だ。
「一点に集中させるんだ。そんなひょろひょろあやふやな突きじゃあかすりもしないぜ」
ジョエルがクロウの姿勢を直す。
「もう一度!」
クロウが突きを出す。
「だめだだめだ。もう1回!」
何度やってもだめ出しだ。ジョエルがお手本を見せる。
「こういうふうに腰をひねるんだ。すると威力が何倍にもなる」
今のジョエルの動きを頭に入れて、腰を落とし突きを繰り出す。
「そうだ。やっと良くなってきたぞ。空手に剣術はないが、武器は手の延長とも言う。基礎訓練で体の使い方を覚えるんだ。じゃあ俺は休んどくんで、今の突きを千回集中してやっておくんだな」
千回! 今日中に終わる気がしない。しかし百回はあっという間に終わった。これを十回繰り返せばいいと思うと気が楽になった。
そしてあの悪夢の夜を思い出す。腹の底から怒りが沸々と湧いてくる。それを励みに基礎訓練を繰り返す。
ジョエルの方は草の上で居眠りをしている。いい気なもんだと少し腹がたったが、こっちはただで教えてもらっている身だ。言われた事を愚直にやるしかない。
西日が沈み、1時間 が経過した。ジョエルが起き出してきた。
「まだ終わらないのか」
大きなあくびをしながらクロウを見る。983、984……
千回が終わった。ようやく成し遂げた達成感。汗でシャツはずぶ濡れである。ジョエルがニコニコしながら悪魔のような事を言う。
「これを毎日やるんだ。そうだな~1週間程度でさまになってくるさ」
「い、1週間!」
「基礎固めが大事なんだよ。まだ基礎も身に付けてはいない。きついとは思うがそれくらいは覚悟しなくちゃな」
空手の稽古というのは、なんと厳しいのか。絶望的になるクロウだった。
次の宿場町にはすぐに着いた。しかし様子がおかしい。まだ夜8時というのに、出店はおろか、ひとっこ1人もいない。
商店街も雨戸が閉まったままだ。まるで亡霊の町のようだ。
クロウとジョエルは食堂や宿屋の雨戸を片っ端からドンドンと叩いていった。
「中に人がいるんでしょう!なぜ出て来ないんですか。開けてくださ~い!」
叫べども叫べども返事がない。まるでクロウ達から隠れるように。
そう大きな宿場町でもないので、すぐに隅から隅まで行き着いたがどうしても出てこない。とにかく人の気配が全くない。クロウは勘を働かせ、ここは間違いなく人がいるだろうと思う宿屋の玄関を必死に叩き回した。
しかし結果は同じ。隠れたままだ。
すると遠くから何やら音がする。ずりっずりっと地を這うような音が。
やがてそれは少しづつ大きくなり、街道を進んでくる。
月明かりに照らされたその正体は体高が20カイル以上もある地擦り龍 (手足がない龍)だった。こいつのせいで死んだような町になっていたのだ。
ずりっずりっと地を這い、人間がいないかどうか探りながら進んでくる。クロウもジョエルも別々の路地裏に身を隠し龍が去って行くのを待っている。
するとジョエルの方がついバケツにけつまずき大きな音を出した。首をそちらへ向ける地擦り龍。
絶体絶命である。しかしジョエルはなんとか龍の牙をすり抜け、なんとクロウが隠れている路地裏に入って来たではないか。
「なんでこっちに来るんだよ!」
「仕方がないだろう。行き場がなかったんだから。それにこっちの方がかなり狭いだろう。龍の首が入ってこれないよ」
「自己中だなあ」
「人生はサバイバルだ。悪く思うな」
龍はふたりがいる路地裏の前に方向転換し、頭部を突っ込もうとあがいている。その臭い息で鼻が曲がりそうだ。
「俺達食われるのかなあ…」
と、ジョエルがため息をつく。
「後ろは行き止まりだ。どうしようもない。朝になればだれかがやって来て助けてくれるさ」
クロウは震える声で自らを鼓舞する。
龍は建物の横の壁をガリガリかじり始めた。少しずつ少しずつ前に進んでくる。
「「ひー!」」
ジョエルが思わずクロウに抱きつく。
クロウもジョエルも後ろに後ろに下がって行く。
龍の動きが止まった。口は入ってきても、つのが邪魔しているのだ。少しはほっとしたふたり。
しかしこのままで終わるのか。朝までまだ遠い。