クロウ旅立つ
荒野を東へ東へと旅をしている若者がいる。年は二十歳くらい。首には魔よけのネックレスがじゃらじゃら音を立てるほど巻かれ、赤紫のシャツをまとい、蛇よけの皮のブーツを履いている。腰には護身用に短剣が1つベルトにくくりつけられている。
荒野の土は焼けるほど熱く、日射しは容赦なく若者の体力を奪っていく。若者…クロウは一本だけ生えている木の木陰に座り込むと水筒を取り出し水をごくごく飲んで一休みだ。
そしてあの悪夢の夜を思い出す。
「あっひゃひゃー!この家に可愛いねーちゃんがいるっていう話だぜ!」
家に火矢が放たれ壁が燃えはじめる。数十人がクロウの家を取り囲む。必死になって病弱な母をおぶり火の手の中、妹と一緒に外に出た。
待ち構えていたようにクロウも妹も縄で首を絞められる。クロウはいいように殴る蹴るされ、どたりと地面に突っ伏す。母はすぐに剣で心臓を突かれ息絶えてしまった。
「母さーん!」
顔をどすりと踏まれ、妹が連れ去られる光景を見た。
「ミューゼ!ミューゼーー!!」
数にものを言わせ、人の命を尊厳を踏みにじる、最も下劣な奴ら……しかし今のクロウにはなんの抵抗する力も気力もない。クロウも心臓を剣で貫かれ死んだ…かに見えたが、奇跡的にも心臓の横を貫通するだけで済んだ。
ギャングたちの名は「ブラック・ギース」、札付きの悪たちの集まりだ。クロウが住んでいる地方では最も恐れられている存在である。
3日後、山のなかでずたぼろになった妹の遺体が発見された……
はじめは単身たむろしている場所に乗り込んで、破れかぶれで復讐しようと考えていたが諦あきらめた。数十人を相手に1人で歯向かっても万に1つの勝ち目もない。
それにそんな勇気が無い事は、自分自身が一番分かっている。多分1人も倒せないだろう。泣き寝入りするしかない。
そんな臆病な自分を責めることひと月、傷もいえてきたころクロウはある計略を立てる。心の内側にその計略を秘め、クロウは旅に出た。東の果てに存在するエソナ島にあるという、3千年前に滅びてしまった古代の超高度文明の遺跡を調べるために。
この星には「異能者」と呼ばれる者達が存在し、異能者でない者からは多少の畏怖の目を向けられているが、普段は人々の中に紛れ込んで普通に暮らしている。
クロウもその1人だ。しかし非常に貧弱な異能で、ただ「勘がいい」という普通の者とそう大差はない程度の能力である。
夕方になりやっと宿場町に到着した。適当な宿を見つけ部屋に案内されると、リュックを下ろし飯を食べに屋台を探す。
と、その前に飯代稼ぎだ。出店でみせでやっている賭場を見つけた。
男達が集まって鉄火場となっている。クロウは人混みをかき分け最前列に陣取る。
賭場を仕切るのはなんと十八歳くらいのまだあどけない顔をした少年である。しかし手加減するつもりは毛頭ない。
やっている賭け事は簡単な丁半博打だ。男達が金を賭けていく。
「丁!」
「半!」
「皆さん出揃いましたね」
少年がツボを開けてサイを見せる。
「イチニの半!」
博徒達からため息がもれる。が、クロウは当然のように勘で当て、金が回ってくる。
その後も時々負けてやりながらも連戦連勝を重ね、手持ち資金は5万ビードル (1ビードル≒1円)を突破した。
この辺りで引き上げだ。あまり取りすぎるのもよくない。胴元のやくざに目をつけられたら厄介だ。金を袋に入れ、また人混みをかき分け鉄火場を去っていく。
食堂に入り、日替わり定食をたのむ。
それを口に運びながら妹と母の事を思い出す。思い出す度に猛烈な怒りが湧いてくる。旅に出てからひと月だ。妹が殺された日からもう2ヶ月が経つ。
静かに燃えるような復讐心が煮えたぎる。しかし今はそれをぐっと胸に秘め、定食をかきこんでいく。
宿に戻り2階の自室に鍵をかけ、ブーツを脱ぎ捨てベッドに倒れこみそのまま眠りについた。
2時間ほど眠ったであろうか。嫌な予感がしてクロウは目を覚ました。薄暗い部屋を見回すとなんと壁から足が生えているではないか!
薄目を開けて見ているとじわりじわりと音を立てないように体の半身が出てきた。
(異能者だ!)
さらによく見ているとやっぱりというか納得というか、先ほど賭場を開いていたあの少年だった。
つけてきたに違いない。少年は棚に置いてあるクロウのバッグに手をかけ、それを引っ張る。クロウがバッグに飛びかかってももう手遅れで、バッグも壁をすり抜けて隣室に吸い込まれていった。
勢いよく隣室に向かうクロウ。しかしもう気配はない。そのまた隣室にもいない。
自慢の勘を利きかせると大胆にもクロウの部屋にいるではないか。
取って返すクロウ。ドアを開けると仰天した。なんと床に沈み込んでいるところだったからだ。
急いで廊下を走り階段を下りる。宿屋のフロントまで走ってみても暗闇が広がるだけで人気ひとけがない。すでに逃走してしまったと思える。
クロウは玄関から外に出て、神経を集中させる。
右、左、真っ直ぐ。クロウは迷いなく右に向かう。
さらに左、右、左と勘を頼りに路地裏を走って少年を追跡する。
バッグの中には財布の他に、旅をするのに欠かせない通行証が入っている。最悪それだけは取り戻さなくてはならない。
(見つけた!)
貧民街にある、平屋のあばら家。ここに間違いない。入っても危険はないとクロウの勘が告げている。
短剣を抜き、勢いよくドアを開ける。
いた!あの少年である。その他に4人の幼い子供達が、驚いた表情でこちらを見つめている。
「さっきはよくもコケにしてくれたな!」
クロウは声に凄すごみをきかせ、短剣を少年の顔の前に出し、ゆらゆら揺らす。
少年がガタガタ震えはじめた。大きい子供が小さい子供をかばって抱き合っている。これではどう見てもクロウが悪者である。イヤな汗が流れる。
「さあ、バッグを返せ。命だけは助けてやる」
少年はバッグを持ってきた。クロウは財布の中身と大切な通行証を確認する。
「ごめんなさい。ノルマを達成しないと親方に殴られるんだよう」
「ノルマっていくらだ」
「1日10万ビードルさ。で僕の手取りは千ビードルなんだ」
「千ビードルだって!少なくとも1万ビードル貰もらわなきゃやっていけないだろう。ひでー親方だな。それでこんな貧乏暮らしなのか」
クロウの心は一気に怒りと同情に傾いた。短剣を握る手がわなわなと震える。
「親方は今日も来るのか」
「いや、週に一度だけ集金に来るんだ」
少しだけほっとしたクロウである。やくざとやり合うつもりはない。
「親方もグイード・アル・バンダっていう組織に属しているんで、上納金をまとまった額を納めないと酷ひどい目にあわせられるらしいんだ。みんなせっぱつまっているのさ」
(恐怖による支配か。どこもここも腐ってやがる)
「グイードには幹部が3人いて、その頂点にボスがいるんだ。ボスの正体や名前は幹部しか知らないらしいんだ。僕みたいな下っぱは、言われるままにやるだけさ」
少年の目に涙がにじむ。
(悪の組織も階層社会か……あまり関わらないようにしよう)
クロウは財布から3万ビードルを取り出し少年に手渡す。少年は驚いた様子でそれを受けとる。
「兄ちゃんは案外いい人なんだね」
なんだかむず痒い気分だ。
「お前、いつから賭場の親なんかやっているんだ」
「16の頃からだよ、もともとお父さんがやってたんだけど死んじゃったんだ。それで仕方なく跡を継いだんだ。弟達を食わせていくためにね」
「いつかは足を洗えよ。じゃあな」
クロウがバッグを担いで出て行こうとすると、いきなりドアが開いた。
「ポート!ポートはいるか!」
「親方だ。今日は来る日じゃないのに!」
一気に緊張が走る!