異世界メンテ
新作です。よろしくお願いします。
『知らない天井だ』
――いや、ここ天井なんかないんじゃが
『意識を取り戻したことを伝えるのにここまで的確な表現があるだろうか。いや、ない』
――魂だけの状態でそこまでボケ倒せる図太さは大したものじゃの
『ザオ○ク!』
――ナチュラルに自力で生き返ろうとせんでくれるかの
――神様的な規定で肉体が蘇生できる状態の魂と会話することは禁じられてるから誰にも不可能なんじゃが
『なんだってー!』
――話を先に進めるとするかのう
――おぬしがうすうす予想してるパターンにも有るのじゃが
――おぬしにはこれからおぬしが今まで生きていたのとは別の世界に行ってもらう
『生き返れないことにショックを受けてる相手にそれはひどい!』
――わざわざ言うまでもないことじゃが魂だけの相手の心を読むなんて造作もないからの?
『あっ、はい』
――ここでごねるようなら別の魂を選ぶだけじゃしのう
『ごねません! 神様大好き! チート! 俺TUEEEEE! ハーレム!』
――隠せないからってそこまであけすけに言うのじゃな
『それで、どんな世界なんですか!』
――
――――
――――――
――おぬしさっきから話長いとしか考えとらんがちゃんと聞いておるか
『つまり、神様が試練を課し、世界の成長を促していたけど最近伸び悩んでるから異世界の魂を取り入れてみようって話ですね!』
――理解しておるとは思わなんだ
――魂が循環する中で成長するにも限りがあるからのう
『そういう裏事情とかは良いんで要点とチートだけお願いします!』
――やっぱり別のものを選んだ方が良い気がしてきたが、魂の力も理解力も規定値を満たしておるんじゃよなあ
――あちらの世界で魂持つものが死ねばその魂は大いなる源流に還り、そこから新たな魂が生まれる
――つまりおぬしがあちらで死ねば異世界の魂が取り入れられて停滞の時代が終わる
――チート要らんじゃろ
『必要です! 俺の魂を直接大いなる源流にダイレクトシュートしないってことはある程度ちゃんと生きなきゃダメなんでしょ! チートハーレムがないと生きるモチベーションを保てません! 異世界チーレムはよ!』
――なぜこうも変に鋭いのかのう
――世界に大きな影響を及ぼさない範囲で、快適に生きられるくらいの加護なら授けてやるからとっとと選ぶのじゃ
『影響を与えない範囲が案外広そうなことはわかりましたがパッと思いつきませんし選べません! 神様なら俺の記憶や俺の世界の流行りから最適な組み合わせを授けてくれるって信じてます!』
――心読めるって言っておるじゃろ
――どれだけ列挙するんじゃ
――ここまで図々しいものなのじゃな
『あざまーす!』
――世界におぬしを落とす前に、生前の記憶を消すぞ
『え!? あんな黒歴史やこんな黒歴史もきれいさっぱりですか? やったぜ!』
――もうちょっと不安とかないのかの
――記憶の連続性に個の定義を見出さない文化ではなかったはずじゃろ
『神様に逆らうとかできないんで! 黒歴史が消えるならそのくらい!』
――余計なお世話かもしれんが思い出深い記憶や知識的なものは残すからの
――名前や交友関係なんかの、元の世界におぬしを縛る記憶はダメじゃ
『あ、そのくらい全然オッケーっす! 古い俺にサヨナラ!』
――それからおぬしは世界に降りたときから生前の世界で言う16歳程度の肉体を持つことになるのう
――世界の仕組みの関係でこれはそこまで特別なことではないのじゃ
『つまりすぐにでもスケベな展開オッケーってことですね! あ! イケメンオプションは必須ですからね!』
――全部の説明と行程は終わったはずなのに、不安しかないのう
――まあよい
――しっかり生きてわしの世界を豊かにするのじゃぞ
『門』を出れば、そこは知らない街だった。いや、正確には知らない世界だったという方が正しいのか。
ぼんやりとした意識のまま、同じようにどこかぼんやりしている周囲の数名とともにふらりと歩き出せば、後続が、『門』から出てくる。
『門』の近くでは考え事ができないんだな。まずは離れよう。
少し歩いて、人気のないところにつけば、思考はクリアになり様々なことが分かった。
まず、俺が今出てきた『門』が、足りない人口と子育ての時間を補うための設備であること。
次に…… いや、流すべきじゃないな。すでにツッコミどころが満載だ。
『門』が必要になるのは『試練』の関係で合計特殊出生率が極端に低下した場合の保険と、試練が困難な時に女神様が助っ人を送り込む、飴と鞭の飴。
『門』から人が生まれるならスケベなことする余地がねえええええ!! という絶望は杞憂だ。大丈夫。
『門』が稼働するぐらいに追い詰められているというのはバッドニュースだが、ヒーローにふさわしい活躍の場が用意されてるとも言えるだろう。よし、次!
『門』や『試練』への理解度で分かったが、この世界の基本的な知識はなぜか頭の中に入っている。これは転生者のオプションというより『門』の機能だろう。
まあ使えるものは適宜使う。次!
この世界の顔面偏差値について。
この世界の人類は俺の元の世界とは明らかに頭身が違う。いや、そもそも視覚情報の見え方も違う。マジでアニメかなんかのデフォルメキャラに近い外見の人類が闊歩してるのはびっくりするぜ。ただ、若くてかわいい女の子が多いのは間違いない。
この世界の中での顔面偏差値や美醜の価値観については人と交流しなければ正確にはわからないだろうがきっと俺もイケメンだ。
最後。俺自身について。
いや、チートと記憶、後名前についてだな。
「ガァッデエエーーーーーームッ!!!!!! くぁwせdrftgyふじこlp;@!!!!」
チートは良い。この世界的にめちゃくちゃ優遇されてるシステム面と、痒い所に手が届く便利機能がしっかり搭載されてる。妥当性とかの関係で一つだけとかと思いきや複数搭載だ。申し分ない。
名前も問題ない。アザニという名前の発音にも響きにも違和感バリバリだがこの世界的には変な名前じゃない。
問題はお前だよ! 記憶!!
「黒歴史が残ってたら意味ないだろうがあああああ!」
まさかあれか!? 思い出深い記憶は消さないとか、交友関係の記憶は消すとかそういう処理って細かく見分せずにほぼ自動でやったのか!?
クソッ! マジで碌な記憶が残ってねえぞ! 知識系の記憶は結構残ってるが異世界で役に立ちそうな記憶なんてゲームのそれぐらいだわ! というか普通に生きてて農耕法とか兵法とかちゃんと覚えてるわけねえだろ!
「まあいい、知識チートなんて言うのは所詮は神に愛されなかった凡夫どもの悪あがきよ! あらゆる法則に差異があるであろう異世界でモノをいうのは発想力と判断力! このアザニにはそれがある!」
根拠はないが根拠がないのは記憶の大半が消えているからだからな!
人目がないのをいいことにひとしきり高笑いをした俺は、満足したところでチートを見分することにした。
だが、本質が理解できているものを分析しなおすのも手間だ。使いながら細かい仕様を確認すればいいだろう。
・デュアルジョブ(二つの『ジョブ』を持つことが出来る)
・アイテムボックス(容量無限、ボックス内の時間経過無し)
・成長速度補正(レベルアップの必要経験値低下)
・鑑定
・翻訳
まさしく大盤振る舞い。成長速度補正は時間短縮のサービスくらいのものと思われてるとすれば、デュアルジョブこそが、神様が俺に与えたバランスブレイカーになりすぎないチート。ということだろう。どう考えても有利になる能力である以上、『門』に頼っているこの町で一歩抜き出た存在になれるのは約束されているも同然。
とはいえ『ジョブ』に関する理解は浅い。さっさとギルドに向かって最初の『ジョブ』を選ぶべきだろうな。一歩抜き出た存在程度の椅子に甘えるつもりはない!
ギルドとは何か? 言ってしまえばこの世界で戦う上での手続きやサポートを一括して行う役所のようなものだ。この世界の言語は俺の語彙によって補完されているらしいから本来の呼び方とは違うかもしれんが分かりやすいし問題はないな!
西部劇で見るような観音開きの扉を押し開けて建物に入れば、中にいた人たちの視線が一斉にこちらに。なんてことはなかった。というか、建物の中は意外とガラガラだった。
まあそんなことは今は良い。出口に向かう二人連れの女性とすれ違いながら受付に向かおうとしたところで、俺の優れた聴覚がすれ違う相手の呟きをとらえた。
「わっ、イケメン……」
ふっ、分かる人には分かってしまうんだな。この俺の隠しきれない英雄的オーラってやつが……!
今ここで彼女たちに声をかければまず間違いなく仲間になってくれるだろう。そして実際に一緒に戦い、冒険する中で、彼女たちは俺の強さと魅力をより深く理解することになる。
俺の計算では『素敵! 抱いて!』と言われるまでの時間は3日。そこから先は夢にまで見た女の子とイチャイチャしながら冒険する異世界ライフだ。
しかし、この完璧にも思える将来プランには大きな問題がある。その問題とは俺の圧倒的英雄オーラに他ならない。
今はまだ彼女達しか気づいていない俺の魅力だが、これから俺が活躍すれば俺とお近づきになることを願う女性の数は10や20では収まらない。そんな彼女らを受け入れるのも英雄の度量と言うものだし、皆も納得するだろう。そう、俺が身を立てる前に仲間になった二人を除いて……! 悲しいかな、俺は彼女たちだけの英雄になってあげることはできないのだ。彼女たちと出会った時の俺よりもはるかな高みへ至ったとき、彼女たちは自分の認識との齟齬に苦しむことになる……
「ああいうのが好みなの~? やめときなって、すぐ死にそうな顔してるじゃん」
「確かにすぐ死にそうかも。このご時世もうちょっとタフガイな方が安心よね」
「あるいはお金持ってて私たちに楽させてくれる人とかね」
「玉の輿~! 憧れる~」
ああ、なんて罪な俺! やはり仲間を迎え入れるにせよ、彼女を作るにせよ、BIGになってからが望ましいな。心配も焦りも必要ない、今の彼女と再び出会うことになる日は遠くないだろうからな。その時は英雄とそのファンとして、だが。
そのためにも最速で名を立てる! 勝利への道筋はすでに見えた!
「あの、いつまでそこに立っておられるんですか?」
「ハッ!?」
いかんいかん、思索にふけるあまり周囲からボーッとしてると思われていたか。
まあいい、ここは異世界転生でお約束の美人受付嬢を見て落ち着くとしよう。
カウンターの前に立ち、視線を机の上と見せかけて太ももへ。
ふむ、パンツルックか。通好みのチョイスだ。太ももの肉付きはもう少しいい方が個人的には好ましいな。続いて腰。ブラウス越しにも体のラインはある程度わかるものだがくびれは控え目か? この世界の頭身だとくびれはない方が自然かもしれんな。胸はフラット。いいね。希少価値だ。
そして首筋にはこれまた控え目なのどぼと……け……?
「男……?」
「はい、私は男ですが?」
「ああ、すまない」
受付は女性というお約束があるような気がしていた。いや、実際顔だけ見ればかわいい女の子だろう。声も高い。この際性別が男なんていうことはちょっとした属性の一つに過ぎないんじゃないか? アリでは……? いや、俺はソッチの気はないつもりだったんだが。異世界転生で浮かれているのかもしれんな。よし、それを加味して冷静に結論を出すべきだ。
アリ。
よし、話を進めよう。
「ジョブの登録をしたい。説明を頼めるか」
「ああ、本日門からいらした方ですね。ようこそいらっしゃいました。初日からジョブの変更ですか?」
「ああ、そんなところだ」
おいおいおい。まさか『門』出身のやつは最初から『ジョブ』に就いてるのか? 言われてみれば全員それっぽいファンタジーな装備を身に着けてた気がしてきたぞ?
え? 俺だけニート?
「どのジョブに就くかは決まっていますか?」
「いや、どんなジョブがあって何ができるのかを後学のためにも聞いておきたい」
「分かりました。一覧をお持ちしますね」
「それと、転職した場合装備の類は……」
「当然ご自身で用意していただくことになります」
「Oh……」
思わずハードボイルドが崩れてしまうくらいのショックだ。
いつの世も、どこの世も金、か。
さて、この世界で最もお手軽な資金稼ぎとは? ファンタジーのお約束、モンスター退治に他ならない。
装備がなくても戦える『格闘家』と装備を作ることのできる『鍛冶屋』の二つのジョブを得た俺は、英雄的とは言い難い地道なモンスター退治にいそしんでいた。はっきり言ってこの構成だとそこらの勇士と大差ない強さにしかならない。そして『門』出身のインスタント勇士が大活躍できるほど甘い世界ではないらしい。
くそっ、何故この俺がこんなことを……
しかし『格闘家』は今一つだな。武器がなくても戦えるのは魅力的だったが、武器がない分の攻撃力を素のステータスと手数で補う『ジョブ』なのだが、短所に対して長所が少ない。魔法の武器が存在する世界であることを思えば、武器が使えないのはデメリットだろう。
まあ使えないということが分かるのも使ってみてこそだ! 『デュアルジョブ』と『成長速度補正』のコンボの力を見せてやるぜ!
さて、ジョン。良いニュースが一つと悪いニュースが二つある。どれから聞きたい?
悪い方から? オーケー。まず一つ目。メインに据えるつもりだった『剣士』が使い物にならない、ほかのジョブのレベルを上げなおしさ。
もう一つ。この世界に来てまだ五日しか経ってないのに明日はもう試練の日だ。魔物が街に押し寄せてくる。
良いニュース? 天才転生者であるアザニ様はすべての準備を終えて明日いよいよ英雄になるってことさ! HAHAHAHAHAHA!
バカなこと考えてないで明日に備えて寝るか。
さて、ここらで『試練』について一度しっかり確認しておこう。
まず、『試練』全体の流れはこうだ。
1.大規模な魔物の群れの襲撃が数度繰り返される。
2.迷宮とその主が出現する。
3.迷宮の主を倒せば試練は終了。出現後三十日の間倒すことが出来ないと、迷宮の機能により土地の支配権が奪われ、街の機能がすべて喪われる。
4.最前線においては迷宮の主を倒した後、逆侵攻を仕掛けることで逆に土地の支配権を得て新たな街を手に入れることが出来る。
これに加えて、城壁や防衛用の兵器の強化等で防衛の難易度を下げられることや、前線の方が高位の『ジョブ』や施設、装備品が解放されていること。それでもなお前線の方が『試練』の攻略が厳しいこと等がこの『試練』がただ戦えばいいというものではなくしている。
前線から強い奴を派遣すれば後方の戦闘は楽になるとか、後方から食料などの物資を輸送できれば前線の生産力をより有意な武器や兵器に注げるだとか。
つまりは世界全体でリソースを運用しつつ陣取りを繰り返していくのが本質!
ちなみに現在人類の版図は世界全体の四分の一。最盛期では六割くらいを人類の版図に収めていたらしいので伸び悩みというのもうなづける。
まったくふがいないなあ! まあ俺が来たからには一年もあれば全盛期! 三年あれば世界全部を人類の版図に収めて神の試練クリアなわけだが!
リソース運用? 物資輸送? 必要ないない! 圧倒的スーパー英雄はすべてを解決する! 力こそパワー!
そして今日は、いよいよ今回の試練が始まる日だ。
眼前に広がるのは魔物の大群。既に戦いは始まっていて、そこそこしっかりしたつくりの城壁の上から石や矢が飛んでいっている。
遠距離攻撃手段を持たないヤツは走って突っ込むしかなく、俺もそのうちの一人だ。
本当なら目立つためにも先陣を切りたかったんだが、足の速さは他の要素を確保するために犠牲にしてしまったからな。まあそれでもそろそろ射程内。
ド派手に行くぜ! 狙うのはひときわ目立つごついオークだな!
「フォースストライク!」
まっすぐに伸びるエネルギーの刃が、間にいた雑魚を蹴散らし一直線に突き進む。しかしオークに届くころにはほとんどの威力を失ってしまい倒すには至らない。
ゲーム的に言うと敵に当たるたびに威力が落ちる直線状の範囲攻撃だ。密接して打つことで単体の敵に大ダメージを与えることも出来、そもそもに威力が高いまさしく『必殺技』!
「アイツマジか!」
「開幕であんな大技を!?」
ふっふっふっ、注目の視線が心地いいな!
今の俺の一つ目のジョブは『戦士』だ。物理系統がまんべんなく高いステータスと、もてる武器の種類の多さ。短所はレベルよりも低い数値に落ち着くというMPの低さ。半面スキルはレベルの上昇に合わせて強力でMP消費の高いものを覚える。
素の安定感もさることながら、ここぞというところでの技の使い方で真価が決まる。初心者から玄人まで通して使える良いジョブだ。基本にして究極とも言える。
そして今俺が放った技はこの町の戦士が習得できるであろうスキルの中では二番目に消費が大きい。最前線の戦士でも二発は打てないような攻撃だ。
だが、俺はただの戦士じゃあない。
今の一撃で敵もこちらに注意を向けており、味方は迎え撃つべく足を止める。そこにそのまま走り続ければ、当初の予定通り『一番槍』だ。まさに英雄。使っている武器がただの鉄の剣なのが不満と言えばそうだな。
「なあおい、馬鹿がいるぞ……」
「あいつがボコられてる隙に攻撃仕掛ければまあ一人抜ける分の戦果くらいにはなるんじゃねえか?」
その他大勢を置き去りに、魔物の群れに突っ込んでいく。
英雄の力をその目に焼き付けるがいい!
「ラッシュストーム!」
自分を中心に斬撃の嵐を起こす、戦士の最強スキル。
囲まれた? いいや、囲ませたのさ!
「はーはっはっはっ!」
MPが足りないはず? 何を言ってるんだ。MPだぞ? そう、MPだ。この世界のルールとして、スキルに使うリソースは一種類しかない。魔法っぽいものも、武器で攻撃するものも全てMP。あれもMPだしこれもMP。
そして俺の【デュアルジョブ】は、二つのジョブのステータスのうち、高い方の七割と、低い方の五割を反映する。しかもご丁寧にステータス毎にな!
そう、今の俺は『魔法使い』の七割を超えるMPを持っているのだ!
魔法使いのMPは戦士の五倍と言えばその恩恵は明らか! 合算した後の数値でも普通の戦士の四倍だ。その分下がる攻撃力は『鍛冶屋』として少しでもいい武器を自作することで補った。
「はーはっはっはっ! ラッシュストーム! さらにラッシュストーム!」
敵の陣営の真ん中へ真ん中へと、スキルで強引に蹴散らしながら進んでいく快感に高笑いが止まらんなあ!
しかし、本来の四倍のMPがあってもこうもスキルを連発すればすぐに枯渇してしまう。次のラッシュストームが最後のMPだ。
【アイテムボックス】から予備の武器に持ち替える。木剣という戦場にはいささか不釣り合いなこの武器こそが、俺の覇道の最後のピース!
「ラッシュストーム!」
さっきまでと違い、魔物の軍勢で最も弱いゴブリンですら倒せない。当たり前だ。この木剣にそこまでの攻撃力はない。
だから
「ラッシュストーム! ラッシュストーム! ラッシュストーム!」
だから、雑魚も含めて凄まじいヒット数を稼ぎ、あっという間にMPを回復することが出来る。MPさえ使えばすべての行動にスキルを使えるんだから当然そうするにきまってるよなあ!?
なんでそんなことが出来るのか。簡単な話だ。『魔法使い』の使う杖には相手を殴ることでMPを回復する機能がある。本来戦士は装備できないがこれもデュアルジョブの恩恵。
そして、戦士のジョブのスキルは武器の種類による制限がない。
木剣の形をした杖で多段ヒットする範囲攻撃を撃てばヒット数は50を越える。回復するMPは100以上、スキルの消費と差し引いても60以上。こっちの武器で4回撃てばMPは満タン。
「はーはっはっ! ラッシュストーム! ラッシュストーム!」
高笑いが止まらんなあ! 再度鉄の剣に持ち替えれば無双ゲームの再開だあ!
「ブモォー!」
「来たな中ボス! フォースストライク!」
「ブモォ!?」
開幕で放った時は距離と障害物のせいで大した威力にはならなかったが、至近距離で撃てば中ボス相手でも大きくのけぞらせる程の威力。一人につき一回しか使えないピンチを切り抜けるための奥の手、ってところだろう。
「ラッシュストーム! ラッシュストーム!」
追撃しようにもMPが心もとなかったので、一度木剣に持ち直してMPを回復。
しかし木剣の範囲攻撃程度では通常のオークよりははるかに強い目の前の豚顔を怯ませることは出来ず、MPを確保し終えたときにはすでに目の前だ。
今から木剣をしまって鉄の剣を取り出してスキルを撃っていては間に合わない。仕方なく木剣を捨てることで時間を短縮し、鉄の剣を装備する。
「フォースストライク!」
不意打ち気味に決まった前回と違って今回は大きな隙は作れなかったか。だが、距離が開かないのはむしろ好都合!
「フォースストライク!」
貫通効果が巨体への多段ヒット。のけぞることでさらに多段ヒットに。この二連撃でこらえきれず後ろに下がった中ボスオークはすでに虫の息だ。
「終わりだ! フォースストライク!」
「ブモォァーッ!」
断末魔を上げて中ボスが光の粒子に変わる。しかし、俺も状況は良くないな。木剣はすでに魔物の包囲陣に飲み込まれ、残りのMPはラッシュストーム一発分……
まあ予備の木剣(五十本)がアイテムボックスの中にあるんだけどな! ついでに鉄の剣も二十本くらいはある。武器自作勢の恐ろしさを味わうがいい! はーはっはっはっ!
そしてその日の夜……
「ふっふっふっ、くっくっくっ…… ふふっ…… はーはっはっはっ!」
ダメだ、高笑いが抑えきれん! 戦場ならともかく街中でそんなことをすれば目立ってしまうというのに。まだ試練は初日、英雄的凱旋を行うにはまだ早い。今はしゃぎすぎたら明日に支障が出るからなあ!
だがそれも無理もない話だろう? 中ボス二体と大量の雑魚を一人で殲滅。疑いようのない完全勝利だ。
「はーーーーーーはっはっはっ…… は?」
高笑いをしながらも独り勝ちが確定している今日の戦果が張り出される掲示板に向かっていたはずの俺は、気が付くと見知らぬ空間にいた。
ここはあれか? この世界の創造神的なやつとあった場所か? いや、なんというかあそこほどの神々しさはないな……
周りを見渡せば、簡易的なベッドと、田舎のゲームセンターに有りそうな筐体。モグラ叩き? ワニの方か? 何故?
そして、中空にフワフワと浮かぶ半透明のパネル。
「なになに……?」
『 ただいま緊急メンテナンス中です。
メンテナンス中はオルトヘイムへの立ち入りおよびシステムの利用はできません。
メンテナンス終了までは下記の時間を予定しています。
07:51:39
メンテナンスの詳細はお知らせをご覧ください。
閉じる 』
「は?」
思わず声を上げてしまったが、この空間には俺以外の人間はいないから大丈夫。
いやそうじゃないだろ! 緊急メンテナンスってなんだ緊急メンテナンスって! サービス開始直後のソシャゲか!? むしろサービス開始以降人が減り続けたオンラインゲームみたいな経緯で俺を読んでるわけだしそれは違うか。世界のメンテナンスってなんだよ! 聞いたことねえぞ!
というかメンテナンスのたびにいちいち全人類この謎空間に送り込んでるのか?
終了時刻じゃなくて残り時間なのは、世界をメンテナンスしてる間時間も止まってるとかか?
ツッコミどころが多すぎる!
まあいい、お知らせとやらから詳細を確認するとするか。
『 お知らせ
予期せぬ挙動が確認されたため、緊急メンテナンスを行います。
修正対象のスキル、装備品は下記の通りです。
・【デュアルジョブ】
・杖
本件のお詫びに関しては追って記載させていただきます。 』
「は?」
落ち着いて、文面をもう一度読み返す。
「……は?」
不安定に時を刻むメンテナンス終了までのカウントを尻目に、俺はベッドに入った。
少しだけ、泣いた。
誤字脱字、矛盾等ありましたらお気軽にご報告ください。
人気が出たら続きの短編も書きます。
次回はアイテムボックスか鑑定の話になると思います。