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アークル改革

「やっぱ、じいちゃん凄い!」

これが昔からの口癖だった。そして、この後に決まってじいちゃんはこう返事をする。

「いや、ワシが凄いのではない。先人が残してくれたものを利用してるにすぎないのじゃ。」


振り返ってみれば、じいちゃんのやることは何でも凄かった。

じいちゃんと一緒に過ごしていたアカツキ村は辺鄙な村だ。旅人すらなかなか訪れないところであったが、帝国の商人は毎月2回も取引するためにやってきた。

商人いわく、「アカツキ村の農作物は他よりも抜群に鮮度がよくて、美味しい」と褒めていたのを覚えている。


そしてその農作物の作り方を村に広めていたのが、じいちゃんだ。

アカツキ村の特産品であるマーリ・クスナといった野菜を育てていたが、その育て方を改良したらしい。らしいというのも、当時はまだ幼かったことからあまり覚えていない。でもなんとなく牛が畑の上を歩いていたような気がする。


他にもじいちゃんの武勇伝はたくさんあって、いくらでも語れるが今はそれどころではない。

なぜなら目の前にモンスターがいるからだ。二つの瞳孔が目の前の獲物を確実に殺すために臨戦態勢に入っている。


反対にこちらは一人だ。冒険者アークルとして旅立ってからほどなくして、人生の危機が訪れてしまった。

こちらの戦力は剣一本の素人冒険者。仲間と連携して協力な技を打ちたくてもできない。敵のモンスターは自分よりも強い。彼我の戦力差は一目瞭然。このまま突っ込んでも死ぬ未来しか見えない。勇気ある行動は力あってこそ意味がある。つまり力のない突撃はただの蛮行だ。この事態を乗り切るためには戦略的撤退が必要だ。


しかし撤退するにもそれまでにいくらか時間を稼がなければならない。

眼前にいるモンスターはメールフだ。足は速く攻撃力も強いが、その動きは単調だという特徴がある。形成逆転のためにはこのまま後退しつつも罠を張ることで動きを鈍らせるしかない。

そこで、まずはこちらから仕掛けることにした。


最初のアクションは王道の目潰し。目潰しといっても砂をかける程度のものではなく、水の初球魔法“ゲーテル”で目を使えなくする。

そして一旦大きくバックステップをして距離を取る。まだ背を向けるには早すぎる。次の一手として近くにある木の枝をいくつかちぎり、土魔法"レーデ"で地面に埋め込む。


これである程度の準備は整った。メールフもそろそろ目を開ける頃合いだ。大きく息を吸う。右足を後方に置き、左手でもう一度ゲーテルを発動。魔法発動による体への反動を利用して逆回転。ここまで来たら死に物狂いで走り抜けるだけだ。ただ、走ってる最中も仕込んどいたトラップを発動させるのを忘れない。


あれからとにかく走り続けた。じいちゃんに叱られたくないがために遠くの村まで駆けた時並みに全速力だった。

でも今となってはそんな叱ってくれるじいちゃんはいない。ひと月前にアカツキ村が謎のモンスターに襲われて、自分以外はじいちゃんも含めて全員死んでしまった。

襲撃された時はたまに夢に出てくる。あの日もこんなドタバタした一日だった。




たまたま帝国の商人が訪れてくれた。この事態を知ったその商人さんは緊急の伝書鳩で帝国に伝えたそうだ。そして事件発生から数時間後には帝国の精鋭兵の集団が駆けつけて、初期調査に乗り出すこととなる。


それにしても酷い異臭が辺りを包んでいた。人の死体を見るのは当然初めてだったし、その後の腐臭も初めてだった。帝国の人が気遣ってか遺体処理は我々でするので君はしばらく休んでていいと言われたが、生まれ育った村を放置したくなかったから最後まで手伝うことにした。


村の人たちの埋葬が終わったその日の夜、商人のご厚意で荷台の寝室を貸してくれることになった。かつては世話をしてくれた村人たちが村の広場に集まってよくどんちゃん騒ぎをしていた夜はなくなった。代わりに聞こえるのは帝国の兵士たちの話し声だけだ。とにかく今日のことはいったん忘れたいという気持ちで寝ようとしたその時、荷台を開ける音がした。誰だろうと上を見上げると、そこには厳つい顔をした人がいた。



「起こしてしまったかね?疲れているのなら明日でも構わないけど、君に伝えたいことがあるんだが。

少し時間いいかな?」



見た目とは違って物腰が柔らかそうな人だった。誰かと話せば嫌なことを考えずに済むかと思って大丈夫。と返事をした。

荷台を出てすぐ近くに設置されている兵士たちの宿営地があった。その中でもひときわ目立つものを見つけた。おそらくトップの人がいるとこだろうと推測していると、そのままおじさんはどんどんそこへ向かう足取りを取っていた。


その後を慌ててついていった。するとその建物の前には二人の護衛の方がいた。おじさんはそのまま入っていったので、習うようについていくとその二人に止められてしまった。



「すみません、ここはドゥーム閣下の宿営地です。一応あなたの身体調査をさせていただきます。」



宣言通り靴の中から確認され、そのままズボン、そしてジャージまで見られた。そこにきてふと手を止めた。何かまずいものでもあったかなと考えるも特に見当たらない。



「すみません、この服はとても柔らかくて触り心地がいいですね。とてもあなたのような身分のものが来ているものとは思えません。

失礼ですが、この服は誰が作ったのかお聞きしても?」



「これは私の祖父が作ってくれたものです。作り方までは知りませんが、村の人たちもこれを着ていましたよ。祖父は裁縫も得意だったので。」



「そうでしたか。あなたの祖父はとても凄い方なのですね。」



「はい、自慢の祖父でした。」



しばらく沈黙が続いたが、中にいたおじさん、もといドゥーム閣下が早くしろと声をおかけになったことから、身体調査から解放されてようやく入ることができた。



「手間を取らせてしまってすまないね。」



「いえ、あの人はきちんと職務に従っているだけですので気にしてないですよ。」



「まぁ、まずはそんなところに立ったままではなく席にかけたまえ。」



ドゥーム閣下に促されて席に座る。明るいところで改めてみるとこの人の存在感がひしひしと体に伝わってくる。じいちゃんにモンスターを倒すための訓練だとして知らない山の中に放り込まれて、そこで息をひそめるしか生き残るすべがないときに肌で覚えた緊張感と同じだ。この人は敵にしてはいけないと本能が伝えてる。こちらが身構えたことを察したのか、少しおじさんからの威圧感が減った風に見えた。



「君は私を目の前にしても思ってたよりも動揺しなかったな。大抵のやつは逃げ出してしまうというのに。」



「いえ、ドゥーム閣下はさっきの言動から実は優しい人だとわかっていましたので耐えられました。」



「そうなのか。そういえば先ほど護衛が君に何か話しかけていたみたいだが、どんなことを聞かれたんだい?」



「さっきは私が着ている服について質問されました。そこで私の祖父が作ってくれたものだともいいました。」



「ほう、たしかに君の着ているその服は高価なものに見えるな。それにしても、あいかわらずあいつは凄いものを作ってたんだな。」



「あいつ、とはもしかして祖父のことですか?

ドゥーム閣下も祖父のことを知っていたのですか?」



「そうだ。実は君の祖父であるウェッセと私は帝国第一学園の同期だったんだ。ここに派遣されたのも、その縁があって自ら希望してやってきたんだ。まだモンスターが襲撃した理由に検討がつけられていないが、必ずこの事件を解決することを約束する。」



そういったドゥーム閣下はとても頼もしく見えた。この人になら信じることができる。



「さてと、そろそろ本題に入ってもいいかな?

実は君の今後の処遇についてだ。残念ながら我々はあくまでも初期調査の権限しか与えられていないからいつまでもここに常駐できるわけではない。だからといって、ここの村に君を置いていくこともできない。なぜなら村が壊滅した時は帝国の法律でしばらく封鎖をすることが決められているからだ。」



「そうなんですか。ということはこの村もいつかは取り壊しということですか?」



「残念ながらそうなってしまうかもしれない。できる限りのことはこちらでもしてみるが、あまり期待しない方がいい。」



「そうですか。」



この村は生まれ育った故郷だけでなく、じいちゃんと一緒にみんなで作った場所だからそれだけ思い入れがある。ここが取り壊しになってしまうのは正直言って嫌だ。



「そこでだ。君も調査の終了次第、私たちについてきてはどうだ?

しばらくは私の屋敷に客人としてもてなすことにする。落ち着いてきたら、ぜひ帝国第一学園に入学することもあわせてお勧めしとく。同世代の子どもたちと一緒に勉強することも重要だ。」



「学校はあまり興味ありません。村を出るしかないのなら、もっと他のことをやってみたいです。」



「だったら、私の仕事を手伝ってはくれないか?」



後ろからふいに声が聞こえた。振り返ると、そこにはあの商人がいた。



「あなたは、確かケイ商会の商品取引管理課の上席役員マーリンさんでしたね。アークルくんに仕事を手伝わせるとは具体的にどんなことを?」



「ドゥーム閣下、お初にお目にかかります。ケイ商会所属のマーリンです、以外お見知り置きを。

さっそくですが、仕事というのは簡単に言うと商品の市場調査ですね。個人では年もあってかだいぶきつくなってしまったので、そろそろ誰かを雇ってみようと考えていたんです。

上客のウェッセさんの縁者ともなれば、無下にすることもできません。」



ただの商人かと思っていたら、この人も偉い人だったことに驚いた。じいちゃんはこんなに凄い人達と知り合いだったのかと思うと、なんだかそれだけで嬉しかった。


それにしてもマーリンさんの提案は思ってもないものだった。商人となればおそらく色んなところを見聞きしながら旅できるだろう、そうすれば時間が経つにつれてこの辛い気持ちも和らぐかもしれない。この人についていきたいとドゥーム閣下に伝えようと顔を伺ってみると、眉間に皺が寄っていた。

意思が固まったことをわかったのか、またドゥーム閣下が話し始めた。



「なるほど、それもいい。ただこれは軍人としてではなく個人としてアークル君に言いたいことがある。君は今辛い現実に直面しているのはわかる、でもそれから逃げるための口実としてマーリンさんについていくというのなら、やめたほうがいい。そんな気持ちではマーリンさんにも迷惑をかけるだけだ。

それに君のその気持ちは忘れていけないものだ。人は誰だって出会いと別れを経験する。軍人の私も過去の同僚や部下など親しい友人と出会い、そして戦場で命を散らしていくのを目撃した。しかし、私はひと時もそのことを忘れようなどと考えたことはない。なぜなら彼らと過ごした日々は私にとってかけがえのないものだ。そして死んでいった彼らのことを生きているものとして忘れてはいけないという責任がある。

だからそんなことをするぐらいなら私についていって学園で新たな人間関係を築き、出会いと別れを経験した上で親友の大切さを知ってほしい。」



長々と喋っていて疲れたのか一呼吸を入れた。そしてこちらの考えを見透かしてるんだぞと訴えかける視線を投げつつ、こう告げられた。



「以上を踏まえた上で改めて君に聞きたい 。

君は私についていきたいか? それともマーリンさんについていくか?

ここで選べ。」



どう返事するのが適切なのか、まだよくわからない。

たしかにじいちゃんのことを少しでも忘れたいという考えで言ったが、そんな理由でマーリンさんについていくのは迷惑だろうと思う。

でも、それでも、やっぱりマーリンさんに付いていきたいと決めた。世界を見て、改めて今後のことを考えたいと思う。



「ドゥーム閣下、やはりマーリンさんに付いていきたいと思います。

初めは今の気持ちを忘れたいという理由でしたが、今ではこの村を出て世界を知りたいと思いました。

だから、すいませんがドゥーム閣下のお誘いをお受けすることはできません。」



「それならいい。わかった。

マーリンさんもアークル君のことをよろしく頼むよ。

君の進路については決まったが、しばらくはここから動けない。

とりあえず何かあったらいつでも私のところに相談してくればいい。」



「ドゥーム閣下のご配慮、感謝いたします。」



そしてしばらくドゥーム閣下との話し合いを後ろから見つめていたマーリンさんの方に体を向けた。これからお世話になる人だ、きちんと挨拶をしなければならない。



「マーリンさん、私はアルテュール・アークルと言います。

ご迷惑をおかけすることもあるでしょうが、よろしくお願いします。」



「こちらこそよろしく、アークル。これからは家族になるんだから私に対して遠慮しなくていいんだよ。」



こうしてマーリンさんの行商についていくことになった。しかしマーリンさんはドゥーム閣下と今後のことについて相談をしてから一足先にケイ商会の本部へと戻っていった。新しく仲間に加えるにあたって色々な手続きが必要らしい。


そんなことで遅れてケイ商会の本部が置かれているブルター帝国の首都ブルターニュに向かって歩いていた冒頭に繋がることになる。


アカツキ村を旅立ってからそうそうこんな目にあってしまったが、めげずに目の前の道を進むことにする。




こんなところで立ち止まってはいられない、だってこれからは世界中を歩くことになるのだから。

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