悪いがオレも、友達を知らない
次いで投稿。
友達。それは同等の立場を持った同じ生物同士の事を言う。無機物でも、特異の存在を加味すればありかもしれないが、話がややこしくなるので考慮しない。
こうしてオレとクロネコ、そして二五四は友達となった訳だが、脳となるものを持つ二五四もクロネコもオレも、友達となった後の事は考えていなかった。いや、考えていなかったというより、考えている筈が無かったという方が正しいか。
友達になったとは言うが、では友達になったから、何だ?
遊べばいい。だがクロネコを放っておくとあの歯車剥き出しの胴体に突っ込むのでそれは出来ない。一方、この収容室の外に出る事は、オレやクロネコが良しとしても(正確には、俺が担当職員なので、それにつれられているクロネコも大丈夫という事になっているだけ。オレもクロネコも、何もしないのが一番の対処法だから)、二五四にまでそれが適用される筈がないだろう。あれを便宜上、彼とするが、彼がオレ達の言葉を狩らないのは、オレの特性が所謂即死カウンターの特性を持っているのを何故か知っているから、クロネコの特性がストレス値依存の変異である事を知っているからである。何故知っているかという詮索はさておき、問題なのは、そうだとするとオレ達以外の人間には通常通り特性を発現させるという事である。
友達だ何だと言っているが、オレ達と友達になる理由があちらにはない。強いてあるとすれば、それは『死にたくない』からだろう。断ればクロネコのストレス値が上昇するし、手を出そうとすれば担当職員であるオレは(復活する事も考慮に入れている)庇う。するとオレの特性が発動するので、二五四は恐らく死ぬ。特異対特異の状況など実験でもされた事はないが、彼がオレを襲って来ない時点で、結果は端から分かり切っている。
というか目の前でオレが死ぬと、それはそれでクロネコの特性のトリガーを引く事になるので、彼女の担当職員である内は、しない。
「ねえロキッ。友達になれたの! 私達ッ」
「あ、ああ、うん。そうだね。もう満足かい?」
「ううん、まだまだ友達が欲しいなッ!」
彼女の無邪気な笑顔を見ていると、どんな行為も許してしまいそうになるが、ここは堪えなければ駄目だ。これ以上の特異との接触は控えなければならない。
職員の心得というか、最低限のルールとして、特別な許可がない限りは特異同士の接触を避けなければならないと言われている。
オレとクロネコは職員とそれの担当特異の関係だから、ギリギリ許されるとして、二五四は既にアウトだが、別に脱走させている訳でもないので、頑張れば許されるだろう。許されなかったらそれはそれでクロネコのトリガーが引かれるだけので、ヴァイオレット未満の特異は出来るだけ利用していく形を取りたい機関なら、許すに違いない。
だが、これ以上は駄目だ。どんな危険度でも流石に駄目だ。只でさえクロネコ連れ出しで美墨に迷惑を掛けたのに、これ以上おかしな事をすると、いよいよ迷惑とかそういう次元の話ではなくなってくる。
「……二五四。ちょっと話があるんだけど」
「ナンダ?」
「ちょっと隅っこに行こうか。あ、クロネコ。ちょっと待っててね」
彼女を置き去りに、オレ達は部屋の隅に移動。機械的な音を立てながら、二五四が首を傾げた。
「ナンノヨウダ?」
「いや……その。僕達は友達だよね?」
「ソウダガ」
「だったら友達として、助けて欲しいんだよ。実は―――」
オレ一人ではとても彼女を抑えられそうもない。ここは友達としての特権を生かして、彼に全てを話す事にした。彼を収容する機関の事も軽く話したが、オレからは言葉を取れないので大丈夫だろう。
「……ツマリ、クロネコにこれ以上動かれるのは嫌だという事だな?」
「おおう。急に流暢な発音にッ!」
「……ノドニ、負担を掛ける。アマリヤリタクハナイガ、ワカリヅライだろう」
謎の配慮にも、オレは感謝しなければならない。意思疎通が円滑になるのなら、それだけ連携が可能になる。幾ら好奇心旺盛な彼女と言えど、友人二人から止めに掛かられれば、そうせざるを得ない筈だ。
問題があるとすれば、どの様に止めるか。その手段が思いついていない事である。
「どうすれば良いと思う?」
脳となっている担当職員の知能にも因るかもしれない。あの報告書を全て読んだ訳ではないので、オレも彼の特性を把握しているとは言い難いのだが、オレの問いに対して悩んでいる時点で、全能ではない。だとすれば脳として入っている担当職員の知能に依存していると考えるのも無理からぬことだ。
「興味を逸らせば良いのではナイカ?」
流石に本人が負担を掛けると宣うだけはあって、所々不自然な発音が戻ってくる。それでも今までと比べればずっと交流がしやすいので、結構だ。
「興味?」
「遊べばよいのだ。ソウスレバ、忘れるニチガイない」
俺は周囲を見回し、ついでにクロネコを見遣る。俺達が何を話しているかも知らないで、彼女は物珍しそうにこの空間を歩き回っていた。あれで勝手に興味が逸れてくれる事を期待したいが、流石に都合が良すぎるというもの。
だってこの部屋には、遊び道具と思わしき物が何一つとして存在しないのだから。
「どうやって遊ぶんだ?」
特異には、その特性毎に収容プロトコルが作られる。単に俺が読んでいないだけで、勿論二五四にも存在するのだが、仮にそれを読んだとしても、ここに来るまでの道のりを含めて、ここが何なのかを理解する事は困難を極めるだろう。まず、どうやって作ったのかが気になる。職員には特異的物質を使う者も居るそうなので、オーバーテクノロジーの一つや二つを所有していてもおかしくはないが―――
「…………」
相手は機械生命体。対峙するのは初めてだが、オレには手に取る様に彼の感情が読めた。困っているのだ。遊び道具がない事に対して。それもその筈、収容室とはその特異に合う様に作られるのであって、間違っても他の特異が遊びに来る事を想定して作られるものではない。この機械生命体には遊び道具が不要だから無い訳だが、それが今回の事態の打開を難しくしている。
根本的な話になるので、オレではどうしようもない。どうにか出来るのはこの収容室の主だけだ。
「ドウスル?」
「いや、僕に聞かないでよ! けど―――ああ、うん。ちょっと待って」
本来智慧を出すのはオレではないが、何やら名案が思い付きそうな気がする。
「君さ、変形出来ない?」
そう思って口から出てきた言葉は、機械生命体たる彼を以てしても困惑させる一言だった。アイデアの元となったのは、オレが特異として収容される前、テレビでやっていた洋画である。
「ヘンケイ?」
「そう。変形。車でも、何か人が乗れる感じのロボットでも、恐竜でも。何か、楽しそうなのに変形出来ないかな? 出来なかったら―――まあ、それはそれで仕方ないんだけど」
俺が言っている事は、普通の人間に、『お前、関節増やして馬になれない?』と聞いている様なものなので、出来ないと言われても仕方なかった。でも仕方ない。二五四を見ていたら、あの洋画が思い出されてしまったのだから。
言葉を狩る力こそないモノの、目の前の存在がCGが作られていると言われたって、オレは信じる自信がある。それとあの洋画に出演していたと言われても、信じられる。それくらい彼は機械的で、非現実的で―――どうにも、男のロマンを刺激する存在なのだ。変形を求めたのは、オレ自身の欲求を満たす為でもある。
静寂の一時を過ごし、彼が言った。
「ヤッテみよう」