特異ナンバー二五四
遅れました。
特異ナンバー二五四は自身を人工知能と称する機械生命体です。その特性上、二五四は完全収容が出来ません。
三か国語の組み合わせを翻訳すると、上記の文章が出来上がる。そして、報告書に偽りなし。
宮殿の上に居た存在は、歯車が剥き出しの胴体が特徴的な、機械生命体だった。本来は機械の内部から見える構造が表に出ている事で、空気に触れる機会が多いのだろう。胴体から頭に掛けて錆び付いた滑車が繋がっている。
だろうというのは、機械工学に詳しくないオレが何と言おうと確信に至る事は無いからだ。無知なオレにはどこの歯車が、どこの運動が、どう関係しているのかがちっともわからなかった。
「クロネコ、上ッ」
「え―――?」
報告書を読んだ限りでは、危険度はブルー。取り扱いに問題さえなければ何も起きないとされているレベルだが、これにはミサイルや原爆など、どう考えても危険物にしか見えないものだって区分されるので(よく考えれば分かる。取り扱いに問題さえなければ何も無いのだから、ミサイルも原爆も、要は使わなければ良いのだ)絶対安全の保障にはならない。クロネコを守る形でオレが両手を広げると、その機械生命体はオレを踏み潰さぬ様に、目の前に丁度着地した。
「オマエタチハダレダ?」
上に居たから分からなかったが、この特異、かなり大きい。オレは外観だけで正確な身長を測れる能力を持ち合わせていないが、それでも六メートルは優に超える巨体だという事は理解していた。こんなものの機嫌を損ねた日には、オレ達何ぞ人が蚊を潰すかの如くぺしゃんこになってしまうだろう。
只、どうやらこの機械には知能があるらしい。無機質な音声からは敵意を持っているかどうかの判別が出来ないが、少なくともこの特異はオレの特性を理解している様だ。でなければオレ達の上に居ながら侵入者であるオレ達を踏み潰さない筈がない。
「オマエタチハダレダ? ナゼココニイル?」
もう一度問われる。相手にどんな真意があれ、その巨体がクロネコにストレスを与えるのは必然の理だった。オレの周りの空間が僅かに歪んでいる。これ以上事態を硬直させると、オレの特性を発端とした最悪の連鎖が起きてしまうかもしれないので、彼女に代わってオレが答える。
「僕は特異ナンバー九九九のロキ。君と同じ立場に居る者だよ。この子も特異で、名前はクロネコ。何故ここに居ると言われても、普通に入ってきただけの事で、別に君をどうこうしようという訳じゃない。同類だしね」
「ドウルイ…………ドウルイ。ドウルイとは」
やはり知性があると見て間違いない。オレは報告書を読んでいるから、この珍妙な機械生命体がどのような特性を持っているのかを知っている。あの文法も言語も滅茶苦茶な文章を翻訳すると、下記の文章が出来上がる。
特異ナンバー二五四は、会話した者から言葉を奪い取り、学習します。担当職員に選ばれた人間は二五四の休息時間中にコクピットと呼ばれる場所に入り、二五四の脳としての役割を果たしてください。脳はおよそ一〇〇〇時間の活動後、自動的に体外へ放出されます。現在活動を終えて生存中の職員はいません。尚、コクピットに脳が居ない状態で活動時間に入ると████████。
二五四はコクピットに乗った存在以外からも、放出された言葉を自分の物にし、永久に保有します。保有された言葉を二五四以外が使う事は出来ません。担当職員以外の人間は二五四に何かを尋ねられても決して答えないでください。二五四が脱走を試みた際も、これを禁じます。また、二五四の脱走を目撃した者は、特殊鎮圧部隊『言霊狩り』に連絡してください。番号は報告書下記に暗号化された状態で記されています。
暗号は三か国語以上で構成し、まともな文章としての体裁を整えないで下さい。二五四はまともな文章を解析し学習します。二五四が学習した文字を私達は使えなくなります。脳の交代によりこれらは解消されますが、細心の注意を払って下さい。
補遺:現在、二五四の危険度はブルーで固定されています。
どうしてこんな危険な物をブルーに分類するのか理解出来ない。あれは人工知能を自称しているが、あんなものは侵略者に近い。確保出来たのを幸運に思うべきだろう。何せあの機械を何処か適当な場所に放り込むだけで、我々は一国を平気で落とす事が出来るのだから。 ブレイン博士
オレが脳内で翻訳したのは飽くまで二五四の特性に過ぎない。この他の文章では発見の経緯や実験記録があったが、ここでは省く。
言いたい事を要約すると、要は話すと言葉を奪われて自分達はその言葉を一生使えなくなるという特性だが、どういう訳かオレには通じない。通用させていないと言った方が正しいだろう。言葉を奪われた感覚についての知識は無いが、見た所オレに変化は無い。
「同類って事は、仲間って事だ。仲間くらい分かるだろ?」
ほら、喋る事が出来る。この特異にとって学習とは相手から分捕って自分の物にする事だから、オレから言葉を奪えない場合、学習する事も出来ないのだ。そして『学習』を行わない理由だが…………多分、オレの特性が理由である。
オレの特性は故意、過失に拘らず危害を加えてきた者を殺す。実際にやられてみないと分からないが、オレから言葉を奪おうとするのは危害に入るのだろう。その辺りの匙加減はオレには制御出来ない。厳密に言うと特性を持っているのはオレではなく、オレの近くに居る不可視の存在なのだから。
「ナカマ……ナカマ。ナルホド、コレハシツレイシタ。デハワタシノシンアイナルユウジンヨ。ココヘナニヲシニキタ」
「僕は別に。只、この子が同じ特異の友達が欲しいみたいだから。連れてきたんだ。言葉は奪わないでよ?」
理由は分からないが、オレの特性を知っているのならクロネコの特性を知っていたって不思議ではない。今まで使えていた物が使えなくなる事程のストレスは中々無いのだから、そこまで考慮すれば二五四は特性を使わないだろう。
二五四はオレの方をじっと見つめたが、クロネコが怯えながらも前へ進み出ると、直ぐに彼女の方を向いた。
「オマエ、トモダチガホシイノカ?」
「う、うん! 友達になってくれるッ? お人形さん!」
「…………オニンギョウ?」
この巨体を見て良く人形と言える。化け物と言ってしまっても全然構わないだろうに。クロネコにすればオレ達は同じ特異であり、それ以上でもそれ以下でもない。人間でも機械でも構わないのだろうが。
余程暫く考えてから、二五四はゆっくり転回し、玉座の方へと歩き出した。手前まで来ると身を翻し、深く座り込む。
「イイダロウ」
偉そうな物言いが癇に障る事もない。クロネコは嬉しそうに二五四へ駆け寄って、その胸元に飛び込ん―――
「ストオオオオオオップ!」
歯車剥き出しの胴体に突っ込んでいく様子を看過出来るか。
息抜きなのに、息抜きすら登校できない多忙に追いやられる男。




