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フリーダムな特異達 後編

 美墨を筆頭に歩くこの三人を、通りがかる職員達は一度は振り返った。オレはまがりなりにも職員だからともかくとして、百回見ようが千回見ようがクロネコは特異である。それを言えば俺も特異だが、一応白衣を着ているから、職員と認識出来る。だが彼女はどうだ。恐らく保護される際に支給されたのだろうが、猫耳のフード付きのパーカー。こんな軽装をこのエリアで出来る人間は彼女只一人―――失礼。語弊が生まれたので訂正しておく。彼女は特異だ。人間ではない。

 仮にも職員である以上、オレもそれを徹底しなくては。だからオレはオレの事も人間とは思っていないし、彼女の事も人間とは思っていない。特異の友達という認識が一番正しいだろう。只、彼女の報告書にある概要を読んだ限りでは、オレとの相性は最悪だ。これで何かが起きた瞬間、無限連鎖的に災厄が起きる事になる。機関は一体何を思ってオレを彼女の担当にしたのか。友達が出来た事は嬉しくないと言えば嘘になるが、その判断については未だに理解に苦しむ。

「ここが一番安全ね。多分」

 そう言われて連れてこられたのは特異ナンバー二五四の収容室だった。当然の如く美墨に入る権限は与えられておらず、入れるのはオレとクロネコの二人だけだ。収容室の前にある監視カメラの下にはガトリングガンと思わしき物体がついているが、オレを撃つ事は出来まい。この機関はどうやらヴァイオレットを除いて特異を極力破壊したくないらしいので、その信条はきちんと機械にも適用されている筈だ。職員であり特異でもあるオレを撃ちはしないだろう。人力ならば尚の事だ。


―――本当に、ごめんなさい。


 人は自分のせいでありながら、その尻拭いが自分では出来ない時、謝る事しか出来ない。オレが正にそうだった。謝ったのは、オレという特異を研究する為に行われた実験で、オレが起こしてしまった事件の話である。そして同時に、特異という立場を利用しての強引な立ち入りを謝罪しているのである。

「じゃあ、私戻るから」

「大丈夫ですか? 何だか顔色が悪そうですけど」

「誰のせいだと思ってんだか…………まあ、いいわ。死んだらそれまでって事で割り切る事にする。担当職員室に置かれてる報告書の概要にはちゃんと目を通すのよ?」

「はーい!」

 彼女の背中を見送り終わる頃には、既にクロネコが入っていた。俺も慌てて入ると、丁度良く自動扉が閉まる。あまりにも出来過ぎたタイミングに、もしや隔離されたのではないかという危惧があったので、カードキーを拝借して確認…………そういう訳ではなかった様だ。

「ロキッ。がいよーって何?」

「概要ってのは…………これの事だね」

 基本的には、オレやクロネコの収容室と同じ位置にある筈……語弊があった。オレの場合と同じだったら幾ら何でも警備が薄すぎる。机の上に置いてあった報告書を手に取り、パラパラとめくってみる。

「なんて書いてあるの?」

 報告書自体は西洋の言語で書かれているかと思いきや、一文読んだ次の瞬間には、全く別の言語に変わっている。当然だが国ごとに言語が違えば文法も違う(似ていたり、大体同じという所も無くは無い)ので、こんな風に強引に繫げようとすれば文章がグチャグチャになる。無理に翻訳しようとすれば、カタコトになるのは間違いない。

「ちょっと待っててくれ。えーと…………」

 オレは一つの可能性について模索していた。それは、この報告書の読み方自体、カタコトが正しいのではないかという事である。美墨曰く、たまにそういう報告書があるらしい。特異の特性に晒されない様にするための配慮だそうだが、もしかするとこの報告書もその類なのではなかろうか。だとするならば……文章として翻訳するのではなく、単語として翻訳する。

「……………………なる、ほど」

「なんて書いてあった?」

「後で説明するよ。取り敢えず会ってみようか」

「うん!」

 理解出来ない。美墨はどうしてこの特異を安全などと言ったのだろうか。オレの特異とのかみ合わせ的に安全と思ったのならば、オレは安全でも、クロネコが安全でない気がしてならない。手を掴むのに一瞬躊躇したが、男は勢いだ。オレはクロネコの手を強引に引いて、カードキーを使って収容室に入る。ここも厳密には収容室なので紛らわしいが、扉を開けたオレ達を待っていたのは、異質とも言える空間だった。


「何だ…………ここ」


 真正面に広がる渡り廊下。その先にはプリズムを複雑に組み合わせて作られた巨大な宮殿らしきものが浮遊していた。何処からの光なのか、虹色の光がとても眩しい。一方でその虹色以外は黒一色。一旦戻って担当職員室にあったライトで周りを照らしてみたが、光は瞬く間に吸い込まれてしまって使い物にならなかった。

 収容されている特異に相応しい状態と言えばそうなのだが、一般常識の中で生きてきたせいもあり、少し信じがたい。明らかに自然法則と反した光景が目の前に広がっている事を許容しがたい。

「ちょ、ちょっと怖いかも……」

「だ、大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」

「本当ッ?」

「ああ。君には指一本触れさせない。約束するよ」

 全ては『変容』を起こさない為。職員として特異に寄り添い、理解する事はとても重要な行いだ。心から言っている訳ではないので、恥ずかしくも何ともない。少しだけ罪悪感を感じたが、嘘を言っている訳ではないので、それでどうにか割り切れている。

「じゃあ、行こうか」

 報告書の通りならば、ここは渾沌の世界。あらゆる法則が複合し、相反し、乱立している状態だ。だから闇が光を一切通さない割にはプリズムの宮殿から虹が出てきて、支えも無しに浮遊している。全ては渾沌。秩序の決まらぬ世界だからこそ。 

 頭では安全と理解しつつも、オレ達の足取りは慎重だった。けれど渡り廊下を渡り切るまでの間に、何か異変が起きるという事は無かった。本当に何の変哲も無い渡り廊下に、オレ達はびくびくしながら歩いていたのである。これ程滑稽な話は中々無い。特異が揃いも揃って何をやっているのだ。

 プリズムの宮殿に扉は見当たらなかったが、何となく扉を叩く風に宮殿を叩くと、瞬く間にオレ達は中に吸い込まれ、傍目から見ればプリズムに吸収されてしまった様に見えただろう。実際、外から見た宮殿はプリズムだけで作られている事もあり、完全に無色透明。内部に入った所で、それは取り込まれた様にしか見えない。

 だが、取り込まれたオレ達には違う景色が見えていた。それは予想していたものとおよそ真逆。宮殿の中からは、温かすぎる日差しがステンドグラス越しに差し込んでいた。宮殿が反射していた光は、ひょっとするとこれだろうか。

「す、すっごーい! ここに来る前でも、私こんなの見た事ない! ロキはどうなの?」

「うん、僕もこれは見た事がない。何だろう、ここ」

 機関のエリア内に居てはみる機会にすら恵まれない赤い絨毯。特に椅子としての機能が上がった訳でもないのに装飾過多な玉座。縦長の窓から外を見遣ると、聖歌隊と思わしき人々が、何やら歌を歌っていた。

 クロネコと違って驚きが少ないのは、報告書の概要にこれが記されていたからである。物珍しさに動き回っているだけというより、オレの場合は報告書の真偽を照らし合わせているだけだ。しかし、文字の上で認識するのと見るのとでは話が違う。驚きこそ少なかれ、オレは見事に圧倒されていた。

問題があるとすれば肝心の特異が何処にも居ない事だ。

 それとなく辺りを見回す。クロネコ以外誰も居ない。脱走しているとも思えないが、それでも玉座に座っていないのは意外だった。では一体、何処に居るというのだろうか―――






 その答えは、上にあった。



基本三日以内。息抜き作品なので限界まで猶予は使います。

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