フリーダムな特異達 前編
土日の内に。
結論から言って、オレの行動は馬鹿を通り越して愚かだった。まがりなりにもオレは特異ナンバー九九九だし、彼女は〇二三だし。オレは兼ねる形で職員だから許されるとしても、クロネコまでがそうである道理が何処にある。特異は野放しにしているのがあまりにも危険だから収容されているのであり、機関の信念に沿うならば、特異は隠蔽し、確保し、その特異性を調査し、利用するものだ。こうしてオレがやったみたいに、自由に歩かせる為に連れてくる訳ではない。
食堂に到着した瞬間、オレ達を視界に入れた殆どの職員がその動きを完全に静止させた。原因は多分オレではない。このエリアに居る職員にはオレが同僚である事が通知されているので、今更俺に驚く職員が居るとしたら、多分それは新入りである。人の事は言えないけど。
彼らが釘付けになり、事態が呑み込めず、止まる他なかったのは、オレが連れている少女クロネコ。またの名を特異ナンバー〇二三.それが収容室から出て、出歩いている事にあった。ファストフードを頬張っていた美墨は、オレ達二人の姿を見て、椅子から転げ落ちていた。仮にもエージェントである割には、何とも間抜けな転び方である。
しかし、仮にもエージェント。直ぐに立ち上がると、一飛びで机を飛び越えて、オレの前へ。
「な、な、何やってんの!?」
オレに有無を言わさず、美墨はオレ達を引き連れて食堂の外へ。クロネコを放置するのはストレス値の増加を招くと思ったので、彼女の手は死んでも離さない。担当職員としての矜持だ。美墨もそれに気づいているが、用があるのはオレだけなので、今の所クロネコは全面的に無視している。
「え、何してんの?」
「いや、オレも迷ったんですよ……多分」
オレは今までの経緯を彼女に伝えて、助力を求めた。事の発端がオレから「遊びに行こう」と言った所なので、彼女は女性とは思えない渋面を浮かべて睨みつけてきたが、それでも特異に会いたいと言い出したのは彼女で、今更その願いを却下する訳にはいかない。三〇分の問答、内一三分は無意味な水掛け論に等しい口論だったが、彼女はようやく折れてくれた。
「ちょっと…………手間かけさせないでよ」
「済みません。僕も特異の担当には慣れてなくて」
自分が特異だからと言って、それの事を熟知している道理はない。最早未熟だからでは済まされない事態にまでなっているが、それこそ今更というものである。
「……ロキ?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。この人は別に悪い人じゃないから」
余程美墨の表情が険しく見えたらしい。クロネコにはこちらを心配する様な表情が窺えた。その瞬間、彼女を取り巻く空間から一瞬だけ何かが見えたが、オレがそう言うと、直ぐに消えてしまった。今のが報告書にあった『変容』という奴か。
美墨が顔を顰める。
「―――ロキ?」
「ああ、僕が咄嗟に教えた名前というか……はい。気にしないでください」
「変に事態をややこしくしないでよ……で、私にどう協力して欲しいの?」
「危険度が一番低い特異の場所を教えてください」
「…………別にいいけど、私は入れないわよ」
知っている。彼女はオレの担当エージェントだから、俺関連の事柄に首はツッコめても、それ以外には特例を除いて関わる事は出来ない。何でも、「幾つもの特異と関わる奴は頭がおかしくなる」らしい。飽くまで彼女談なので、それが果たして真実なのかは疑わしくある。
「大丈夫です。僕が入るので」
「いや、貴方も入れないでしょ」
「いや、入れますよ。僕はまがりなりにも特異です。美墨さんなら、僕の特性をご存知ですよね?」
基本的にこの機関は違反に対して賊害処分を下す程厳しいが、オレが特異たる所以は、危害の程度に応じて対象を殺害する特性。確かに許可も無しに他の収容室へ行けば撃ち殺されるだろうが、それはオレが普通だったらの話だ。オレを殺せば、それが死ぬ。このエリアの設備が殺せば設備が死ぬ。そして生き返る。
隣でオレが死ねば、当然クロネコのストレス値も上昇するから、変容が起きる事になる。先程でさえ空間が歪み、何らかの刃先が見えたくらいだ。オレが死ねばどうなるかは想像もつかない。
こちらの思惑を察した美墨は、苦々しい表情を浮かべて、オレの額を極めて軽く押した。これだけ軽く押されると危害としては認識されない。
「…………成程。機関の体制を逆手に取った名案ね。それなら入らせないといけなくなりそう」
「でしょう?」
最悪、クロネコの起こした変容が他の特異をも脱走させる可能性がある以上、機関はどうやったってオレ達の動きを防げない。特異というものを最大限利用した力押し極まる手段だが、名案であろう。
「―――幸太。貴方は死ななくても、私は殺されるのよ。担当の私がどうなるか、分かっててやってる?」
「殺されるんですか?」
「…………最悪ね。良くて異動よ。記憶処理でもされるんじゃないかしら」
「その時は文句を言いますよ」
「貴方の意見が機関に通ると思うの?」
「―――そもそも、仮に美墨さんが責任を取ったとして、僕が同じ事をやったら後任の人はそれを止められるんでしょうか。僕に暴力を行使すればその人は死にますし、クロネコの前でやればストレスが増加します。結局、変わらないと思いますけど」
それに、遊びに行こうと言ったのは自分だが、それもストレス値の増加を防ぐ為という目的がある。しかしそれの無謀性については理解しているから、一番危険度の低い特異を探しているという訳だ。傍らのクロネコは暇をし始めた。ストレスになるかもしれないから、出来るだけ早く終わらせた方が良い。
数分の沈黙を挟み、美墨の瞳から生気が失せた。
「………………ついてきて」
「はいッ。クロネコ、行こう」
「あ、うん!」
人が彼女の様になった時、その状態をこう呼ぶ。
自棄になったと。




