特異ナンバー〇二三
今日ワルフラーンとフォビア出すからその繋ぎ的息抜き。
何故ロキなどという名前が浮かんだのか。それはオレにも分からない。いや、決して理由なくそんな名前が浮かんだ訳ではない。オレが特異としてこの機関に保護される前、オンラインゲームにおいて、オレのプレイヤーネームは統一して『ロキ』だった。
それこそ何故って?
確かあの時、オレは所謂厨二病に毒されていたので、いつも周りの反感を買ったり、独断専行をしては敵も味方も引っ掻き回していた記憶がある。恐らく、その行動原理は北欧神話の神に合わせていたのではないだろうか。
恐らくなんて言っているのは、厨二病の頃のオレなんぞ、オレは自分と認めていないからだ。今は厨二病を毛嫌いしているだけの一般人……とは言い難いか。特異ナンバー九九九に区分されている今、そもそも人ですらない。
特別な能力が欲しいと思った事はある。
けれどもいざ特別な能力に目覚めてみると、それは絶対的な暴力にも似た酷い能力だった。今、こうして目の前の少女やら美墨やらと出会えたのはこの特性のお蔭なのは反論のしようがないが、だとしても、この能力は面白い事に活用も出来なければ、自分で制御も出来ない。オレはこの能力を『過保護』と勝手に呼んでいる。
「た、担当職員……ああ、そうだね。僕は今日から君の担当職員となった男だし、君と同じ存在でもある」
「存在……ですか?」
「君は自分がどんな存在か把握しているの?」
「あ、はい! 私、普通じゃないから保護されてるんですよね。誰に聞かせてもらったのかは覚えてませんが、何となく覚えてます」
オレは特異ナンバー〇二三の報告書を思い出した。
覚えていないのは恐らく、記憶処理のせいで、こうも自分の置かれている状況に対してあっさりと言い放てるのは、今までの職員がストレス値を増加させない様に努力した結果だろう。どういった方法でそれを可能にしていたのか分からないが、自分に務まるのか、少し不安になった。
「実は、僕も同じ存在なんだ。特異って言うんだけどね、僕達」
オレは手を差し伸べて、可能な限り優しく微笑んだ。
「どうかよろしく。担当職員じゃなくて、友達として!」
〇二三は光の無い瞳を輝かせて、オレの手を力強く握りしめ―――そして離した。その本能的な防衛行為を、彼女自身も、理解していなかった。オレはもう一度握手をしようと思ったが、彼女の本能が暴力を嫌うならば、これ以上するべきではない。手をポケットに納めつつ、報告書の補遺を思い出す。
補遺:ストレス値は一定時間の放置でも増加が確認されています。機関において、特異は実験目的でない限り基本的には絶対隔離ですが、〇二三は例外的に出歩く事を許されています。彼女の行きたい場所や見たい場所など、余程危険な物でない限りは、その要望に応えるべきです。
「それじゃ、早速だけど。遊びに行かない?」
「遊びに……いいんですか!」
「ああ。でも、敬語は止めてくれ。僕は君と同い年だ」
視力が悪いからと妙な嘘を吐いてしまったが、オレは彼女と仲良くなる為にも、同い年を演じる事にした。〇二三は何度も目を瞬かせたが、不意に彼女の姿が消えたと思いきや、ポケットに突っ込まれたオレの腕が強引に取り出され、気づけばオレはこの少女と腕を組んでいた。
「え、ちょっと……!?」
「ほら、早く行こう! ロキッ」
予期しなかった積極性に、オレは直ぐにカードを取り出し、彼女に手渡した。
「ちょっと待ってッ。これがないと何処にも行けないよ?」
「あ、有難う! ウフフ、それじゃ早速しゅっぱーつ!」
「だー早いって! ちょ、ちょ、ちょ、ちょ」
美墨と仲が良いから、女性にも慣れているに違いないと思ったのなら、それは間違いだ。彼女とは仲が良いが、それでも特異と担当エージェントの関係性は覆らない。〇二三は二歳年下の中学二年生……学校には行っていないが……で、殆ど年の変わらない少女と言ってもいい。そんな少女といきなり腕を組んで歩ける程、オレに度胸は無かった。
けれどその手を振り払う訳にも、いかなかった。
ストレス値の増加を防ぐ為には、彼女の意思を妨げてはならない。『彼女がオレと腕を組みたい』のならば、担当職員としてオレはそれに従わなければならない。胸がドキドキしているが、〇二三はお構いなしである。年齢的には思春期真っただ中だと思ったが。
「そ、そう言えばさ。君の名前とか……ある?」
「名前?」
施設内を平気で歩いていた少女は、不意に動きを止めた。
「…………名前?」
「へ?」
…………見た限り普通の人間だから聞いてみたのだが、どうやらオレとはここに来た経緯が違うらしい。
中学生の女の子を相手にしているのに、まるで赤子と喋っている様な感覚に襲われる。
「名前が無いの?」
「呼ばれた事は、無い。ねえ、ロキ。私の名前って何?」
「ええ…………ぼ、僕が決める事じゃないと思うけど」
「でも名前無いし。ねえロキ、私、貴方に決めて欲しいな!」
「僕が…………名前ねえ」
と言っても、オレにネーミングセンスなどある筈もない。かつてやっていたゲームの名前を思い出し咄嗟に口にしてしまうくらいだ。〇から考えるとなると、この場で思いついたとしても『ヴェラリンチョ』とか、『バラリボ』とか。何処の国かも分からない名前になってしまう。
「じゃあ…………クロネコで」
「クロ…………ネコ?」
初めて聞いた単語の如く、〇二三はオレの言葉を繰り返した。
「そう、クロネコ。気に入らなかった?」
「――――――ううん、すっごく素敵! じゃあ私はクロネコねッ。ロキ、これからも宜しく!」
「お、おう」
彼女が動き出さない内にオレは自ら腕を取り、今度は彼女を引っ張る形で歩き出した。女性特有の柔肌がこちらに吸い付いて離れない。あまりの気持ち良さに、オレは昇天してしまいそうになった。或いはこの一時を、幸せと呼ぶのかもしれない。
「ねえロキ。私聞きたい事があるんだけど!」
「ん。何?」
「ロキや私以外にも、特異って居るの?」
「勿論、居るけど」
「じゃあ私、他の特異と会いたい!」
ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
オレは改めて補遺を思い出した。
『余程危険なものでない限り』
特異同士が接触してしまって良いのだろうか。いや、それを言うならオレとクロネコが既に接触しているが。一応オレは職員という事になっている。
「……駄目?」
目は口ほどに物を言うとはこの事らしい。オレの動揺は早速クロネコに見抜かれていた。慌てて取り繕いながらも、やはり動揺は収まらない。
「だ、駄目って訳じゃないけど……なんで?」
「何でって……友達になりたい!」
「危険かもしれないだろ?」
「ロキが危険じゃないって事は、他の特異も危険じゃないって事だよね!」
いや、その理屈はおかしい。
オレがたまたま理性を持っているだけで、他の特異がそうだとは限らない。何より新入職員に等しいオレは、オレ以外の特異の事などカケラも知らない。
にも拘らず、案内しろと言うのか。オレに。
「あ……えっと、友達、欲しいのか」
「うん!」
「そ、そうか……」
どうしたものか。美墨が居れば尋ねられたのに、彼女はいない。取り敢えずオレは、ここに来た際に教えられた危険度について思い出していた。
取り扱いに問題が無ければ何も起きないブルー。
オレやクロネコの割り当てされているインディゴ
そして危険極まる故に破壊が推奨されているヴァイオレット。
彼女はどんな特異に会いたいか一言も言っていない。つまりブルーの所に向かえば、何事も起きるはずが無いのだ。
「……よし分かった!」
オレは彼女と腕を組みながら、ある所へ向かう事にした。そこに向かえば多分、上手く行くはずである。
「美墨さーん!」
こいつも終わる気配しないけど、まあ息抜きなので気楽に。
三日以内は気楽なのか?