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絶対安全領域

 水底から引き上げられる感覚も今や何の新鮮味もない。だってオレは不死身だ。自害しようと殺されようと、『過保護』である限り死ぬ事は許されない。生を強いられている。

「……美墨さん?」

「幸太!  …………良かった。心配したのよ」

「心配って……僕、死にませんけど」

「それでも心配なものは心配。ドライな話するけど、訳もなく特異を破壊なんかしたら始末書じゃ済まないのよ。利用方法もなくて、調査しても新発見が無くて、しかも今すぐ処分しないと危険みたいなのだったらいいけど……私は貴方の担当だから、責任は私が取らないといけないの。貴方は職員だけどその前に特異だから。オーケー?」

 美墨さんはオレに触れようとはせず、そのまま座り続けている。そう言えば声を掛けてくれていたと思うけど、それも少し距離があった。こんな近い距離に居るのに。

「…………ここは」

 不思議な場所に居た。

 救護室でも仮眠室でもないし、クロネコは関係ないし、自分の部屋でもない。大きな金魚鉢の中に居るみたいだ。水も溜まっているけど、本当に浅い。具体的にはオレの足元が微妙に沈むくらい。外に出ようとしてもガラス張りの壁が邪魔をして出られない。入り口も出口も真上の天井が兼ねているのか。

 するとどうやって、ここに入ってきたのだろう。

「特異-〇一二、名前は決められないから番号で覚えてね。姫乃崎がやらかしてくれたせいで外は騒がしいから、こっちに移動して来た所。大丈夫、許可は貰ってあるから」

「名前が決められないってのは?」

「多くの特異は通称というか、分かりやすく名前呼びされる事が多いの。報告書でもないなら一々番号なんて覚えるのも面倒だしね。例えば〇二三は『無菌の魔女』もしくは『イグノラント・ガール』。貴方は『無問題児』、もしくは『ステルス・ペアレント』。なんだけど、この部屋というかこの特異は自分に対してつけられた名前に反応してその通りの性質を発揮しちゃうのよ。だから今の所この特異の名前は『完全隔離治療空間』。万が一死なれても困るから一応ね。完全隔離っていうだけあって、私も一応入ったけど貴方には触れないわ。細胞レベルで細かい隔離制御がなされてるみたいで、触ろうとすると私の身体が削れてくから」

「だ、大丈夫ですか!?」

 思わず美墨さんに手を伸ばそうとして気合いで動きを止めた。許可なく特異を破壊するのはNGだった。オレにそのつもりがなくても、攻撃とみなされれば『過保護』が始まる。危ない危ない。

「使い方さえ知ってれば特に害はないから大丈夫。しかも傷が完全に治癒したら勝手に解放してくれる親切仕様なのよ。私がそういうオプション足したからだけど」

「……ちょっと気になったんですけど、この部屋使えば危ない特異ってのもどうにかなるんじゃ……? 例えば……」

「幸太!」

 手が出せない代わりに、美墨さんは大声を上げて俺を制止した。

「名前を付けるなって言ったばかりでしょうが! その案は随分前から提出されてるらしいけど、問題が解決できないのよ。まずそいつをどうやってここに運ぶのかとか。特異同士の実験は何が起こるか分からなくてリスク特大だしね。それに、この部屋だって万能じゃない。曖昧に何とかなれなんて言っても何ともならない事が多いわ。私は取り敢えず貴方を安全な場所で蘇生させたかったから具体性を持たせられたけど」

「…………対抗策がハッキリしてないと駄目って事ですか」

「そういう事。人任せは良くないのよね」

 あまり実感は湧いてこないけど、傷の治療は完了したらしい。金魚鉢を作っていた硝子が一気に崩れたかと思うと足元の水に溶解して、そのまま部屋の中央に設置された排水溝に流れていく。なるほど、と得心した。どうやっても危険な特異を運べないなら逆にこっちを運べばいいだろうと思ったが、部屋全体に根付いているのだ。

「それで、姫乃崎さんは何をやらかしたんですか?」

「……記憶が欠落してるの?」

「変な場所に連れて行かれそうになったのは覚えてますけど」

「あー…………まあ簡単に言うと、貴方を使って許可なく実験をしようとしたって所ね。『過保護』の力でぺしゃんこに潰されて、今は蘇生中。ただその『過保護』の影響が強すぎたのね、周辺通路の重力が通常の百倍以上になっちゃって、常人は立ち入れなくなったの」

「………………い、色々気になるですけど。僕でなくても蘇生が出来るんですか? 普通の人でも」

「馬鹿、それも特異よ。あれはあれで有能なの。部屋から出すと碌な事しないから監禁されてるだけ。だから事情聴取も兼ねて貴重な蘇生手段を使ってるのよ。私みたいな兵士には一回も使われないのは、ちょっとだけ理不尽かもだけど」

 言うべきだろうか。オレが自発的に『過保護』を使用したからそうなったのだと。


 言えない。


 特別隠しているつもりも無かったのだけれど、一度言いそびれると次に言える機会は中々やってこないというか、報告書に記されていない能力があればまた実験漬けの日々になる可能性が高い。そうなったら美墨さんとも会えないばかりか、クロネコのストレスをためる原因にもなりかねない。

 機関の一部区画をデスエリアにしてしまったみたいだけど。


 ―――ごめん。


 オレには心の中で謝る事しか出来なかった。

「ぼ、僕も一応職員として、上に報告しに行った方がいいですかね」

「ん…………どうだろ。悩んだら行くかー。流石に今、単独行動はあり得ないからついてきて。ここいらで話が通じそうな博士は…………千代田博士か。じゃあ……って。待って待って。あれ、返してくれる?」

「えっ」

 思い当たる節がなくて立ち尽くすと、美墨さんは俺のポケットに残されていた発信機を奪って、自分の内ポケットに収めた。

「あはは、これ持ってないと始末書っていうより始末されるから……忘れてた。あっぶなー」

























 幸いというべきか、他の人も特異に対する向き合い方はある程度割り切っているのか。奇異の目で見る事はあってもオレを責める視線は一つとしてなかった。姫乃崎さんによって起こされた騒動はオレのせいというよりオレを騙して連れ回した張本人が悪いという結論で収束しているらしい。

 だからと言って誰も慰めの言葉を掛ける訳ではないけど。責め立てられないのは嬉しかった。

「……なんか、お腹減りました」

「じゃあ後で昼食取りましょうか。暫く私も付きっ切りにならないといけないっぽいから二人で」

「え、本当ですか!? やったー!」

「ふふふ、そんなはしゃがれると流石に照れちゃうな」

 でもでも、鬱屈とした気分が溜まっていたのは事実だ。初めての事でもないけど、美墨さんとのご飯なら楽しく食べられる気がした。

「あー……でも。クロネコ起きてたらどうしよう」

「どうせお腹空いてるんじゃないの? ずっと寝てるんだから」

 そちらは担当職員じゃないので、飽くまで他人事だった。エレベーターで大きく階層を移動して、地下八階。扉が開けると、劇的に人の気配が消えた。通路も狭くて、横に美墨さんと並ぶだけで限界だった。

「詳しい説明はもしかしたら博士の方からしてくれるかもね。その辺は全部あっちの裁量。私がやると規則違反。だから聞かないで?」

「千代田博士って……どんな人なんですか?」

「どんな……別に。普通だけど。あー。せっかくだし、見せてあげましょうか」

 三角さんは携帯端末を弄って、オレの端末に電子ファイルを送ってきた。







「ち、千代田和歳の世界征服プラン一覧…………!?」

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