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出会う少女は憂いに濡れる

 単なるラブコメを書きたかったんだ。

 オレが報告書を突き返すと、その女性は何処か心配そうに俺を見つめた。

「大丈夫? どことなく機嫌が悪いみたいだけど」

「いえ、気のせいですよ。只、引っ越しした時ってなんか落ち着かないじゃないですか。新居の雰囲気というか、自分の家じゃない感じがするというか。だから何だか、気持ち悪くて」

「貴方、引っ越しした事あったかしら」

「無いですけど」

「想像じゃない! 例えにならないでしょ」

「いや、引っ越した体って話ですよ」

「引っ越した体って何!? 結局引っ越してないじゃない!」

 この女性の名前は美墨彩子ミスミアヤコ。このエリアに滞在するエージェントの一人であり、俺をここに連れてきたのも彼女だ。エージェントというだけはあって機動性が重視されており、その服装も動きが極力邪魔されない形となっている。

 だからと言ってノースリーブではなく、むしろ肌の露出は顔と指くらいだった。それ以外は防弾チョッキやら防火靴だったりで、完全に隠されている。暑くないのだろうか。

「はあ……何だか、以前とは様子が違っててやり辛いわね。何があったのか、気になる所だけど」

「別に、何もありませんよ。只、心機一転って言うじゃないですか。学校も特に愉しかったかって言われるとそうでもありませんし、ここに来た事を幸運だと思えば、不思議と楽しくなりますよ。ここ、変なのがいっぱいありますからね!」

「変なのって……幸太って本当に変わってるのね。確かに特異として、貴方の他にも不思議な物質や存在が幾つも収容されているけれど、だからって『変なの』扱いするのは貴方くらいよ」

 ここはエリアー〇〇九.オレを含めて数百体以上の特異と呼ばれる異常物体が確保されているエリアだ。わざわざ番号で区分されている辺り、当然だがこれ以外にもエリアはある。オレが居るのはその内の一つであり、美墨はそんなオレに割り当てられた担当エージェント。オレの保護者と言ってもいいかもしれない。

 因みにこの特異という物体には危険度が個別に設定されており、オレの場合はインディゴ。『知性体に付属する不測の考慮』からそれが設定されている。わざわざこんな風に定義づけられている辺り、オレ以外にもこれを設定されている奴はごまんと居るに違いない。知性体ならば、まず割り当てられていると言っても良いだろう。

 美墨の様なエージェントは、そう言った特異が暴走した際に止める役割を持っていて、多数の死者が出る事も珍しくないらしい。しかし止めなければ世界に甚大な被害が出る事も多いらしく、ボイコットをする訳にもいかないのが現状だと、かつて聞いた事がある。



 オレの場合、報告書通りの事をされなければ、基本的には何も起きない。



 それは度重なる実験によって証明されたので、オレはこうしてオレの特異性への対抗手段として、この機関の職員になっている。何もしなければ何も起きないのが俺の特性なので、もしかすると一番俺がこの機関に優しい特異なのかもしれない。

 一番都合が良いのは何の特性もない一般人であると言ってはいけない。

 オレは彼女と肩を並べて歩きながら、しょうもない会話を続ける。目指すところは食堂の筈だ。方向的に。

「それに、僕は美墨さんみたいな美人と出会えて、良かったなって思ってます。他の人達もきっと、美墨さんの事狙ってますって!」

「お、大人をからかうもんじゃありません! いいかしら、幸太。貴方はもう人間じゃなくて、特異だし、同時に職員なの! 分かる? そんな子供みたいな揶揄いは慎みなさいッ」

「でも美墨さん、僕を人間扱いしてくれるじゃないですか」

「そ、それは……」

 幸太という名前は飽くまでオレが只の子供として生きていた時の名前である。本来、その名前を呼ばれる道理はない。最初に呼ばれた通り、特異ナンバー九九九と呼ばれる事こそ、オレを呼ぶ際に相応しい名前だ。

 ここに来てまだ日は浅いが、今の所オレの事をそう呼んでくれる人は、彼女しか居ない。

「と、特異の特性を変える事は……機関としても避けなければならないの。だから貴方の人間性を……その」

 彼女が頬を赤らめるのを見て、オレは悪戯が成功した子供みたいに微笑んだ。

「有難うございます」

「…………だから、揶揄わないでよ。怒るわよ」

「はーい」

 暫く間を置いてから、美墨は改まった様に口調を厳しくした。

「そんな事より、幸太。実は貴方にお願いしたい事……というか、任務があるの」

「任務?」

 特異ではあるが、機関に協力的なオレは部屋に隔離される事無く、一定の自由が許されている。同時に、オレに対する策として、オレは職員の立場を得ているので、任務が通達されたとしても不思議ではない。

 さして緊張しなくても良いとは分かっているが、何せ初めての任務だ。この任務を経て初めて非常識世界の住人になるのだと思うと、身体が強張った。

「ええ。わざわざ言い換えた理由は分かるわね?」

「はい。自由は無いんですよね」

「そういう事。それでその任務なんだけど―――特異ナンバー〇二三を知っているかしら」


 


 …………知っていたら、話は円滑に進んでいただろう。




 残念な事に、オレのナンバーは九九九.特異の総計数は知らないが、それでも三桁台最後の番号だ。もっと前に収容されていれば、同僚とも呼ぶべき特異達について少しくらいの知識があっただろうに、オレは三桁台の中で一番の後輩。同じ桁の特異すら知らないのに、二桁台の特異について知る由もない。

 オレの顔を見て、美墨は直ぐにその答えを察した。

「……そう。まあ、そうよね。聞いた私も悪かったわ。私が語るよりも収容室にある報告書を読んだ方が早いだろうから、申し訳ないけど食堂には向かわないわよ」

 その直後、ぐう~という音がエリア内に響いた。無論の事腹の音だが、オレの音ではない。音の方向と距離からして、美墨のものと考えた方が正確である。

 彼女が硬直してしまった事からも、そう思っていい。

「……お腹、減ってるんじゃないんですか?」

「そ、そんな事無いから! ほら、さっさと行かないと! ほら、ほら!」

 彼女に背中を押されながら、オレは〇二三の収容される部屋へと向かうのだった。














 オレの収容室も大概だが、〇二三のそれは別の意味で常軌を逸していた。窓ガラスから見えた光景に、オレは言葉を失った。

 初めに見えたのは、ゴシック調の天蓋付きベッドだ。俺の独房みたいな収容室とは違ってあまりにも優遇された部屋に、思わず駆け寄ってしまった。するとどうだ。ベッドの足元にはくまのぬいぐるみが二体。それに挟まれる様にテレビがあるではないか。床一面にはふかふかの絨毯が敷かれているのも許しがたい。

「こ、この扱いの差は……一体!」

 独り言の癖は無かったが、これには幾らオレでも文句を言いたい。特異ごとに収容方法が違うのは知っていたが、それは機材とか収容室自体の構造とか、そういう話だと思っていた。これでは単なる贔屓ではないか。

「ちょ、ちょっと美墨さん! これはどういう事ですかッ? 明らかにおかしいじゃないですか? もうこれどんな特異だったとしても、如何にも『満喫してます』って感じ丸出しじゃないですか! これが収容方法っておかしいでしょッ!」

「言いたい事は分かったから、取り敢えず入りましょう。報告書を読めば、これが贔屓じゃないってのも分かると思うから」

 オレの収容室に唯一特徴があるとすれば、それは他の職員同様、扉の次に生活空間がある事くらいだ。普通の特異であれば、扉の次にあるのは担当職員などの限定的な職員のみが入れる部屋……例えるなら、露天風呂における脱衣所みたいな場所がある。

 文句も程々にオレ達が入ると、担当職員が座っている筈の席に、誰も居なかった。近づくと、そこには実験記録なども含めた報告書が綴じられた状態で置かれている。

 手に取って一部を読んでみる。






 特異ナンバー〇二三は一四歳の少女で、〇二三の主な特異性は、自身のストレス値に応じて現実を変容させる防衛本能です。ストレス値における変容は様々で、確認されている限り、一二四三種類の変容が存在します。特にストレス値の上昇が大きいのが自身に対する暴力で、これは絶対に阻止されなければなりません。故意にこれを試みる職員には、即刻の賊害処分が下されます。

 現在、この変容への根本的対処法は発見されておらず、可能な限りストレス値の増加を抑え込む事が唯一の有効手段であると考えられています。

 〇二三は自身と快く接してくれる人間に興味を持ち、好意を抱きます。担当職員以外で〇二三に好意を抱かれた人間は、一時的に〇二三の正規担当と入れ替わり、定期の記憶処理まで〇二三の好意を受容し続けなければなりません。これを拒否した場合、████████████████。

 詳細な実験により〇二三は、自身の特異性が発現される度に視力を失っている事が明らかとなりました。現在の視力は〇・〇〇一で、これ以上の実験は〇二三のストレス値の増加を引き起こす要因となり得ます。現在も視力回復の方法が試みられていますが、未だ成功の例はありません。

 ただし、〇二三は機関に非常に協力的であり、実験についても、ストレス値への影響が微細の範囲であれば、引き続き行われます。また、〇二三の精神強度は一般的な同年代の少女と同程度であり、その特異性から常に不安定な状態におかれています。〇二三を担当する職員は、何よりも願うべきは〇二三の幸せであり、自分達は〇二三の敵ではないという自覚を持つ事が大切です。少しでも敵対的な気持ちを持てば、〇二三はそれを超常的な感覚で察知し、ストレス値を増加させる要因となります。






「貴方には、この子の担当職員になってもらう。空席なのはそういう事よ」

 オレは報告書を机に置いて、錆び付いた動作で振り返った。

「…………マジですか」

「マジよ」

「特異に特異の世話任せるなんてどうかしてると思いますけど。それにこれ……暴力って」

「私もそれには賛成だけど、これは命令だから。貴方に逆らう権利は無い」

「まだ配属されて間もないんですけど」

「新人研修の時間なんかこの機関にある訳ないでしょ!」


―――逆切れ…………!?


 不安なのはちゃんと出来るかという事ではなく、この特異によってオレの特性が発現しないかという事だ。この特性が自分で制御できれば良いのに、残念ながらこの特性は『肩を叩かれる』程度でも発現してしまう。

 この機関は決して破壊を目的としている訳ではない。この機関は隠蔽、確保、調査、利用の信条でのみ動いているので、破壊するという事は利用価値すらなく、確保すら困難という事。しかしこの特異の危険度はオレと同じインディゴなので、そうとは考えづらい。

 仮に破壊してしまっても、オレに危害を加えて得なんてこれっぽっちも無いので、何もされる事はないだろうが、それでも人並みの良心は持っている。この機関に職員として雇われた以上、オレはこの機関のルールに従わなければならない。

「……分かりました。取り敢えず、報告書にあるマニュアルに沿うなら、顔を会わせるんですよね」

「私は担当じゃないから何とも言えないわね。そろそろ滞在時間が限界だから、一旦失礼するわ」

「え? 滞在時間なんかあるんですか?」

「あるわよ。だってここの担当じゃないし。幸太に事態を理解させる為に案内役が必要でしょ? だから十五分間だけここに入室する権利を貰ったの。これ以上居たら射殺されちゃうから、じゃあね」

「あ、ちょ―――!」

 慌ててオレは引き留めようとしたが、二人の間隙を自動ドアが完璧に遮断。オレは只一人、〇二三の収容室に取り残された。



―――行くしかないよな。



 報告書には一四歳の少女とあるが、この世界には言語の壁というものがある。出来れば同じ言語であって欲しい所だが、さて。

 俺は意を決して収容室のロックを解除。ふかふかの絨毯に足を踏み入れると―――ベッドの横からひょっこりと小さな頭が出てきた。

「うお…………!」

 思わず、驚く、そんな所に隠れていたのなら、窓から見えないのも当然である。オレは自身の特性の事もあり、敵意を持たせてはならないと、極めて優しい声音で声を掛けた。



「は、初めまして。僕の名前は…………『ロキ』だ。き、君は?」


 少女はオレの言葉に、一旦首を傾げたかと思うと、まるで必然の如く視界が歪んだ。目を擦れば直ぐに治る程度の歪だったが、今のが偶然だとはとても思えない。長い沈黙の末に、少女は一言。


「初めまして! どなたか存じ上げませんが、担当職員の方ですか?」  


 オレの緊張は、少女からの好意的な歓迎で以て、解けた。

 三日以内です。報告書については、実験報告含めて全部欲しいって人がたくさん居たら、後書き辺りで公開します。

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