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特異-四二五

 久しぶり。

 特異は多くの場合嫌われている。まるで少数派を排除する多数派の様に、オレ達は文字通りの『特異』として扱われている。

 オレが自由に施設を歩けても。或は美墨さんが俺を人間扱いしていても。この前提を忘れてはいけない、何より尊重しなければいけない。でなければこの世界はあまりにも生き辛すぎる。『過保護』に守られたオレの言えた義理ではないが、ストレスに応じて現実を歪めるクロネコにも、いつかこれを心に刻んでもらわなければならない。

 特異相手に常識を教えているつもりはない。オレはこの世界を生きられる様に知恵を与えたいだけだ。クロネコの特異性は、制御不可という点で俺よりもつらい。本人のストレス耐性を高めない事にはどうしようもないものをそのままにしておくのは愚の骨頂だ。それではクロネコの心が育たない。我儘な人間になってしまって困るのはオレ達でもあり、本人だ。

 ただし、あんまりストレスを与えてしまうと何をするか分からないので匙加減には気を付けた方が良いだろう。変容について報告書に有効範囲の記載が無い以上、全世界という事も十分にあり得るのだから。

「私と友達になりたいって人が居るの本当ッ?」

「人じゃないよ。でもクロネコと仲良しになりたいってのは本当だ。嬉しいかい?」

「うんッ! ロキでしょ、お人形さんでしょ。もう三人もお友達が出来ちゃった! 私って運が良いのかなあッ!」

「運……? いや、どう考えても僕の……」

 努力の結果だとか何とか言おうとも思ったが、クロネコの眩い笑顔を見ていたら、野暮な返しはするものじゃないと思い直した。オレの手柄だから何だと言うのだ。運が良いったら良い。そういう事でいいじゃないか。

「ヒメクンはお友達になってくれないのッ?」

「ひ、姫クンッ?」

 姫乃崎さんは呼称への不満を露わに目を見開いた。しかし如何せんクロネコには表情から感情の機微を読み取る力が足りない。只、驚いているだけと思ったのかもしれない」

「だってヒメノザキなんでしょッ? ロキとの会話聞いてたよ!」

「……ロキって」

「ああ、僕の事ですよ。まあ色々と……本名という事でここは一つ」

 ややこしいだろう。オレもややこしいと思っている。でも仕方がない。咄嗟に出た名前がこれだったのだから。今更撤回すると確実にクロネコの不信を買う事になる。直すにしても時機は慎重に考えた方が良い。

「そうですか。では特異-〇二三。俺が貴方の友達になるか否かというのは―――」

「私、クロネコ! よろしくねッ」

「あ、あ……あ…………はい、よろしくお願いします。それにしても姫君は辞めてください。女性みたいじゃないですか」

「じゃあザキ君!」

「……それはそれで、なんでしょう。死のイメージが―――」

「姫乃崎さん。多分それはゲームのせいじゃ……」


「あ、あそこかな!」

 

 クロネコの精神性は見た目以上に幼く、それ故に会話の流れを尊重といった芸当は自然にしか出来ない。まともに会話が成立していると思ったならそれは偶然だ。タイミングが良かったか、他にクロネコの興味を引く物がなかっただけだ。見た目で特異を判断してはいけない。それは特異相手に絶対にやってはいけない事だと他ならぬ特異オレから言わせてもらおう。

 見た目はへぼっちいオレでさえ、暴力に対して絶対的なカウンター能力を持っている。それに反して常識自体は備わっているから職員として雇用されたのであって、例えばオレの精神性がクロネコと大差ないのであれば、未だに収容されていただろう。

 オレと姫乃崎さんを置き去りに、クロネコは瞬間移動。僅か十数メートルの距離すらストレスに感じたらしい。面白そうな物にはいち早く飛びつくを地で行ったわけか。

「ああ、ちょっと待って! 予約に割り込んで会いに来たんですから、手続きが―――」

「お友達~♪ お友達~♪ 友達百人出来ちゃったー♪」

「人の話を聞けよッ!」

 クロネコの後を追う様に俺達は収容室へ入室。彼女を嗜めようとする反面、姫乃崎さんも何だか楽しそうだった。彼は本来情報記録室からの外出が許されていない。それでも外出が認められたのは偏にクロネコのお蔭である。

 またまた美墨さんに負担を掛けてしまったが(美墨さんを通してオレが上に掛け合った)、そこは最早今更だ。言い出したらキリがない。事の始まり―――つまりはクロネコを連れ回している現況でさえ、立派な収容違反なのだから。


 仮にも担当職員が特異を制御出来ていないという時点で、オレに担当の資格が無い事は明白か。

     

 何気なく視線を机にやると、パソコンが開いており、画面には改訂途中の報告書が見えた。そう言えば担当職員の姿が見えないが、果たしてどこへ行ったのだろうか。悪いとは思いつつ、オレはパソコンの画面を覗き込んだ。








特異-四二五  しあわせおうし



 Class Blue



 四二五に対する監視はレベル1(監視マニュアル参照)に留めてください。また、四二五が外出の意思を示した場合、担当職員はただちに収容室の鍵を開けてください。四二五が外出から戻るまで担当職員は一切の職務を遂行しないでください。


 四二五は羊毛に酷似した毛であり、外見は羊に酷似しています。四二五の毛は如何なる手段を用いても変形・破壊が出来ませんが、例外的に圧迫だけは出来ます。四二五の毛を生物が圧迫した時、圧迫した生物は非常に依存性の高い多幸感を覚えます。


 四二五からは、血液や器官などの生物としての証明要素が発見されていませんが、四二五は半径五メートル以内に入った物を認識する事が出来ます。認識された物体には生物・非生物、友好的・敵対的を問わず接近します。四二五が近づくにつれて物体は生物であれば敵意・恐れを失い、非生物であれば一時的に特性を失います(実験『非生物に対する影響』ログ参照)。

 

 半径一メートル以内まで接近すると、四二五は物体を包み込みます。包まれている間、生物は一時的に死亡します。この時に物体へ攻撃を加えると四二五が防御した結果から、四二五には意思がある事が発覚しました。

 


 補遺:一時的に死亡した生物は四二五の毛が離れると同時に蘇生されます。癌を患っていた職員を行かせた所、該当箇所が治療されている事が分かりました。この事から特異—四二五には医療現場における利用が計画されています。


 補遺2:アンデス事件にて脳死状態となった職員を使用し実験に臨んだ所、脳死状態からの回復を果たしました。四二五には更なる可能性が期待されます。




 ―――只の羊に見える毛玉だと思ってたんだが、これが不老不死の完成形なのだろうか。

  

 蘇芳・コンヴィターニャ博士

 






 更なる実験の結果、依存性の強さは違法薬物の十倍以上と判明しました。職員が触れ合う際は、ニ十分以上の滞在は認められていません。滞在を試みる職員はマニュアルに沿って対応してください。


 

 鬱陶しいぐらいいますが、作中の報告書は一部です。



 それとイエローカードのせいでちょっと怪しくなってきたので念の為にタグを増やしました。

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