特異-八七七-Ω
報告書付き
「…………軽すぎるだろ」
オレが特異たる所以は『過保護』による究極の自衛だ。逆に言えばそれしか出来ない。クロネコを見つからずに移動させるのはどうやっても不可能。かと言って放置しておくのは担当職員として不味いので―――
こうして背中に背負って、運んでいる。
とてもとても人間を背負っているとは思えない。背中に背負うという行為は中々確実な方法だと思うのだが、まるでビニール袋を背負っているかの様な頼りなさだ。本当に人間……いや、特異か。
そう言えば、クロネコが何処で収容されたのか、記載していなかったのは何故なのだろうか。特別な事情が無ければ記述されるのが報告書というものだ。オレは職員になった事で得られた権限を利用して削除させてもらったが……彼女もそうなのか?
職員ではないが、あのストレス耐性の無さならばどんな我儘でも通せる気がする。
―――これは新しい拷問か何かか?
オレは職員だが特異だ。決して歓迎される様な存在じゃない。
背中に背負う少女は特異だ。職員でも何でもない。
しかも自由奔放で、あまりぞんざいに取り扱うと手が付けられないような存在だ。この二つが一体となってエリア内を歩く事の危うさは、他でもないオレが一番よく知っている。この突き刺さる様な視線は、今暫く続くだろう。
「恋人って……感じには間違っても見えないよなあ」
進言した所で無駄だろうが、やっぱ恋人は無理がある。危険物処理に危険物を用いる馬鹿が何処に居る。とてもじゃないが恋なんて無理だ。せめてサポーターの一人くらい……恋愛のサポートってどういう事だろうか。
「…………ここが、情報記録室か」
特異の情報は、基本的には担当職員のみが閲覧出来る(軽く触れる程度ならばこの制限はない)。情報記録室は例外的に機関が管理する全ての特異の情報が閲覧できるとされている。ただし職員であれば誰でも入れる訳ではないようで、レベル九以上のクリアランスが無いと入れない―――
え、じゃあ何でオレにこの部屋を教えたの?
扉は鋼鉄製で、厚さは約一メートル。扉というより只の出っ張った壁だ。扉の端に認証画面と監視カメラが無ければ、絶対に扉だとは思えないだろう。認証もクリアランス提示、声紋認証、眼球認証、指紋認証、メインコード認証、サブコード認証の六段階まであり、とてもどうにか出来るものではない。
この扉が攻撃してくれれば壊せるのだが、物言わぬ普通の壁だ。オレにはどうしようもない。クロネコが起きてくれれば…………
「…………ん、んん。ん…………ロキ?」
「あ、クロネコ。おはよう」
まるで起きる気配が無かったクロネコが、急に起きた。ベストタイミング! と喉まで言葉が出かかったが、どう考えても偶然なので、口は噤むに限る。
「おはよ…………ここ、どこなの?」
「んーいい所かなー」
「いい所………………って?」
「ほら、二五四と友達になったでしょ? この部屋の先にはお友達図鑑があって、クロネコと友達になれそうな奴等がたくさん載ってるんだ」
「ほんとーーーーーーーーーーーーー! え、え、ほんとッ、ほんと?」
背中に背負っているせいで表情を拝む事は出来ないが、何故だろう。新しい能力でも発現してしまったのだろうか。目を輝かせているクロネコの表情が手に取る様に分かる。軽すぎるので何かを降ろす自覚も無いが、扉の前で跪くと、首に掛かった手がゆるりと離れていく。
「ほんと! ねえほんと、もっといっぱいお友達出来るのッ?」
「う、うん。まあそういう場所だからね」
嘘は吐いていない。本当の事を言っている訳でもないが。
「うっわあああああああああ~! ロキだーーーーーいすき!」
「ちょ、待って。僕に抱き付いたら―――!」
記録室の前で連鎖が起きたら、どれだけの情報が失われるだろうか。しかしこの近距離ではどう防いでもどちらかの特性が発動する。どちらかが発動すれば両方が発動する。
「待って待って待って待って! 待ってえええええええ!」
「…………君達、監視カメラの前でいちゃつくんじゃないよ。ぶっ殺すよ」
誰がどう介入しても詰んだかに思えたが―――記録室の内側から出てきた少年の物騒な一声によって、クロネコは動きを止めた。
少年の年齢は、オレよりもニ、三歳若い様に思える。機関から支給されたであろう白衣は全く体格に合っていない。ギリギリ地面につくか、つかないかというぐらいだ。袖もブカブカで、着ているというより被さっていると言った方が正しい気がする。
「エージェント・美墨から連絡は受けているよ。直ぐに応答できなくて悪かった。とはいえ、今にも世界が滅びそうないちゃつきを目の前でやるんじゃない。こっちは気が気じゃなかったんだから」
「す、すみません……連絡、受けてたんですか」
「はあ。寿命が五年は縮んだよ。俺に感謝してくださいね。さっきの留めなかったら、始末書とかそういう次元の話で終わらなかったんですから」
「反省します……」
「……? ねえねえロキ。この人何言ってるの? 滅ぶとかってどういう事?」
「さ、さあ。僕もあんまり分からないな……ノリで会話を合わせてるだけ」
下手に『知らなくていい』旨の発言をすると、仲間外れの気持ちを感じさせる可能性がある。俺も分からないふりをするしか、ストレスを与えない方法はない。
「用件は分かってる。『不柩の砂爆』と『ノンレム眠間人』について調べに来たんでしょう? どうぞ、そこの端末に座ってください。今、報告書を出しますから」
「あ、どうも―――クロネコ。お友達を探すの、ちょっと待ってもらってもいいかな? 仕事があってね」
「うん。私こっちで遊んでるね!」
彼女が指さしたのは、バランスボールだった。機関職員は住み込みが当然だし、生活感の見える物があっても特別不思議ではないが、流石にこの場所では違和感を覚える。ここ、情報記録室だろう。バランスボールなんかあって良いのか。
「う、うん。分かった。怪我しない様にね」
細かい事を気にしていたら胃が死にそうだ。違和感は全面的に無視しつつ、オレは少年の隣にある端末の前に座る。
「二つ見せてもいいけど、これだけ見れば大体分かるんじゃないんでしょうか」
特異-八七七 ノンレム眠間人
Class Indigo/Violet
特異ー八七七は能動的監視を必要としていません。エリア-〇〇二を自由に移動させてください。例外的に、エリアを出ようとした場合は拘束が認められます。
八七七は身長二メートル五センチのイギリス人男性、年齢は収容当時三四歳です。八七七の体は常に疲弊(疲労学会の定義する所に準ずる)しており、現在までに思考能力の低下や、刺激に対する反応の低下、注意力の低下、注意散漫、動作緩慢、行動量の低下、眼のかすみ、頭痛、肩こりが八七七より訴えられています。
八七七の筋力は同年代の男性平均と比較しても著しく劣っており、直立姿勢を維持する事さえ難しい事が判明しています。八七七は受動的、能動的に睡眠を取る事が出来ません。睡眠とは直立姿勢の解除です(この為、八七七は限定的な不死性を有していると言えます)。三八時間を超える直立姿勢が認められた時のみ、八七七はその場に倒れる事が出来ます。この間はいかなる手段を用いても起床しません。意識の有無も認められません。
補遺; 八七七は九六時間の睡眠を経て覚醒します。八七七に眠った自覚は無く、体は睡眠前と同様に疲弊しています。この疲弊は職員による栄養管理、精神科医によるカウンセリング、催眠術師による催眠術では解決する事が出来ませんでした。
―――ここから先、レベル八クリアランスかそれ以上の者のみ閲覧可能―――
特異—八七七-Ωは不定形の存在です。後述の変化から身長、体重共に可変であり、外見の記述は意味を成しません。両目にはひびが入っており。筋肉は水分と共に吸収されたと考えられます。脱走を発見した職員は速やかに特殊部隊『砂冠』に連絡し、避難してください。八七七-Ωは生物種に対して極めて強い嫉妬を抱いています(襲撃ログ参照)。
八七七-Ωはどんな姿であれ、全身から白い砂を放出しています。砂は特異—二四九と全く同一の性質を有しており、一メートル以内に近づいた生物種を脳死状態にし取り込みます。八七七の大きさに拘らず白い砂の量は文字通りの底なしです、これまでに推定六〇万トンの砂が確認されています(襲撃ログ参照 ※ログはレベルⅩクリアランスの者のみが閲覧可能とします)。尚、白い砂の性質は『砂冠』の保有する防護服で遮る事が出来ると判明しています。
砂に取り込まれた生物は体内組織を砂に吸収され、人形となります(以下八七七-Ω-Aと呼びます)。八七七-Ω-Aは砂の影響を受けていない生物に近づき、爆破する事で体内の砂を散布します。散布範囲は三〇〇メートル~一キロメートルです。
散布された砂を体内に取り込んだ生物は、ニ〇分の内に体内組織を砂に吸収され八七七-Ω-Aとなります。砂を取り除く方法は物理的なもの以外に有効と認められている方法はありません。例外的に一日二リットル以上の水分を補給する事で三時間だけ活動を停止させる事が出来ます。
補遺:████████以降、ヴァイオレットに分類される特異同士の実験は絶対的に禁止されています。
補遺2;議会の決定により、八七七-Ωの分類がヴァイオレットに引き上げられました。現在、完全に破壊しうる手段が模索されています。
補遺3;八七七-Ωが脱走してから一か月が経過しました。再び収容されるまで、報告書の編集は禁止されています。
ぬわつか。




