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眠れる夜の砂男

 あの男がくれた砂の効力に偽りなし。夜明けまでクロネコが動く事は無かった。微かに呼吸を繰り返した状態で、オレに密着しながら眠っている。

 え。オレ?

 クロネコと密着状態なのがどうにも恥ずかしくて、眠れなかった。小瓶の底にのこっていた 僅かな砂粒を自分にもかけてみたが、何故かオレには効果が無い。色々と寝る為の試行錯誤を繰り返している内に、朝が来ていた。

 ただし朝日が差し込むような施設でもないので、時間上朝というだけで、周囲の景色に変化がある訳ではない。

「………………眠い」

 結果的には、寝る為の努力は全て裏目に出てしまった。朝になってからようやく眠くなるなんて最悪だ。今日は職員としての仕事はやめて大人しく収容されていようか。いやしかし、オレはクロネコの担当職員。オレ以外に誰が彼女の世話を出来ようか。


 ―――そういえばクロネコって、どうやってオレの事を認識してるんだろう。


 彼女の報告書には、特異性が発動する度に視力を失っている旨が書かれていた。確か今の視力は〇・〇〇一。特異性が発動する度という事だから、今も下がり続けているのは間違いない。というかそこまで視力が低いと、オレを見ても他の職員を見ても気付かなそうではある。

 他でもない彼女がその事に気付いていない筈がないのに、昨夜彼女は、俺と一緒に寝たいが為に、いや、一緒に寝たいという欲求が叶えられないというストレスを感じた結果、布団を透過し、無理やり中に入ってきた。ストレス耐性がないとはいえ、自分の目が悪くなっても良いのだろうか。欲求が通らない事に比べれば、視力など些細な事とでも言いたいのか。

「…………ん?」

 眠っていて意識の無い内とはいえ、クロネコから離れたらどうなるか分かった物じゃない。抜けるに抜け出せないでいると、収容所の扉が何度も何度も叩かれている事に気が付いた。何か緊急事態だろうか。

 極めて慎重にクロネコの身体から離れ、おそるおそる扉を開けると、

「幸太!」

 息を切らした様子の美墨さんが、勢いよくオレを抱きしめ―――かけて、停止する。動きが早すぎて全く反応出来なかったので、彼女から留まってくれなければ、大変な事が起きていた。しかし美墨さんはどうしても俺を抱きしめたいたらしく、一度停止してから、極めて優しい手付きで、そっと抱きしめてくれた。

 あまりにもソフトタッチだから抱きしめたというより触れたと言った方がいいかもしれないが、それはそれとして、抱きしめられた事がないものだから、凄く嬉しい。今度はオレの方から美墨さんをぎゅっと抱きしめた。

「―――ぎゃああああ!!」

「あはは。大丈夫ですよ」

「…………………え?」

「僕が原因の『危害』にこの特性は発動しない。ですよね?」

 オレの隣にいる『それ』は故意、過失問わずあらゆる物を罰する。それが他人であれまたは自然的な何かであれ、例外はない。剥落したコンクリートが頭にぶつかればその建物が崩れるし、誰かの投げた紙飛行機が体に触れれば投げた当人に被害が及ぶ。傍迷惑な特性だ。故に『過保護』だ。

 この特異性―――特性に例外は一つだけ。それはオレ自身が原因で引き起こされたかどうか、だ。例えば誰かがオレに石を投げたら当然対象になるのは投げた人物だが、オレの投げた石が壁にでも当たって跳ね返り、それがオレに当たった時は何も起こらない。仮に死んだとしても、生き返るだけで終わりだ。

 この理屈は他の行動でも通じる。強く抱きしめる行為は十中八九危害に当たるが、それを俺からやってしまえば、どちらにしてもこの特性は働かない。飽くまでこの特性は、防衛機能なのだから。

「な、な、な。幸太。貴方ってば私をからかったわね!」

「あははは! 済みません、美墨さんが抱き締めようとしてくれた事が本当に嬉しくて」

「大人を揶揄わないで! は、はあ。ほんっとに生きた心地がしなかったわ。幾ら幸太だからってやっていい事と悪い事があるわよ。本当に焦ったんだから……もう」

「でも―――固いですね。防護服とか色々あるからでしょうか」

「そりゃそうよ。固くなかったら攻撃守れないでしょ? まあでも、いざ実際に特異を鎮圧する事になったら、こんな服も気休めにしかならないなんて分かっているつもりだけれど……そろそろ離してくれないかしら」

「あ、済みません。腰があんまりにも細いんでついつい」

 言い訳にもなっていない言い訳を述べつつ、オレは何気なくクロネコを見遣る。中々の喧騒を立てたと思ったが、彼女には全く起きる気配が無かった。

「それで、何か用でも? 随分焦ってたみたいですけど」

「―――え。ああ! そう、そうなのよ! 実は貴方の部屋の外が大変な事になってて。今、特殊対策部隊の人達が除去作業をしてる最中なのよッ」

「大変な事って、具体的には?」


「白い砂が床一面に広がってるの!」


 その話を聞いた時、オレはとても反応に悩んだ。この状況について、中々呑み込めないものがあったのだ。知らないと嘘を吐くのは簡単だが、あの監視カメラは間違いなくこちらを捉えていた。だが正直に言ってしまうと―――色々と面倒だ。

 砂を吐いたのはあの男だが、吐かせたのはオレ。間接的には元凶と言っても差し支えない。素直に自白が出来ればそれが何よりだが、如何せん、複雑な立ち位置に居ると言い出しづらい。

「その白い砂が……どう、不味いんですか?」

「不味いなんてものじゃないわ。他のエリアにどんな特異が居るかは知らないけど、このエリアで白い砂って言ったら、一つしかないのッ」

「―――それって、おかしくないですか? 特異には担当職員をつける必要があって、その特異の詳細な情報は担当職員しか知っちゃいけない筈じゃ」

「仕方ないのよ。だってその特異―――今も脱走中なんだから」

「脱走?」

 そういえばそんな事を言っていた気もするが、しかしあんな堂々と脱走する奴が居てたまるか。幾ら超常的な存在だからって、もう少しコソコソしてもいいだろう。

「脱走って……普通に捕まえれば良いんじゃないんですか? 一回は収容できたんでしょう?」

「一回はね。流石に詳しい収容方法まではデータベースを見ないと分からないけど、一時凌ぎに過ぎないものだったらしいわ。私が焦ってたのはその―――貴方に何かあったらって思ったんだけど。収容室の中までは浸食されてないし、どうやら杞憂だったみたいね」

「わざわざ済みません。でも僕、嬉しかったです。美墨さんがそこまで僕の事を心配してくれるなんて」

「当然よ。立場上、公の場では貴方を特異として扱わなきゃいけないけど、私個人にとってみれば貴方は只の高校生―――心配しない訳、ないじゃない」

「美墨さん…………」

 彼女は去り際に俺の頭を一度だけ撫でてから、身を翻した。

「私はもう行くけど。もし脱走中の特異について知りたかったら、情報記録室に行きなさい。そこに居る担当者に『不柩の砂爆』と『ノンレム眠間人』について尋ねれば、貴方の部屋の前を通りがかった特異がどれだけ不味い存在だったのか分かる筈よ」

「ノンレム眠間人………は? え? 眠間人? 民間人じゃなくて?」

「飽くまでナンバー以外で識別する為の呼び方だから、特異ナンバー二四九と特異ナンバー八七七について知りたいって言えば、それでも通じる筈よ。じゃあね、幸太。今日も一日頑張りましょう」

 ナンバー以外の呼び方……オレやクロネコにもあるのだろうか。そちらの方が少し気になったが、今の俺には何にも優先してやるべき事がある。先程、美墨さんは特殊対策部隊が除去作業中だと言っていた。つまり収容室を出たすぐそこに、人がいるという事だ―――




 クロネコ、どうしよう。 

 

 



 とんちんかんな名前だと油断してはいけない。某財団だって『幼女』が強かったし。

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