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脱走案件

 久しぶりに音楽使ったけど間に合うもんですね。

 いつも夢を見る。僕の中に潜むそいつが、そっと語り掛けてくるんだ。

「これがお前の望んだ事なんだろ?」

 僕はそんな事、望んじゃいない。僕がお前のせいでどれだけ迷惑を被ったと思ってるんだ! お前さえ、お前さえ居なければ、僕は母さんに見捨てられる事も無かったんだ。

「冷たい事言うなよ親友。ボクは君の為を思ってやってるんだぜ?」

 それが余計なお世話だって言うんだ。お前が僕に与えたのは何だ。このおかしな防衛機能と、出鱈目で滅茶苦茶な日々だけじゃないか。お前に感謝すべき事があるとすれば、それは美墨さんと引き合わせてくれた事くらいだよ!

「全く何を言うかと思えば。いいや、むしろ君は自分が何を言うのか把握していたんだな」

 どういう事だっ?

「ボクの言いたい事なんて分からなくていいさ。それが君の望み―――ほら、お客様だぜ?」

 え…………?






 




「…………んぅ……ん、んんんん?」

 夢はいつも見ているが、これだけ鮮明に記憶出来たのは久しぶりだ。余程眠りが浅かったのだろう。そうに違いない。夢の中でした会話を、オレはハッキリと覚えている。覚えていないのはオレの中に居るソイツの顔だけだ。

 あの時は間違いなく見ていた。しかし現実世界に意識が戻るたびに、首から上が思い出せなくなる。処か、考えれば考える程忘れていくような気さえしてくる。足はあったか、胴体はあったか、そもそも形があったのか。考えこめば考え込む程、何も分からなくなる。性質が悪いのは、決してこれが攻撃ではないという事だ。記憶に干渉している時点で攻撃に認定される気もするが、これだけは何故か例外に分類される。オレの隣に居る正体不明の存在は、肝心な時に役立たずだ。

「…………あ、起きた!」

 ……………………。

 …………………………?


 …………………………………………!


「うわあああああああ!」

 何故かオレのベッドに、いや収容室にクロネコが侵入している。一瞬だけ逆なのかもしれないと思ったが、部屋の無機質な印象からして、それはあり得ない事を悟った。ここはやはりオレの収容室で……クロネコが脱走している。不可逆的事実だが、この時ほど俺は現実を歪めたいと思った事はなかった。

「くくくくくくくくクロネコッ!!? どどどどどうしてここに!」

 声が震えるのは漫画的表現であって現実では決してあり得ない事だと思い込んでいたが、それは大いなる気のせいだった。人はあまりに驚き、そして困惑すると声が震える。特別滑舌が悪い自覚は無かったが、猛烈に噛んだ気さえしてくる。舌もうまく回らない。

 しかし落ち着かなければ、ここでうっかりオレが彼女にストレスを与えてしまった場合、『変容』がオレを攻撃し、その攻撃に対してオレは己の特異性を発揮する事になってしまう。一度こうなったが最後、恐らくは永久機関だ。『変容』はクロネコを殺させない為に何としてもオレの特異性を防御するだろうが、今まで実際にそれを防御出来た奴は存在しない。

 オレみたいに自己蘇生が可能なら生き延びる事は出来ると思うが、クロネコの特異性は彼女のストレスありきで成り立っているから、死んでしまえばそれまでだ。だから最終的にはオレの特異性が勝利するとは思うが…………その決着までに、どれだけの被害が出るか。

 最悪の未来を考えていたら、段々落ち着いてきた。オレは改めて彼女に尋ねる。

「どうしてここに?」

 クロネコの答えはシンプルだった。

「寂しくなっちゃったの!」

 特異に認定された存在は、オレを見ても分かる様に、個室を割り当てられる。群体として存在する特異でも例外はない。群体を一括りに部屋へ収容する。少なくとも一つの部屋に複数の特異を入れるなんて事はあり得てはならない。強いてあり得るとするならそれは実験の時だ。

 などと抜かしているが、昨日までオレ達はそのあり得ない事を堂々とやらかしていた。二五四と、クロネコと、オレ。オレは職員を兼ねているから例外としても、クロネコと二五四はれっきとした特異だ。引き合わせてはならない存在だ。

 けれども行動を起こした当人がオレとクロネコでは、機関も直接的対処は出来ない。つまり己の特異性を利用した上で前回の行動は不問になった(美墨さんに面倒は掛けたが)だけで、特異が一緒に居るという状況そのものは、相変わらず作り出してはいけない状況だ。

 まあ、たった今作り出されているのだが。

「さ、寂しくなった?」

「うん。私ね、自分の部屋に戻ったんだけど、ロキが一緒に居ないと何だか寝付けなくって。そしたら急に何も無い所から扉が出て来てね、入ったらロキが居たんだ!」

 『変容』。最早何でもありじゃないか。早速新たな種類の『変容』が見つかったから、追記しなくては。早速担当職員に連絡を……って、オレだった。

「ねえロキ、一緒に寝ようよ! 二人でベッドに入ったら気持ちいいよッ」

「あーえー……っとだね。うーん」

 嫌じゃないさ。美墨さんの方がオレの好みとはいえ、女の子と一緒に寝る事が嬉しくない筈がないさ。


 こんな特異性が無ければ、の話だが。


 寝返りを打ってうっかり攻撃した日には永久破壊機関が完成してしまいかねない。逆もあり得る。寝返りを打ったクロネコの手がオレに掠りでもしたら、それだけで完成だ。

 かと言って拒否は出来ない。悪戯にストレスをためる結果に終わる。彼女との恋愛に不安しか感じていなかったが、前言撤回だ。絶望しか感じない。

 恋愛とはこれ程に面倒なものなのだろうか。絶対的にノーが言えない状況で、或はイエスを迫られている状況で、愛は育めるものなのだろうか。俺には分からないが、とにかくこの場を凌ぐ必要がある。

 方法は三つ。


一 美墨さんに投げる

二 寝ない

三 クロネコを眠らせる事が出来るイイ感じの特異を見つける。


 正直、最初の選択肢が無難だが、これ以上面倒を掛けたら確実に美墨さんに嫌われる予感があったので、個人的には選びたくない。かと言って二は根本的解決になっていないから、残るは三だ。俺が担当しているのはクロネコだから、そこまで機関が収容している特異について詳しい訳じゃないが、全世界に支部を持っているくらいだ。居るだろう。

 この支部、及びエリアに居るとは限らないが。

 だから選ぶとすればかなり分の悪い博打になる。

「駄目かな?」

「いや、駄目じゃないよ。駄目じゃないけど……僕と一緒に寝たいんだよね?」

「うん! ロキと一緒に寝たい!」

 その笑顔とは裏腹に、発言には確固たる意思を感じる。貫き通さねば、現実さえ歪ませる程の確かな欲求が。彼女の発言から考慮するに、この時点で一と二は消えた。オレが居ない時点で根本的解決になっていないからだ。

 とすると、残るは三のみ。オレにとっては最早運しか残されていない最高の賭けだ。

 アナログ時計を見ると、深夜の二時四五分。なんて時間に起こしてくれたんだ。しかし何時であろうとも部屋を出れば職員が居るだろう。見つかってしまえばクロネコが脱走したとみなされて大騒ぎに―――



「ちょ、ちょっと待っててね! 僕、トイレに用事があるんだ! 直ぐ戻るから、大人しくここで待ってて!」



 姑息な手段と言われ様とも構わない。とにかく打開の手段を探さないと。 

 

 

 

 

 

 

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