青春巡り
短いのは理由があるよ
「は?」
思わず素が出てしまった。まるでというかまんま縁談を持ち掛けられたみたいで、オレは困惑した。
「…………はあ?」
今度はより困惑し、そして彼女の発言を疑った。何を言っているのだろう、この人は。仮にも担当エージェントに失礼な態度だが、美墨はむしろオレの態度の方に同調しており、「そりゃそうなるわ……」と嘆いていた。
「えっと、ごめんなさい。訳があってこれは言ってるから、そこは勘違いしないで」
「……はあ。それで、一体どういう訳が?」
「うーんと、〇二三の特性は分かってる?」
クロネコの特性はストレス値の増加による現実の変容。一番高い所まで行くとどうなるのか分からないが、オレの特異と同じで何もしなければ……いや、退屈はそれはそれでストレス値を増加させる。俺よりも厄介だ。
「はい。まあ担当職員ですからね」
「ま、そうよね。その特性って……とても面倒でしょう? 何もしないのも駄目、下手な事をするのも駄目。生きてる間にストレスを一切感じないなんて無理だわ。今は最低限の増加で抑えているけど、それだけ。根本的な対処にはなってない」
最大容量が一〇〇だとして、毎日一ずつの増加に抑えていたとしても、それでは一〇〇日毎に限界がくる。機関がどれだけの実験をしたか知らないが、余程の数をこなしたことは間違いない。でなければ機関がこんな姑息な手段を取るはずがない。仮にも実験された身だ。それくらい分かる。
「そこでブレイン博士が提案したのがね……貴方を恋人にすれば、根本的に解決されるんじゃないかって言い出したの」
「は?」
だからってそれはおかしい。馬鹿と天才は紙一重とよく言われるが、それはきっとコインの裏表みたいなもので、今回は馬鹿の方が出たのだ。
オレよりもずっと学のある博士を馬鹿にするのは正直どうかと思うが、馬鹿は馬鹿だ。どんな頭の良い人でも頓珍漢な事を言ったら首を傾げられるに決まってる。
「ど、ど、どうしてそんな発想を?」
「言いたい事は分かる。落ち着いて。博士曰くね、私は妻と一緒に居る時が一番幸せだっていうの」
既婚者!?
何気にとんでもない事実が発覚したが、既婚者には今まで交際経験の無い男性の気持ちが分からないのだろうか。分からなくなったと言った方が良いかもしれない。
「な、何だか強引じゃないですか? 自分が幸せだからって同じ事をすれば止まるなんて……いや同じですらないじゃないですか! あっちは夫婦! こっちは恋人! よく考えたら理由になってませんよっ」
「私もそう思った。けど、止められなさそう。今回、幸太があの子を連れ出したせいと言ったらあれだけど……なんの気休めにならないかもしれないけど、まだ大丈夫。でもちゃんと仲良くなっておいて。上からの命令が来た時、それは絶対だから」
「……なんか、政略結婚する人の気持ちがわかった気がします」
「ふふふ、そう。でもあの子可愛いし、意外とお似合いなんじゃないかしら」
「意外というより胃が痛くなりそうですよ」
……………………
「無視!?」
「幸太。私だから良いけど、あの子の前で絶対しないでよ」
「そこまでですか!?」
「言っちゃ悪いけどクソつまらないから。つまらないのってストレスの原因になるでしょ」
「クソつまらないってなんすか! こっちは事実を面白可笑しく言ったつもりなんですけど」
「まあそこまで呑気に構えられるなら大丈夫よ。肩の力を抜いて、気楽にやって。あの子はこのエリアじゃかなりマシな方の特異だから」
それは分かる。今回友達になったアイツもオレの特性があったから何事も無かっただけで、その特異性は十分脅威に値する。
ストレスを与えなければ良いだけならクロネコは大分優しい。
「あ、そういえばさっき聞き忘れたんですけど」
「何?」
僕、この施設で青春を取り戻したいです!
と言おうと思ったが辞めた。そんな暇はない。いつ恋人になれと言われても良い様に、クロネコの好感度をあげなくては。
真面目な話をすると、オレはどちらかと言えば美墨の方が好みだ。露出が控えめなのでよく分からないが、仮にも特異を相手とするエージェント。スタイルはかなり良い。それとオレは、どちらかと言えば可愛い系より美しい系の方が好きだ。まあしかし、望み薄ではある。
彼女にとってオレはあくまで保護対象。人間として扱ってはくれても、異性として扱ってはくれない。
「……やっぱいいです」
「……そう? じゃあ私は帰るけど、何か必要なものとかがあるならとってくるよ」
「あ、じゃあ一つだけ」
「〇二三の全ての実験ログを持ってきて貰えませんか?」
短い理由は実験ログを書くのに時間がかかるからです。ごめんよ。ごめんやで。




