特異には分からぬ苦悩
どう考えても三話投稿を十二時までにするの無理では?
「あー楽しかった!」
クロネコは満足してくれた。結局このゲームの欠陥には気付かず、ボロボロに負けていたが、本人はあまり勝ち負けには拘らない性質だった事が幸いした。二五四もオレも、申し訳ないが負けず嫌いだったもので。いや、二五四は脳となっている人間の性格に影響されるのかもしれないが……ともかく、特異達のレトロな遊びはこれで幕を閉じた。
最終的なスコアなどどうだっていい。オレも数えていない。
「楽し過ぎて、疲れちゃった! ロキはどう?」
「ん……あ、ああ。僕も楽しかったともさ」
嘘ではない。こんな下らない遊びにマジになったのは久しぶりの事だ。やはりどんな下らない事もマジになって取り組むとそこそこに充実感がある。二五四も同じ気持ちだったと信じたいが、こいつに果たして感情はあるのだろうか。
「……貴方は楽しかった?」
不味い。
オレを介さずしてクロネコが二五四に感想を求めた。ここで無理やり遮って強引に仲介しようとするとストレスの原因になるだろうから、絶対に介入出来ない。だが……恐らく「つまらなかった」と言われれば、それでも彼女はストレスを感じるだろう。人に拒絶されたら、誰だってストレスを抱えるものだ。
―――親に捨てられた、オレみたいにな。
さて、何度も可能性を示唆した通り、クロネコがストレスを抱く事で発生する『変容』で俺が死ねば、大変な事になる。感情があっても無くてもいいから、二五四には賢明な判断をしてもらいたい所だ。
「……タノシカッタ」
クロネコの顔がパアッと明るくなる。そして人目も憚らず(と言ってもオレ達しか居ないが)ぴょんぴょんと跳ねて大袈裟に喜んだ。その間、視線が二五四から離れたのを機に、素早く彼の横へ移動する。
「助かったよ、有難う」
「トモダチダロウ。ワタシタチハ」
「ああ、まあ……でも友達だからって、お前を外に出してやるのは無理だからね。これも決まりなもので、分かって欲しい」
「ショウチシテイル。ニゲハシナイサ」
「どうして?」
「アノショウジョヲカナシマセルノハイケナイコトダ」
やはり分かっていたか。まあ分かっていなきゃ、とっくに『学習』していただろうからそうだろうとは思っていたけど。そうなるとやはり、オレの事も分かっていると考えた方がむしろ自然だ。こうして普通に遊べた時点で分かり切っていたが、念の為、ここで安心しておく。
「ねえロキ! そろそろ帰りましょっ! 私、眠くなっちゃった!」
「ん。分かった。じゃあ、また遊びに……来たら怒られそうだけど。いつか来るよ、二五四」
「デハナ」
オレやクロネコは、人間を辞めさせられた。勝手に特異として認定されて、人間ではない何かとして扱われて。彼女も心の底ではそんな扱いに不満を抱いていると思うのだが、それはそれとして、特異でなければ築けなかった関係がある。
オレ達が異常だったから、オレ達が普通じゃなかったから、二五四は普通に接してくれた。それがオレにとっては何よりも嬉しくて……まるでオレが保護される前。普通の人間として過ごしていた時期を彷彿と……させない。
―――学生の頃は、そんなに楽しくなかったなあ。
特異にも青春を謳歌する権利があるのかどうか、後で美墨さんに尋ねてみようかな。
「エージェント美墨。貴方は自分が何をしたのか分かっていますか?」
今、私はとある博士のオフィスに居る。
博士と言っても、大したお偉いさんではない。機関には博士がたくさん居て、このエリアー〇〇九には八人。その内の一人がこの、私の目の前に居るこのブレイン博士だ。片方だけやたら伸びた髪が特徴的で、何か傷を隠している訳でもなく片目が隠れている。
さっさと切れば良いのに、切るのも面倒と宣うおかしな人―――いや、それは言い過ぎた。私は博士とは思えない奇人を何人か知っている。それに比べたら、ブレイン博士はマシな方だ。
「はい。承知しています」
表面上は反省しているつもりを出しているものの、私の心中は荒れに荒れていた。
私に責任が無いかと言われるとあるけれど、だからと言ってエージェントに過ぎない私には九九九と〇二三を止められる訳が無かった。あんなのどうしろって言うのよ!
「貴方は特異が脱走しているのを見逃した上に、他の特異の場所まで連れて行きましたね? 報告がありましたよ」
「はい。申し訳ございません」
博士って役職は本当に良いわよね。現場に出ないもんだから好き勝手な事言えるんだもの。あの時、私が九九九―――つまり幸太を止めたとしても、〇二三まではどうにもならなかった。そのどうにもならない〇二三の『変容』を食堂で起こしたらどうなるかなんて、想像したくもない。
敢えて案内した私の判断は間違ってない。現に死者もけが人も、脱走すら起きていないのだから。
「本来であれば貴方をエージェントのクラスから解雇した上で記憶処理し、レベル0の職員として再雇用するつもりでしたが…………しかし、九九九が唯一心を開いていると言っても良い貴方にそんな扱いをすれば、九九九の職員としての姿勢は著しく悪化するでしょう。或いは彼の周囲に存在するアレが敵対的になるかもしれない。様々な可能性を考慮した結果、貴方への処分は減給のみとします」
「有難うございます」
「しかし、今後は二度とこういう事が無い様に、彼にちゃんと言い聞かせてください。分かりましたか?」
「分かりました」
恭しいお辞儀の後、私は速やかに退室。オフィスから暫く離れた所で、溜息を吐いた。
「はあ~! もうふざけんじゃないっての!」
何をどうする事も出来なかったという事実があるにしろ、私のは幸太が責任を問われない代わりという事でどうにか納得出来る。しかしながら、私が問われるなら〇二三の担当エージェントも責任に問われるべきだ。誰だ。何処行った。
「はあ……でも幸太はかなりマシな方なのよね」
知り合いのエージェントにヴァイオレットの担当になった人が居る。もう五年も会っていないけれど、元気かな……
それに比べたら、私なんて全然ホワイトな方か。幸太には脱走のつもりなんて無いし、年下なのもあって弟を持った気分だ。それ程悪い気分じゃない。
「あ、美墨さんッ!」
声の方を向くと、幸太が小走りでこちらまで駆け寄ってくる。その隣に〇二三はおらず、私の中では最悪の事態が脳裏を過った。
「幸太。貴方、あの子は?」
「クロ……〇二三の事ですよね。それならもう戻したので大丈夫です。今は眠ってます」
背中の辺りの嫌な汗がサッと引いた。見失ったとか言われたらどうしようかと思った。一気に身体の力が抜けて、私は近くの椅子に座り込む。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。博士に怒られちゃった訳」
感情の枯れ切った溜息を吐くと、彼は食い気味に顔を近づけてきた。
「え。じゃあもしかして異動とか……」
「無いわよ。幸太のお陰でね。でも二度とするなって伝える様に言われちゃった。ちゃんと伝えたから、守りなさいよ」
「いや、それは……どうでしょう。僕が徹底したとしても、一応担当職員としてクロ……〇二三が出たいって言ったら、また出なきゃいけませんし」
「そこは担当職員として何とか工夫してくれると、私としても助かるわ。外に興味を向けない様になんとか出来ないの?」
「…………明日から、頑張ってみます」
彼の表情が露骨に曇る。言葉では前向きでも、実際は何の名案も浮かんでいない事が透けて見える。職員となって日が浅いから仕方ないが、このまま対処しないでいると、また何かトラブルを起こしそうだ。その前に私の方から、何か対策を打たないと。
〇二三は幸太の管轄なんだけど。
その彼が私の管轄だから、こうなったらまとめて面倒を見るしかない。幾ら処分が軽かったと言っても、減給を何度も食らうのは流石に嫌だ。
「…………ねえ、幸太。後で貴方の部屋にお邪魔しても良いかしら」
「はい? 別に構いませんけど、エージェントには別に部屋があるんじゃ」
「寝泊まりしようってんじゃないわよ。少し話したい事があるだけ」
「…………そうですか」
意地悪するつもりも何も無かったけれど、幸太は露骨に肩を落とし、トボトボと離れていく。私は何故彼がああも気分を落ち込ませているのか、全く理解出来なかった。何と声を掛けたらよいかも分からないので、私は軽く手を振って幸太と別れる。
―――もしかして私の話そうとした事、勘付いたのかしら。
彼と彼の傍に居るアレは会話出来る訳ではないそうだが、アレの方から一方的に何かを送っている可能性は否めない。まあ気付いたから何なのかって事なんだけど……私は彼の青春が決して彩りのあるもので無かったと知っている。だから―――
博士。貴方は本当に何を考えているんですか?
予定変更するう? いやまだだ。まだ書いてみないと分からない。




