75話『呪魔』
恋のドキドキは命の危険のドキドキと同じなのか!?
人はこれを、釣り橋効果という。
誤字を修正しました。
2階の談話室は私の部屋から右に出た十字路の先だ。
十字路の北がエレベータ。
東が談話室、西にマリエラと私とレヴァンヌの部屋がある。
南にも令嬢達の部屋があり、
同じ間取りの部屋がずらーっと10部屋ほど続いている。
談話室にて。
侍女2人がお茶を用意するのを待ってから、談話室のソファーに皆で腰を下ろす。
もちろん、侍女2人もソファーだ。
気を使って、ちょっと遠くにちょこんと座っていた。
私の反対側に座ったベリアル様に視線を向ける。
少しだけ険しい表情だった。
私は意を決してベリアル様に尋ねる。
「ベリアル様、先ほどのアレは何だったのかお分かりですか?」
私と侍女達の不安な様子が伝わったのだろう。
ベリアル様は、ゆっくり丁寧に話してくれた。
「あれは、呪魔という精神体で、魔物の一種だ」
呪魔? 精神体? と、表情に出ていたのだろう。
ベリアル様は続ける。
「ピーラ事件の時に話した人工魔物の一種だ。
普通だと、魔力溜まりから産まれる魔物を人力の魔力で育てられたのだろう。
さっきのやつは珍しいタイプで、思念を込めた微聖霊が魔物化したものだ」
つまり、微聖霊が魔物化したら呪魔になるということだった。
「呪魔は、意思を持たない。込められた念、つまり命令に従って動く。
あの場合は、部屋の主を狙えと命令されていたのだろうな」
(魔呪が狙ったのは部屋の主……。)
「なぜ、あのようなものがあそこに居たのでしょう!?」
侍女カーラがベリアル様に問いかけた。
「あそこに呪魔がいた理由は明確だな」
そう言ってベリアル様は私を見つめた。
私だ。 私が狙われた――。
「そ、そんな――!?」
カーラが叫ぶ。
ベリアル様の視線の先を知った侍女達は、口元を押さえて崩れる。
目には涙が浮かんでいた。
「おそらく敵の狙いは、ラナーが学園に来ていることを知っている。
そして、わざとラナーを襲わなかった。
その理由は、ラナーが狙われないと周囲を安心させるためだろうな。
そしてエミリア自身もいままで狙われたことが無かった。
安心しきった瞬間に狙われたということだな」
私は青い顔をして俯いた。
なるほど、これは安心しきっていたツケだ。
ベリアル様がいるからと安心して油断していた。
もっと重大に事を構える必要があった。
だって、ゲーム中のエミリアはどのルートでも最後は確実に死ぬのだ。
涙で視界が滲む。
今回は、誰にも怪我は無かった。
私を狙った犯行で、もし近くに居た人に被害が出たらと思うと、
不安で胸が押しつぶされそうだった。
「エミリア。大丈夫だ。
君と君の大事な者達は私が守ろう」
ベリアル様は、私の傍にきて膝をつき右手を取った。
やさしい表情で微笑んで、顔を覗き込んでくる。
そして、私の中指に手を添えた。
ピンクと黒の光が帯を作り、中指に集まる。
そこに現れたのは、黒い輪にピンクの宝石が埋まったリングだった。
リング部分は黒真珠のような質感。ピンク色の宝石は内側のほうで
光が渦を巻いているような輝きだった。
「これは?」
顔を上げてベリアル様の顔を真正面から見る。
瞳に溜まっていた涙が雫をつくりポトリと落ちた。
「これはエミリアを守るリングだ。
星霊シェイドの祈りが込められている。
邪悪な気や呪い、敵意を防ぐリングだ」
ベリアル様は指輪の説明をしながら涙をふき取ってくれた。
ベリアル様に触れられた頬と手が熱を含む。
私の体温は一気に上昇したのだった。
その後、談話室に入ってきたポアソン君の報告では
部屋の中には何も無かったという。
部屋には結界が張られているので、中までは進入できなかったという。
「しかし、不思議なんですよね」
とはポアソン君の言葉だ。
「何か気がかりが?」
「部屋の前に居た呪魔の動きが遅かったのを覚えていますか?」
そう言われれば、そうだったかも?
ベリアル様も頷いていた。
「あれは魔呪が取りつく前に邪気払いの術が仕掛けてあったようで。
その痕跡が見つかりました。」
邪気払いとは、精霊気が帯びた聖水などを振りかけて清める術のことだ。
「それが、魔呪の動きを阻害していたと?」
私は、ベリアル様のほうを窺ったが、少し怪訝な表情だった。
そしてこちらを振り向いて言った。
「エミリアが邪気払いを仕掛けたのではないのか?」
え!?
「ベリアル様達では無いのですか?」
私達は誰が邪気払いを仕掛けたのか分からない状態だった。
侍女達も、もちろん違う。
ポアソン君も違うし、ベリアル様に至っては
もっと高度な結界を張れるので違うのは明確だった。
「ではいったい誰が?」
私は疑問を口にした。
ベリアル様は可能性があるとすれば、エレノア姫か
マリエラ嬢だろうという話だった。
私もそうかもしれないと、その時は納得した。
その後は、寮の扉ギリギリまで危ないということで、
寮の2階フロア全域を守護する結界を張るようだった。
もちろん、カーラとメーデにも守護を与えていた。
初めて出会ったときの指パッチンのあれだ。
…………。
あれ?
「ベリアル様、遠隔加護はエドワード殿下とナナリーで手一杯だと
言ってませんでした?」
ベリアル様は、チラリと私を見たあと無視した。無視された。ショック。
「ベリアル様!?」
「私はもう部屋に帰る。君も今日は疲れただろう。
ゆっくり、おやすみ。エミリア」
そう言って、私の手の甲にキスを落として颯爽と去っていった。
ポフンとまた顔が赤く染まる。
「エミリア様、ベリアル様はご自身の手で貴女様を守りたいのですよ」
耳元でボソッっとつぶやかれた声にビクリとした。
振り向くとポアソン君がいい笑顔で立っていた。
いつの間に私の後ろに!?
いい笑顔のポアソン君は礼をしてベリアル様を追いかけて行った。
ポアソン君の言葉にさらに顔が熱くなった。
私、やっぱりベリアル様のこと好きなんだ。
どう考えてもそうとしか思えない。
決めた。
私は決めたぞ!
私の想いはきっと叶わないだろう。
でも、それでもいい。
私が『私』を思い出して初めて感じた恋心だ。
私は、この想いを育てていこう。
叶わなくてもいい。
私は、ベリアル様が好きだ!!
だから、誰にも知られないように、
この感情を、育てていこう―――。
エミリアは自分のベリアル様への気持ちに向き合いました。
そして、育てていく決意をしました。
この先、その想いはどう育つのでしょうね?




