62話『劇本番』
アクシデントとニヤニヤ回です。
学園祭2日目。
とうとうこの日がやってきた。劇の本番だ。
結局、ストーリーは変更されなかった。
もしベリアル様がミスや硬直したとしても、私がアドリブで
頑張る方向に決まってしまった。
それと、昨日のズタボロ事件のせいで、1年生全体の劇の道具や衣装に対して
警備が強化されていた。同じことが起こらないように厳重だ。
現在、本番前の昼休み中である。
私は、衣装室で姫用のドレスに着替えていた。
レヴァンヌに髪とお化粧をアレンジしてもらい準備をする。
姿見の鏡を見た。
黙っていれば、儚げな印象の美しい妖精がそこにはいた。
そう、私だよ!すっごいよ、これぇ!ファンタジー世界にいそう!
薄いオレンジのAラインのドレスは白のレースフリルが織り込まれていて
フリルがいい感じのグラデーションになっていた。
ドレスには緑と赤の真珠が散らばり、
髪は、三つ編みのハーフアップにし、ヒイラギの実と葉の髪飾りを付け、
首元にはエメラルドとルビーのリーフ型の首飾りだ。
季節は違うけど、クリスマスの妖精さんかな?
とりあえず、衣装は完璧。
もうすぐ本番が始まる時間かな?
私の出番は中盤からだ。最初は王子様のストーリー目線で始まるから、
衣装部屋から出て、自分の出番まで待機する。
他愛ない話をレヴァンヌと楽しむのだ。
他の皆は小道具とか照明とか衣装とかの最終チェック中だ。
「エミリア嬢!」
声をかけられたので、そちらに目を向ける。
そこには、王子衣装に身を包んだベリアル様がいた。
「もうすぐ本番だな。その衣装、すごく似合っているぞ」
ベリアル様の衣装は、首元はポトルネックになったサーコート。
ガウンには肩章があり、いかにも王子様という印象だった。
全体的に服の色は青と紺だ。金糸の刺繍も似合っていた。
白銀の髪は耳より高い位置でポニーにしてある。
装飾品の類は全て金色に統一されている。
やっぱり、褐色の肌には金が映えるよね!! 衣装係グッジョブ!!
私はしばらく見惚れてしまっていた。
コホン!
「エミリア、そろそろ何か言葉をかけてあげないと
ベリアル王子がかわいそうです。
見惚れるのは悪いことじゃないですけどね」
という、レヴァンヌの声とウインクに私は慌てた。
「え! あ!? え、えと、ありがとうございます。
ベリアル様も、とても良くお似合いです」
心で思うのと自分で言うのとはまた恥ずかしさの度合いが違う。
私の顔は真っ赤になった。ベリアル様は微笑んでくれた。
さらに、自分の体温が上昇するのを感じた。
「ごちそうさまです」
とレヴァンヌから聞こえた。そ、そういうんじゃないんだからね!!
そして、いよいよ本番だ。
舞台から開始のベルの音と拍手、かたりべのナレーションが聞こえ始めた。
私は、ベリアル様に近づいく。
「ベリアル様、無理はなさらないで下さいね。
緊張して固まった場合は私がなんとかします!」
私の気合の入った激励に、ベリアル様は少しだけムっとされた。
あれ? かける言葉間違えたかも!?
でも、すぐにいつもの表情に戻った。
いや、いつもの顔じゃないな。これはドヤ顔っぽいニヤリ顔だ。
「そうだな。何が起こるかわからないのだ。
私は緊張しているのだからな」
ん?
「多少のアクシデントは仕方ないのだ」
えっ!? ど、どういうこと!?
「では、行ってくる」
そう言ってベリアル様は舞台に上がっていった。
舞台は順調だった。
ベリアル様も、セリフが飛ぶこともなく硬直することもなく順調だった。
最後のクライマックス直前までは。
王子役・ベリアル様セリフ
「あぁ、姫よ! 私の想いはもう貴女に届くことはないのですね。
この想いを、私はずっと抱いて生きていきます。
ずっと、ずっと、貴女を想い続ける事を誓います」
王子はそっと棺桶に近づく。
王子役・ベリアル様セリフ
「私の姫よ。 私の誓いをどうか、受け取ってください。
そして、私は、いずれ貴女の後を追います。
それまで、どうか、待っていてください」
棺桶を見下ろす王子。
私は、薄目をして様子を窺う。
ちょっとまって! ベリアル様、そこ、表情違くない!?
棺桶を見つめるベリアル様は、硬直なんてしなかった。
というか、すっごいニヤリ顔してる。
ベリアル様の顔が私の耳元に近づく。
私は目を瞑った。
「やっぱり悔しいな。私はこんなにも心が落ち着かないのに」
ん!?
「こんな状態でも君は役に入っているのだから、
どんな事にでも、無反応なのだろう? エミリア」
はい!?
ちょっとまって、ベリアル様なに言ってるんですか!?
しかも、いつの間にか、呼び捨てにされてる!
私は耐え切れずに、目を開けて、目だけでベリアル様を見た。
ニヤリ顔のベリアル様と目が合う。
その瞳は肉食の猛禽類のように妖しい色に輝いている。
そして、私の首筋に唇を落とした。
ひ、ひゃああああああああああああ!!!!
軽い「ちゅっ」というリップ音が聞こえて
私は思わず飛び起きそうになった。 が、右手で肩を押えられていた。
「ダメだぞエミリア。まだ劇は終わっては居ない」
ベリアル様が耳元で呟く声に背筋がゾワゾワする。
ナレーションが流れて、観客達の喝采が聞こえてきた。
ベリアル様は、そのままむき出しの首元にあるドレスをずらす。
そして、鎖骨の下あたりにも唇を落とす。
また、小さなリップ音がした。
ひょええええええええええ!!!!!!
ドレスを元に戻し、ベリアル様は妖しいニヤリ顔で見つめてくる。
かたりべのナレーションが終わり、観客の喝采がさらに大きくなった。
そしてゆっくりと幕が降りる。
幕が降りきるまでの時間が、ものすごく長く感じた。
あきまへん!! これ、なんちゅう拷問!? いや、ご褒美でっか!?
混乱と恥ずかしさと、いろいろな感情で変な関西弁? が出てしまった!
ど、どうしよう……。
このあと、私、どうなっちゃうの……
ふえええええええええええん。
だれか、へるぷみー!!!
補足
どうしてあんな行動をベリアル様は取ったのか?
それはエミリアが『役に入っていたら、キスシーンでも平気で行う』
とベリアル様はとらえました。だから悔しくてイジワルしたのです。




