29話『フラグ』
恋愛事情を文字にするのって難しいですよね。
イケメンにトキメクのは恋なのか?
つり橋効果でトキメクのは恋なのか?
車からかばってもらったときのドキドキは恋なのか?
ふとした瞬間、手と手が触れ合った時のドキドキは恋なのか?
相手のくしゃみに驚いた時のドキドキは恋なのか?
恋ってなんぞや?
「なんなのだ! アレは!」
魔王ベリアル様は激おこ状態だった。
初対面の人に対してのナナリーの粗暴にお怒りだ。
今、私達がいるのは、教室の近くにある談話室の中だ。
談話室の中は、一般人のリビングルームくらいの広さだ。
ワインレッドの絨毯が部屋全体にピッチリしかれ、
焦げ茶色の横長のテーブルが1つと
それを囲む背もたれのない広めのソファーが置かれている。
ソファーは皮張りのクリーム色だ。
入り口から入って左奥に扉があり、そちらは従者用の待機室だ。
待機室の広さはたたみ4畳くらいでソファーと給湯器もある。
紅茶を用意するのもここだ。
この学園の休憩時間は30分だ。
貴族だもの。お着替えしたり、お化粧直ししたり、
カフェに行ったりするんだもん。それくらい時間は必要である。
ちなみに、談話室と言えども2人きりにはなれない。
紅茶を用意したメーデとポアソン君は従者用の待機室にちゃんといる。
ベリアル様は、談話室をウロウロ、イライラしている。
「アレが、ナナリー様とエドワード殿下ですわ」
私の冷静な返しに、眉間のシワが増えた。
怖い。怖いってば!
私の緊張を感じ取ったのだろう、ベリアル様はハッとして
表情をやわらげてくれた。
「アレが次期国王候補か……」
「ええ。アレが次期国王候補で、王太子ですわ。
そして、私の婚約者です」
ざわりと胸に不快感が広がった。
自分で婚約者はアレだと言った瞬間に。
「あれでは、アストも将来が心配だろうな。
ああ。だからエミリア嬢を婚約者に据えているのか」
チクチクとベリアル様の言葉に胸に痛みが生じる。
私を婚約者に据える理由は他にもある。
お母様の血筋であるパナストレイ皇家の血を
ドルステンの王家に迎え入れたいのだろう。
あわよくば、星霊の加護の恩恵も狙っているのかもしれない。
「とは言え、問題はナナリー嬢もだな」
ズキンと、胸が締め付けられるほどの痛みが生じた――。
そして、頭の中に新しい記憶がサーーーっと流れていく。
溢れてくる新しいスチルたち。頭痛も襲ってきた。
記憶のスチルには、さっきのシーンも含まれている。
「うぐっ…………」
蹲った私に、ベリアル様は駆け寄る。
「エミリア嬢? エミリア嬢!? 大丈夫か!?」
頭痛が胸の痛みを超えた。
荒い息を繰り返し、目の前の人物を見る―――。
そこにいたのは、ダウンロードコンテンツで追加される
攻略対象のキャラクター、留学生のベリアル王子だった――。
神様、お願いですから。
記憶が戻るタイミングとか考えてください。
私は、青い顔でベリアル様を見つめる。困惑しつつも、見返すベリアル様。
私は、『ヒロイン』のナナリーと、
ベリアル様を出会わせてしまった――?
出会いのスチルが思い出される。
私は、ベリアル様を見つめたまま絶望した。
涙が、あふれてきた。
「ど、どうしようフラグ……立て……しちゃ……ぅぅ……」
ベリアル様は、いきなり意味不明なことを言い泣き出した私に
酷く動揺されていた。そして、私の隣に座って軽く抱きしめられた。
私は、魔王様の肩に顔をうずめてしばらく泣き続けた。
ちなみにこの時、従者の2人はチラリと様子を見た後
待機室に静かに戻っていった。
空気の読める、優秀な従者たちであった。
ゲーム用語集
スチル=乙女ゲームでの1シーン絵のことです。
この話に出てくるダウンロードコンテンツとは、
有料もしくは新アップデートの事を指します。
エミリアが持っていた攻略本は、ダウンロードコンテンツ前のものです。
なので、攻略本にはベリアル様のことは書かれていませんでした。




