15話『お母さん。』
やっとお母様登場です。
空が茜色に染まるころ、
ブルード城に母であるエレノア・ナスカ・ヴォルステイン侯爵夫人が帰宅した。
ベリアル様にはそのまま地下室で待ってもらい、
私はお母様の元に向かう。
自室で休憩を取っていたお母様に声をかける。
ノックをして、侍女に取り次いでもらう。
許可が下りたので、美しく見える所作で軽くあいさつをすませて入室する。
お母様は、窓際の丸テーブルで寛いで刺繍をしていた。
お母様は美しい。
私と同じ、夕日色の長い髪をお団子にしてシニヨンネットで結い上げまとめている。
瞳は切れ長の茜色で、口紅やほほ紅もすこしオレンジがかったピンクだ。
ドレスの色も濃い茜色のハイウエストドレスでゆったりしている。
反対側のイスをすすめられ、イスに座る。
背筋を伸ばして真っ直ぐ見つめる。
お母様は微笑をたたえたまま、ゆっくりと刺繍を楽しんでいる。
ここからが本番だ。
きっと、お母様がお母さんなら、私の話を聞いてくれる。
今からする質問は、ある意味、賭けだった。
「お母様、納豆ご飯とお味噌汁が食べたいですね」
「ええ、そうね」
部屋の隅で紅茶を入れていた侍女はキョトンとしている。
お母様は、言葉の意味がじっくりと脳にしみていってるのか、
眼はゆっくりと開いてきている。表情も無表情に近づいている。
「出し巻き卵は砂糖多め。お兄ちゃんとお父さんはマヨ派だったよね……?」
「……!」
その後、何があったのかを簡単に説明するとね?
お母様は私のお母さんだった。
前世での記憶はあるが、名前が出てこなくて、もどかしそうだったけど。
侍女の目も気にせずに、貴族のマナーなんて無視して私を抱きしめてくれた。
母と私は泣きながら、まとまりの無い言葉が延々と紡がれる。
うん。うん。そうだね。そうだったね。
私も泣きながら、お母さんをやさしく抱いて、手で背中をなで続けた。
ちなみに、このとき侍女はあたふたしていた。
落ち着きを取り戻したお母さんは、心配している侍女に何度も
「大丈夫よ」と言ってさがらせた。
二人きりになった部屋で最初に口を開いたのはお母さんだった。
「ねぇ、あんた。記憶はいつからよ?」
前世のように砕けたしゃべり方だけど、見た目とのギャップがすごい。
ちょっと可笑しくなって笑ってしまった。
「ついさっき!2時間くらい前からだよ」
へぇ~って顔をしてたお母さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「何? 婚約破棄でもされた?」
ドキンッと心臓が跳ねた。
私の顔色はサァーっと青白くなっていったと思う。
その様子を見ていたお母さんはちょっとした冗談のつもりだったらしく
私の表情の変化に驚愕の表情を浮かべてた。
「あんたもかぃ……。」
この時の、お母さんの顔をみて、
なんとなく察してしまった自分が恨めしく思ったのだった。
ありがとうございました。
補足
エミリアの子供の頃(小学生や中学生)のお弁当の卵焼きの味は、砂糖多め。
父と兄のお弁当の卵焼きはたっぷりのマヨネーズを挟んだものでした。
ちなみに私は納豆を混ぜて卵焼きにする派です。