113話『無力。』
ベリアル様視点です。
あれから1週間。
エミリアは塞ぎこんだまま、寮の部屋から出て来なくなった。
授業に来なくなった理由を、エドワードとマリエラ嬢には話し済みだ。
前世に関しての事情を知らないクラスメイトには、風邪だと伝えた。
実際に、侍女やエレノア姫もそう学園に説明済みだ。
エミリアの思いが魔力反応で分かる分、
何もしてあげられない自分が腹立たしい。
それに、私達の動きに合わせた行動を取ったカインとコンラート。
そして一緒にいた女。
彼女は何者だ?
あの動きは明らかにただ人ではない。
ポアソンと同格だった。
彼らは、認識阻害の魔法のかかったフードとマフラーをしていた。
人間の目は誤魔化せても、私達、魔族の目は誤魔化せない。
女は赤毛、赤目の女だ。マフラーで鼻から下は隠れていたが。
もしかしなくても、新しいリリーナか?
やはり、リリーナは憑依体なのか?
憑依体とは、他人に乗り移って生を永らえる者。
そう魔族の始祖達に伝えられてきた。
そんな相手にどう手を打てばいいのだ?
考えが魔力として漏れでていたのだろう。
ポアソンが紅茶を用意し、話しかける。
「陛下。密偵から連絡が。
見張ってたあの女は、学園の生徒じゃなかったよ。
彼女は、バイゼイン家に出入りしているみたいだ。
バイゼイン家での扱いは残念ながら、わからないけどね。
バイゼイン家の関係者の可能性もありえるかな」
バイゼイン家……
「他の者たちの様子は?」
「カインとコンラートは図書館と訓練場。
ナナリーはエドワード殿下が極力彼らに会わせないようにしてる。
ある意味、エドワード殿下は、スパイの役目が上手だよ。
ヴェルマのうちの部隊に欲しいくらいさ」
「ほう」
ポアソンにそこまで言わせるとはさすがエドワードだな。
友が誇らしいな。
エドワードには、極力彼らの監視としてのスパイというか、
蝙蝠をしてもらっている。
いずれ現れるリリーナ対策だ。
何も知らない、ただの『攻略対象のエドワード』を演じてもらっているのだ。
これは、アストとラナーも知っているエドワードへの任務のようなものだった。
「それに、ナナリーはエミリア様に関しては何も知らないようだよ。
ただの風邪だと思っているし、少しだけ心配もしている。
明日、エドワード殿下とマリエラ様と一緒にお見舞いに行くって」
それは、まずいな。
今のエミリアにナナリーを会わせるわけにはいかない。
エミリアは自暴自棄になっている。
もしかすると、余計な事をナナリーに言いかねない。
「エドワードに伝えて、エミリアとナナリー嬢を会わせないようにしよう。
ポアソン、エドワードの部屋に行って伝言を伝えてきてくれ」
「かしこまりました」
ポアソンが出て行ったあと、私はシェイドに話しかける。
以前から気がかりだったことを確認するためだ。
「シェイド。
エミリアやエドワード、ナナリー嬢の近くにいると予知が働かない。
この前から、いや、学園に通うようになってからずっとだ。
事前に防げそうなことですらだ。 なぜだ?」
私の右腕に巻き付くシェイドはゆっくりと顔をこちらに向ける。
「『黒キ者よ。
我達の力は囚われし運命の糸には利かぬ』」
囚われし運命の糸……。
エミリア達の言うゲームの物語やイベントのことか?
星霊と共に居る者は多少なりとも先見が出来る。
昔、エレノア姫がアストとジェバースを助けた事が合った。
あれが先見だ。
それが、エミリアやエドワード、ナナリー嬢と共にいる時には
何故か視えない。つまり、予測がつかないということだ。
理由はゲームの物語という運命の糸のせいだと?
「『黒キ者よ。
お前の糸だけは、我が切っている。
だが、最近数が多くなってきておる。
茜ノ子達の近くに居すぎだ。これ以上は危険だぞ?
忘れし記憶を、お前も思い出すやもしれぬ』」
シェイドは他人の糸は切れないようだな。
シェイドが私の糸を断ち切っているというのは、
ゲーム内での私の出現率が低い理由だろうか。
私がエミリア達に関われば、私の糸も増える、
つまり出現率も上がると言う事か?
忘れし記憶というのは、私も転生者ということか?
ゲームに関わる人物の近くにいると糸が増える。
そして、記憶を取り戻すと転生者になる?
それかこの世界の人間はもともとは転生者で、
運命の糸とやらが絡まると記憶を取り戻すのではないか?
「お前の言葉は難しい。
それに、危険でも何でも、私はエミリアを助けると約束した。
シェイド。私に出来る運命の糸とやらの対策は何かないのか?」
「『ない――』」
即答か……。
自分の不甲斐無さに本当に腹が立つ。
握り締めた手が白く染まる。
最初は少女1人、守るくらい何と簡単なことだ。と思っていた。
暇つぶしに、彼女と共に学園に通い、
くるくると表情の変わるエミリアに惹かれ、心の底から守りたいと思った。
しかし、現状はどうだ?
最初の異変はピーラの時だ。
自分の力と予知できる事への驕りからの失敗。
その次は部屋の呪魔だ。
あの時は、危うくエミリアの侍女まで傷つけるところだった。
そして、この間の湖でのカインとコンラートによる襲撃だ。
事前に用意していたリングがあるとはいえ、何が護衛だ。
大切な者達を守る事すらできない。
(私は何て無力なのだろう―――。)
初めて自分の無力さに苛立った。
「『だが――、運命を変える手段ならある』」
考えごとをしていたせいでシェイドの言葉が
まだ終わっていないことに気づかなかったようだ。
私は顔をあげてシェイドを見つめる。
「『黒キ者よ。卑屈になるでない。
我がついておる。そして、アスカも茜ノ子には目をかけている。
だが、悪い事態は引き起こる。それはあの子達の運命。
我らが変えられぬ運命。自分の運命は自分にしか変えられぬのだ』」
「自分の運命は自分でしか変えられない……」
「『茜ノ子を支えてやれ。
運命を変える手段はあの子自身にある』」
そうか。
私は、いまだかつて無い程にシェイドが居てくれて感謝した。
私もまた、シェイド達に支えられていたのだな。
そして、私が、私と同じ思いの者がエミリアを支えればいいのだ。
(いつまでも立ち止まっている場合ではないぞ。 エミリア。)
私は、立ち上がり部屋の魔法陣を見つめた。
「『行くがいい。 茜ノ子を立ち上がらせてやれ』」
そう言って、シェイドはみつあみにしてある私の髪に巻きつき、眠りについた。
補足
エレノア(お母様)が先見ができたのは、
『物語のエンディング後』だったからです。
この時点で、エレノアの運命の糸は全て消え去っていたんでしょうね。