02
「はぁ…」
一人きりの教室は静かすぎて、自分のため息がよく聞こえる。
「ユーグのばか、ユーグのばーか…」
入学初日。他の棟から聞こえる賑やかな笑い声が恨めしい。
「あーあ、教室が広くて嬉しいわ!」
思わず独り言がでても、聞かれることもないから恥ずかしくないもん!
ガラッ
と自棄になっていたら、誰か来た。
ううん、誰かって、生徒は私だけなんだから、来るなら一人しかいない。
「はーい、初めましてシェリーちゃん。今日から先生と2人で頑張りましょうね!」
「はい…よろしくお願いします!」
だよね、知ってた。
うん、気さくそうな先生でよかった。
ずっと2人でやっていかなきゃいけないのに、気難しい先生だと嫌だもんね。
「テリーさんはお元気?」
「え、はいはい元気です…。父を知ってるんですか?」
テリーは、わたしのお父さんの名前。お父さんも魔法使いだから、仕事の関係で知っててもおかしくはないけど…。
「私もコガナ村の出身なの。何を隠そうテリーさんに憧れて魔術科に入ったのよ」
「そうなんですか!?き、恐縮です…中年太りしててごめんなさい…」
「やだ、そうなの?冒険者引退したって話、本当だったのね。私、ずっと家に帰ってないからさ」
同じ村の出身と聞いて、一気に親近感がわく。この先生となら、2人でも楽しめるかな…。
「魔術科、一人で驚いたでしょう?何と94期生から0人が続いてるから、先輩も居ないわ!」
「えぇ!?」
「だからバレスには専任が居ないの。本当は私、クルルカ地方の教師なのよ。ちなみにクルルカでも魔術科は10年ほど希望者がいないの…」
クルルカ地方はバレス地方よりも栄えていて、人は倍以上いる。それでもいないなんて…不人気が過ぎる。
「まぁ一時期は魔法使いがブームの時もあったし、時代の流れには逆らえないのよね。ここはマンツーマンでみっちり授業ができるって喜んどきなさい」
ポジティブでなんとも頼もしい先生だ。そうだよね、しっかり教えてもらえるし、良いことだ!
「自己紹介がまだだったわね?私はノーマ。得意なのは防御魔法!これから3年間よろしくね」
クラスメイトが居ない、寂しいスタートだけど。
素敵な学園生活が始まる予感がした。
***
今日は授業はなく、簡単な校内案内だけの予定だった。
でも魔術科はわたし一人ということもあり早々に終わってしまったので、あまった時間で魔法の基礎測定を行うことになった。
「魔法の杖は明日作るからね、今日は魔力の性質だけ見てみましょうか」
「はい、お願いします」
人は誰でも、魔力を持っている。効率がいいから専門職を分けるようになっているが、勉強さえすれば他の戦士科の皆も魔法を使えるのだ。
血筋や育った環境によって魔力の質が異なり、若干の得意不得意は発生する。
「お父さんが火の魔法得意だから、わたしもそうかなって思ってるんですけど…」
「あら、コガナ村に居たから風魔法が得意かもよ。麦の穂を鳴らしに風の妖精がよく来てるから。さぁ、どっちの予想が正解かしらね?」
おちゃめにウィンクしながら、先生はボールみたいに大きい水晶玉を取り出した。
「顔を寄せて、よーく見つめて…うん、おでこ引っ付くよね、いいのよそれで。貴女の瞳に魔力が映るわ」
「瞬きはしてもいいんですか!?」
「んー、じゃあ5秒我慢して。…そしたら、はい!こっち見て」
近すぎてぼやけた水晶玉から目を離し、先生を見る。
「ゆらゆら揺れる…黄色…、いえ、金ねこれは」
「金色だと何ですか?」
「問題です、さて何属性でしょう」
「麦の色だから…風?」
先ほどの会話で、麦の穂が出て来たのでそう言った。
「風は緑、水は青。赤が炎で回復は白」
「じゃあ…茶色は土、とか?」
「正解、イメージが結びつくの。黄色は雷で黒は防御よ」
「先生、それで、金は?」
豆知識が増えるのは楽しいけれど、早く答えを教えて欲しい。
「金は残念ながら突出したものはないわ」
「えー…」
残念なんてもんじゃないでしょうこれは…。小さい頃から魔法使いになりたかったっていうのに、特に特異な属性がないなんて…!
他の人を魔術科に誘う前に、私が移動届を出すべきなんじゃ…。
いや、でも使い続けたら何だってレベルアップしていくし、やれるとこまで頑張ってみるか…。
「はぁ…」
「なんちゃって」
「へ?」
「おめでとうシェリー、貴女はとってもラッキーよ」
と、急に声のトーンをころっと変えて言われても、ピンとこない。
「えーっと…得意がないってことは不得意がないってこと、だからですか?」
そんな誤魔化すような慰めはいらないんだけど…。
「もう、さっきのは冗談よ。金の光は、妖精の加護の証よシェリー。あなたは力を貸してくれる妖精が多ければ多いほど強くなれるわ」
「妖精属性?」
「金の瞳は、魔力が多い証拠よ。貴女は他の人より魔法の効果を強く発揮できる、と言えば分かりやすいのかしら」
なんだか良く分からないけど、…それってとってもいいのでは!?
「わたし、魔法使いに向いてますか?」
「ばっちりよ!よかったわね、唯一の魔法使いが弱かったら、きっと誰もパーティーを組んでくれないだろうし、先生ちょっと心配してたの」
あ、そんな卒業後の心配までしてくれてましたか。
あんまり実感はないけど幸先よさげな感じで、私の学園生活はスタートした。