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 湖水地方の古城に招かれることになった経緯は、壮大に執り行われた結婚式の前に遡る。晶とまどかには複雑な出自があるために、知人だけでささやかに式を挙げるという野望は果たされなかった。

 式の日取りやその後の挨拶回りについて、本人達の意志を置き去りに過密なスケジュールが決定してゆく。晶が勤めている研究施設で予定に辟易していると、施設の責任者であり、最も尊敬しているアルバート・(スペンサー)=ケントが、気を利かせたのか長い休暇を与えてくれた。

「式や披露宴、挨拶回りの日程とは別に、一ヶ月位は羽を伸ばしてきてはいかがです?」

 彼は涼しい顔で提案するが、それがどれほどの暴挙であるか晶にも理解できた。

「そんなに休暇をもらって大丈夫なんですか。研究日程が狂っては、財団との契約に間に合わないかもしれない」

 彼らが所属しているのは、世界に名だたるIMDI(国際医療開発機関)である。常に最先端の医療技術が開発されている研究施設だ。研究成果は、常に財団との取り引きの上に成立しているため、ぼんやりと振舞っている暇はない。現在の研究は最終段階にきているが、まだ完成までには少しの道のりがあった。

「晶が不在の日程に、試作品を形にしてみようと思うのです。設計図を辿るだけなら、残された所員で何とかなるでしょう」

 まるで晶の不在を念頭に入れて予定を進めていたかのように、アルバートの思惑にはそつがなかった。薄い色合いの金髪には癖がなく、彼の振る舞いに合わせてサラリと揺れた。晴れた空色を彩った瞳には、何の翳りも見えない。策略家な彼らしいと、晶は苦笑した。

「博士、それは確信犯ですね」

「どう思って頂いてもよろしいですが。晶がこちらへ滞在するたびに、ミス早川に淋しい思いをさせています。私から彼女への祝いだと思っていただければ」

「博士は、いつからそれほど彼女思いになったのか」

 アルバートは答えず、柔らかく微笑んだだけだった。自分の婚約者を気遣ってくれることに、悪い気はしない。まどかの健気な想いは、晶の知らない所で、多くの人を味方につけたのだろう。

「晶。もしハネムーンで英国に滞在するのなら、私の従妹が経営している古城を訪れてください」

「博士の従妹?」

「ええ。少し風変わりですが、良くしてくれるでしょう。ケント家は一応爵位を持つ家柄なので、この国の北の果てに、古城を持っているのです。最近は、従妹の手腕により、少しばかり観光名所として知名度が上がりました。様々な曰くもあるようなので、晶なら面白いのではないのかと」

「どういう意味ですか」

 これにも答えず、彼はわずかに笑んだ。

 彼がその時に何を考えていたのか、晶は古城に辿り着いてようやくわかった気がしたのだ。

 老紳士の運転する送迎の車を降りて、二人は早速中へと案内された。宮殿とも言える城は、大きな三つの棟から成っている。中央には空高く伸びる塔があり、時計台にもなっていた。城は一般に開放されており、チケットを購入すれば一日中過ごすことができる。

 扉や柱など、城を形作る全ての素材に年季が入っているが、手入れは行き届いていて、どれもが上質な材料で出来上がっていた。まどかは一階の広場に足を踏み入れて、思わず高い天井に見入ってしまった。梁の一つ一つに細工が施されて、高い位置にある窓から陽射しが差し込んでいる。

 それでも館内の明度はわざと暗くしてあるのか、お世辞にも明るいとは言えなかった。石造りの城内には、底冷えするような、妙な迫力が漲っている。夜中に一人で立つには、かなりの気力が必要だろう。

 車で二人を送迎した老紳士は、館の主の元へと案内してくれた。

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